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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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くるしい、苦しい。呼吸が止まりそうになると、眩暈を覚えた先で陽光を溶かしたみたいな見慣れた色が視界に飛び込んだ。
そっと伸ばされた手が汗で貼り付いた髪の毛を払うのと同時に、優しげで酷薄な問いの言葉を寄越す。
慣れてしまった言葉にまた相手も慣れてしまっているのだろう。反応を含めて何もかも。
だから問いというより、確認というより、言葉は独白に近い。

「……大丈夫だよね? ユーリ」

此処まで優しく、そして此処まで突き放した言葉を知らない。自分はこれ以外に知らない。
霞む視界で見上げた先、想像通り幼馴染みは笑っていた。
それがいつからか、二人の習慣だった。


**

いつから変に心臓が軋むようになったのかは知らないが、貧しい生活の中で酷く心配され金を工面して看て貰った医者の見解では身体に全く異常は見当たらないというもので、藪医者と罵る前に医者自身が不思議そうに首を傾げたのを覚えている。
特段支障はないらしいと結論付けても、厄介なことに発作的に、動悸、呼吸の乱れと、それに伴う痛みは襲った。
一時的なものだったので黙って大人しくしていれば治る。
異常もないので特効薬があるわけでもない。
命の危険はないが、でも逆に現状解決の方法もないというのが困り種だった。
運動にも支障はない。心臓自体に欠陥も異常もないのだから当たり前と言えば当たり前。
おかげで何事もなく剣を振るうことも、旅をすることも出来るのだが、突然襲う発作とも言える症状だけが厄介だった。
前触れはほぼ無い。ただ突然訪れる痛みや苦しみに酷い時には意識さえ持って行かれそうになってしまう。
子供の頃ほど症状は現れなくなったが、逆に痛みは増したようにも思えた。
砂漠の街に用があり、気温の差が激しいこの地域を最初に訪れた際には酷く注意をしたものだが、何も症状は現れなかったので油断していたらしい。
夜になり涼まった食堂で夕飯を摂っていた時、不自然に動悸が乱れた。
急激な変化ではなく予兆を伴うのは珍しいが手にしていたスプーンが揺れる。落とすな、と思った瞬間、滑り落とした。
「どうしたんです、具合でも、」
すぐに寄越された言葉はエステルだったが、心配ないと手を挙げる。
答えようにも言葉を発した時点でいつものようにはいかず、逆に心配を掛けるに決まっている。そう思って声は上げない。
酷く苦しい。とりあえず今のところ動ける内に部屋に戻って横になってしまうのが一番だと、席を立つ。
ふらりともたついた身体を横から遠慮もなく掴み上げられ、僅かに狭まった視界でフレンの姿が映り込む。
「エステリーゼ様、ユーリは大丈夫です。少し疲れてるだけでしょう」
「でも、」
「大丈夫です。僕が、部屋まで連れて行きますから」
顔は見えないがきっと一分の隙もない笑顔を浮かべているに決まってる。
おどおどと視線を彷徨わせたエステルと視線が合い、僅かに頷いて見せた。未だ納得はしていなかったようだが、フレンの隙もない対応にこれ以上何を言っても無駄と知ったのだろう、「ゆっくり休んで下さいね」とだけ小さく言葉を寄越される。
それにも頷くしかない。
無遠慮に掴まれた腕は痛かったが、それよりも心臓が規則正しく動いていない、それが聴覚さえも支配したようだ。
引き摺られていくようにベッドまで誘導され腕が放される。突然のことに姿勢は保てなかった。
ぐらりと傾いだ隙を見逃さずフレンの腕が伸びてきて、肩を押す。簡単にベッドの上に落ちる事になった自分を見下ろして、幼馴染みは隣のベッドに腰を下ろした。
些か乱暴な扱いを非難する余裕もない。
ただ苦しい。
「ユーリ」
なのに、本当に嫌になるくらい涼やかな声でフレンは名を呼んだ。
「……な、」
ふっと息を継ぐ間に声を出そうとしたが、自分の声にしては掠れて情けない弱々しさで小さく悲鳴じみた声がどこか遠い。
見下ろしてくる蒼い瞳が緩慢に細められる。
「大丈夫かい?」
大丈夫ならとっくに文句の一つも言っている。分かってる癖に、と悪態を付くことさえままならない。
言葉を言う為に開いた唇は無意識に呼吸を楽にしたいのか、下手くそな呼吸を繰り返し、小さく息だけが漏れた。
痛いのがどこなのか分からない。鼓動が五月蝿い。耳の傍に心臓が移動してきたような聴覚への支配も治まらない。
堪えきれず目を瞑った先で、少しだけましになった耳が落ち着き払った幼馴染みの声を拾った。
「ユーリのそれ、遺伝性らしいよね」
何を言う。
「子供の頃、一度だけ心配されて医者に診て貰ったこと有るじゃないか。それに、騎士団に入った時も」
幼い時のことは覚えている。時折胸を掴んで蹲る自分を心配した周りの大人達が、大した余裕もない癖に金を集めて医者に見て貰ったのだ。
原因は結局分からず命に別状は無いと言われ、一過性の症状なら構わないと思った。
けれど騎士団に入った時と幼馴染みのいうそれに心当たりはない。
「覚えてない?」
薄らと開けた視界に焦点のぶれた姿が浮かぶ。
手を膝の上で組んで、表情は矢張り暈けて余り見えないが変わらず笑みを貼り付けたままで、フレンは続けた。
「君のそれ、心因性で、元々下町の人間が騎士団というのも烏滸がましいのに、精神的に貧弱では、って」
「……は、…しら、ねぇぞ」
何とか振り絞った声に至極優しい調子で答えは返る。
首を僅かに傾げて「当たり前だろ」と落とされた言葉は思ったよりも近い。
血の気が失せたからか伸びてきた指先はいつもより温度が高く感じるのに、酷く冷たいと錯覚し、やっと落ち着き始めた動悸と狂ってしまった感覚が一瞬で引き戻るかのようだ。
「僕が教えなかったんだから」
「……なんで?」
脂汗で額に貼り付いた髪を払いのけられて、視界が僅かに拓ける。
「うん」と相槌を打つ声を余り幼馴染みを知らない人間ならば、優しく気遣いが滲むとでも言うのだろう。
そうじゃないと少しずつ調子を取り戻してきたのを感じながら見上げれば、フレンはもう笑顔は浮かべていなかった。
「傷つくと思ったんだよ」
何に? と返す前に額から頬を滑り落ちてきた指が唇で止まる。
喋らなくても良いという合図に黙って従った。
「君が、そんなことを認めるはずもないだろうから。耳に入れたくなかった」
では何故、今、言うのか。
抑も心因性と遺伝は結びつかない。話の切り出し方がおかしい。
呼吸が落ち着き始めた身体は、痛みに麻痺していた思考は、正常を取り戻し始めている。会話の趣旨が分からないと口に出そうと決めた。
指が邪魔なら噛み付いてもこの際構わない、と口を開きかけたところで。
「だから、調べたんだよ。君のそれは、心因性も大きな原因になるものだけど」
「……は?」
「違うんだってこと」
君のそれは、精神的因子から引き起こされるよりも何よりもただの病気なんだ、と一番告げて欲しくない言葉を幼馴染みは寄越す。
するりと離れた指先と、落とした言葉の責任も取らず距離を取ったフレンを睨み付けた。
「どういうことだよ」
「心臓への負担や、発作が命に関わる危険性は極めて少ないみたいだけど」
軽い音でもう一度ベッドに腰掛けたフレンが笑った。
「君の症状は心因性の神経症と同じ症状ながら、遺伝が起因してるところが大きい」
己よりも幼馴染みの方が自身の症状について良く知っている。調べたというなら大した執着だと罵る言葉は出てこない。
フレンが続ける言葉に何か大切な選択違えをした感触を覚え、黙って聞き入ることしか出来ない。
「君が昔、”病気じゃないから大丈夫。助けは要らない”って言ったのは間違いなんだ」
「……フレン」
「君のそれは病気だよ。今は平気でも、いつ負担が掛かり始めるか分からない病気」
さらりとした物言いで言い切ったフレンは笑顔を浮かべたままだ。
「お前、根に持ちすぎだ」
僅かに掠れが残ったままの情けない声は、それでも意志に従って閊えることなく出てくる。
動悸も呼吸も既に正常に近い。上半身を起こし目線をフレンと合わせれば、海の色に似た瞳が逸らさずに見詰め返してくる。
「持ってないよ? ただ君は少し苦しめば良いと思っただけなんだ」
「……は?」
「それでも心因性に寄るところは大きいんだ、その病気。……君、自分が」
意味が分からない。
ただ満面の笑みで幼馴染みがこれから言うことが、良くないことだと言うことだけ分かる。
「病気だって知ってなお、自分は平気って言える? 病気かも知れないという恐怖を振り払える?」
「お前」
「そうかもしれない、そうじゃないかもしれないと思うことでさえ発作の負担になるなんて、……不憫だね」
優しい声と裏腹に笑顔は至極嬉しそうだ。
幼馴染みの言葉の真偽がどうあれ、確かにフレンの意図する通り負荷は掛かるだろう。
病気ではないと、何でもないと、振る舞うことには負荷が存在し、忘れることでさえ意識が潜在的に負担をする。
自分でどうこうコントロールしようにも無意識下での恐怖は払拭されない。
「……最低だ」
「何が?」
「お前」
僅かに正常を取り戻したはずの鼓動が不規則に跳ねた気がした。
「それと、オレ」
嘗て純粋な心配で伸ばされた腕を突っぱねるという選択ミスを犯した自分が、間違いなく今の状況を引き起こしている。
大丈夫と言い聞かせることさえ許さないと相手は言外に告げている。
病気でないと言い切るなら、病気であると認識させ、幼い頃最初に気遣われた時から受け取れない心配を享受してみせろと言いたげだ。
その為、フレンにとっては心因性でも遺伝性でも寧ろ構わないのだろう。
なら分かり切った幼馴染みの性分のこと、告げられた言葉は真実に違いない。
調べ上げたのが自分の為なのか幼馴染みの意地の為なのか、それとも両方なのかは別にさして問題でもなく。

「なんだ、分かってるじゃないか」

さらりと告げる言葉に感情は滲まない。
それなのに、だったら本当無茶はしないでよ、と次に告げられた言葉は、幼い頃に言われた響きをそのまま残していた。
嘗ての選択に対し同じ答えを選び取るには些か年を重ねてしまったようで、反論など出来るはず無く言葉は飲み込む。
本当に大丈夫なんだけど、とその後に続く理由を言わないことだけ、相手への唯一の反抗にしてしまおう。

「分かってるよ、最初から」

そうしよう。
吐き出した言葉で満足して、まだ少しだけ整わない鼓動がいとも簡単に落ち着いたので笑ってみせた。



>>持病もちのユーリさんっていうリクエストから。
   それよりもフレン殴りたい^^^

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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