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ぼすん。
少し間の抜けた音が、午後の研究室に響く。
余りのことに反応が遅れてクッションが顔面を直撃した。軽い衝撃は大して痛みを与えない。与えないが。
「……景ちゃん?」
普段はこんなことしないのになぁ。
素直にそう思った瞬間に、間髪入れず二個目のクッションが投げつけられた。
それは何とか利き手で防ぐ。ぼすん、とやっぱり音がして、床に落ちたクッション。彼女の手元にあるのはあと二つ。
「景ちゃん、どうしたの」
「なんでもない」
「何でもなくなんてないでしょう」
気紛れな面が無いとは言い切れないが、いきなり人に物を投げつける無体をするような子ではないのだ。
きっぱりと言い切ると、ソファの上で膝を抱える少女がぶすりと表情を変えるのが見えた。
「ねぇ、景ちゃん?」
「なんでもないの!」
少女は片手で引き寄せたクッションをまた投げつけてくる。今度はひょいと首を竦めて避けて、ソファに近づいた。背後でぼす
んとまた音が上がる。音から察するに彼女は手加減を忘れていないし、投げる方向にも気を遣っている。
「冬さん」
「うん?」
「僕ね、おいしいもの食べたい」
「うん」
顔を上げたのは一瞬で膝に埋めてしまう。手を伸ばそうと思ったが払い除けられたらショックなので止めた。宙で不自然に止ま
った手を引っ込めて、覗き込むように膝を折る。
「景ちゃん、もしかして機嫌が悪いの?」
「ちがうもん」
「仕事で嫌なことでもあったの?」
「そんなことで一々イライラしてたら仕事辞めてるもん」
それはそうか。彼女の部門は他部署の緩衝材役割の仕事がメインで、心労が掛かるものが多い。
しかし困った。顔を上げてくれないと表情が見えなくて、どうして欲しいのかも分からない。
「景ちゃん」
途方に暮れて名を呼ぶ。顔を上げてくれるはずもなく、膝に載せられていた頭が小さく揺れただけだ。
「今からデートしようよ」
「しないよ。冬さん仕事有るもん」
「良いよ、そんなの放るから」
「……珍しいね。冬さんが仕事放るなんていうの」
意外だと言いたげに少女の顔が上がる。真っ直ぐ澄んだ灰水晶の瞳が瞬いた。
「そうだよ、貴重だよ景ちゃん」
膝に載せられた手に、自分の手を重ねて軽く引く。抵抗はなかったから少しは少女の気分は浮上しただろうか。それならば嬉し
い。
けど期待とは裏腹に、手を払われてしまった。
「ううん、良い。あのね、冬さんあのね」
「はいはい?」
首を傾げると、視界に彼女が後ろ手で掴んで引き寄せたクッションが見える。しまった、と思った。
ぼすっ。至近距離で投げつけられたクッションは、投げつけたと言うより押しつけられたまま、顔から離れない。
「こういう時は怒ってくれて良いんだよ」
ぐっと押す力が加わって、崩した姿勢。ソファから下りた少女が軽い足音で研究室の扉を開けて出て行ってしまう。
クッションを顔から引き剥がした時に見えたのはその小さな背中が扉の向こうに消える姿だ。
「……えーっと」
彼女は時に理不尽で、でもどうしようもなく可愛い。
>機嫌が悪くて、八つ当たり? な景ちゃん……???
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サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。
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