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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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俄に降り出してきた雨に営業に出ていた部下がばたばたと戻ってきた。
折角新しいスーツを下ろしたばかりなのにと毒付く横を付いて歩いてきた黒髪の青年が、すっかり濡れて毛先からぱたぱたと零れる水滴を見遣りながら溜息を吐く。
騒々しく給湯室に向かったレイヴンが頭にタオルを引っかけ、そしてもう一枚手にしていたタオルを佇む青年に被せた。
「ユーリ、濡れちゃったわね、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だぜ」
「今、拭くからね。少し屈んで」
部下よりも身長の高い青年は大人しく僅かに腰を折る。うん、と頷いたレイヴンが腕を伸ばした。
「なぁ、あんた。フレンどうした?」
濡れた髪をレイヴンが持ってきたタオルで拭かれながら、不思議そうに掛けられた声にアレクセイは首を傾げる。
つられたのか青年もまた首を傾げ、振り返ったレイヴンもまた首を傾げた。
数秒の沈黙。窓を強かに打つ雨だけが五月蝿い。
「……あ」
「あ?」
「外に忘れてきた」
いつも大人しいので忘れていた、と言うと言葉を失った青年が口をぱくぱくと動かす。
反射的に姿勢を正してしまったので、頭に被っていたタオルはレイヴンの手に引かれて落ちてしまった。
「はあああ?」
素っ頓狂な声を上げる、その仕種は珍しい。
何かを言いたげに視線を雨が強か打ちつける窓に向けて、それから眉間を寄せた。
「外って?」
低く詰問する声にアレクセイは、記憶を辿ることにした。
いつも通り連れて帰ってきたと思っていたのだが、どうやら本当に置き忘れてきたらしい。
仕事中は本当に、いやプライベートでもアレクセイの携帯はプログラムされた擬似人格も手伝ってか、大人しかった。
だから置き忘れた事に気付かなかったのだろうか。
おいで、と言わなければ付いてこない訳でもなかったから、油断していた。
窓の外は土砂降りにも近い雨模様だ。置き忘れたのなら昼食を取った屋外ということになる。間違いなくずぶ濡れだ。
「……少し出てくる」
背もたれに掛けていた背広に腕を通し、傘を二本掴む。出て行く間際に背中に声が掛かった。
「早く行ってやれよ? 幾ら防水機能付いてるつったって機械なんだから」
水気にはどうやったって弱い、と言う部下の携帯に頷く。
バタリと無様な音を立て閉まった扉は、自分で閉めたはずなのに存外勢いが良くて驚いたが、気にする暇もなくアレクセイは走った。


**

傘を差しているというのに肩やズボンの裾が濡れるほど雨足は強い。
オフィスで食事を取るのは閉塞感を感じ居心地が悪いので、天気が良く時間の取れた日は屋外で昼食を済ますのがアレクセイの習慣だった。
当然デスクを離れる為に携帯を持っていくのは当たり前なのだが。
戻る際に忘れてしまうとは想定外だった。
「フレン」
ぼんやりと、傘を差し急ぎ足で通りを行き来する人々を眺める人影に目を留める。
すっかり雨に濡れてしまったベンチに大人しく座ったままの様子にアレクセイはなんとも言えない罪悪感を覚えた。
跳ね癖のある髪は今は濡れてぺたりと張り付いてしまっている。
アレクセイがもう一度名前を呼ぼうとした時、首を巡らせて「あ」と小さく声を上げた金髪の青年が笑った。
「大丈夫か?」
「……え?」
手に持っていた傘を開き差し掛けてやる。これだけ濡れていればはっきり言って傘が意味がないのは知っていたが、これ以上濡れさせてしまうのは忍びない。
「大丈夫、です。防水機能がついていますから。室内に戻ったら拭けば」
「すまなかった」
濡れた手で傘を受け取ったフレンに、持ち主は頭を下げる。
きょとんと目を丸くしたフレンが何か言いかける前に、アレクセイがもう一度謝った。
「いえ」
まだ頭を下げ続けたままのアレクセイに手を伸ばしかけて、濡れてしまうと思いとどまった青年の姿をした携帯は僅かに首を振る。
水気を含んだ髪が水滴を撒き、傘の裏側に滴が落ちた。
「戻ってくると思ってました」
顔を上げたアレクセイに笑ったフレンが、濡れた手を気休め程度に拭いて懐の中から何か取り出す。
傘を傾けて雨が当たらないように配慮しながらアレクセイに差し出されたのは、見慣れた財布だった。
携帯どころか財布まで忘れていたらしい。
「……フレン? お前」
いつもなら何も言わずとも帰る際には黙って付いてくるのを思い返してアレクセイは問う。
受け取った財布はこの土砂降りの中殆ど濡れてはいない。
「はい」
「これがあったから此処に残ったのか」
「はい。直ぐに戻ってくるのかと思いまして」
部下の持つ携帯ならきっと置き忘れの財布を見つけたらすぐに呼び止めるだろう。
同じような機能を備えていても判断が違ったのは、偏に人格プログラムの差分か、それとも持ち主の性格の差分か。
「……忘れたんだ」
「なにか有るのかと思いました」
溜息混じりに返した答えに、フレンがさらっと言う。どうやらどちらも要因だったらしい。
「いや……。すまない」
「僕の方こそすみませんでした。あなたでもこういうことがあるんですね。今後は気をつけます」
頭を下げた拍子に傘を持つ手が不安定に揺れたのが見え、アレクセイはその手を掴む。
僅かに身を引こうとしたフレンが困ったように笑った。
「濡れますよ」
「私のせいだろう。お前に壊れられても困る。……直ぐに帰ろう」
「はい」
腕を引かれ歩きながら、小さく頷いたフレンがもう一度笑ったのを持ち主は知らない。



>>携帯擬人化。持ち主アレクセイ。携帯フレン。
   少し趣向を変えて、フレンが可愛いとは何ぞや?っていうやつ

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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