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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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とんとんとんとん、音がするのを少女は所在なげにきょろきょろを見渡した。
マスターと舌足らずにそれだけしか言葉を発しない少女の髪は手入れすれば綺麗な癖のない髪だろうに、今はところどころ絡まり解れている。
椅子に座って身を縮こませる姿をカイトはちらりと見遣って、ティーポッドを傾けた少年に困ったように首を傾げる。
カップに柔らかな色合いのお茶を淹れカップを持ち上げた少年が微かに笑った。
もっとも彼の精神年齢は外見年齢では上のカイトよりももっと上だとどこかで耳に挟んだことがある。
確かに華奢な少年の姿をしていながら纏う雰囲気は落ち着き払った大人のそれで、少年は少女を手招きした。
「こっちにどうぞ。お茶を淹れたから」
おず、と少女が椅子から立ち上がり手を伸ばす。
親元から事故で引き剥がされたひな鳥のようだ、とカイトはその手を取った。拾われた相手を認識しているらしい少女が僅かに緊張を解いてカイトの横に座る。
向かいに座った二人を見て少年はそれぞれにカップを受け渡し、そして「さて」と呟いた。
「君、名前は覚えているの?」
「……」
ふるふると首を振った少女の細く白い手首を少年が取る。びくりと身体を強張らせた少女を安心させるように笑って、一つ息を吐いた。
「……み、く」
「レン?」
「君の名前、ミクで間違いない?」
少女がきょとんと首を傾げ、暫く視線を彷徨わせてから笑った。
聞き覚えがあったのか、思い当たったのか。曖昧だが名前として認めたということだろう。
「記憶を大分消失してしまってる。名前も覚えていないようじゃ、どこから来たとか、そういうのも全部忘れているんじゃないかな」
紅茶のカップに口を付けながら両手でゆっくりと飲む少女を横目にカイトが目を伏せた。
用意されたお茶菓子が気になるらしく視線を投げるのに気付いて少年が一つ摘んで渡してやる。
それをまじまじと見詰め少女ははにかんだ。
外見年齢で言えば少年より幾つか年上に見えるだろう少女の仕種は酷く頼りなく幼い。
「カイト。……この子のこと、どうする気?」
「どうするもなにも」
拾ってしまったのだから無責任に捨てるわけにもいくまい。言い淀んだカイトを不思議そうに見詰める視線に気付いて、笑った。
途端笑顔を返す幼さに内心途方に暮れてしまう。
少年の言い分はよく分かるのだ。面倒見切れるのかと言外に問われている。
「……まぁ、良いけど。部屋なら空いてるから好きなところ使ったら良い。けど、面倒事は駄目だよ」
「分かってる」
頷くカイトに少年が笑む。
言葉を重ねるよりも有無を言わせない大家の態度にカイトは神妙に頷くしかなかった。



「記憶。マスター……、」
部屋を与えられた少女が穏やかな陽光を喜ぶように、外でくるりくるりと回る姿を眺めやってレンは呟く。
規則的に落ちる時計の音が静寂を余計に引き立たせる中、部屋のあちこちで息づく骨董品に埋もれてしまいそうだと錯覚する。
伏せてあった写真立てに細い指が触れて、愛しむように辿った。
色褪せを嫌ったと言うよりは、目に留まり心が痛まないようにと倒してしまった写真立ての写真には、レンと良く似た少女が屈託のない笑顔で佇んでいる。
声には出さずレンは写真の少女の名前を呼ぶ。一文字しか違わない名。鏡合わせの容姿。
屈託無く笑って、そして名を呼ぶ声は未だに鮮明だ。けれど。
「……彼女も君と同じかな」
そっと写真立てを持ち上げてレンはふと微笑んだ。嘗てレンにとって唯一の片割れは、陽光の下ではしゃぐ青竹色の髪の少女のように記憶を失い、そして忘れてしまっても忘れられなかったマスターを思って消えてしまった。
止められなかった。伸ばした手は遅くすり抜けた。
だからカイトが連れてきた少女の一つの結末をレンは知っている。
「君は幸せだった? あの子は、……幸せかな」
嘗て歌を、全てを教えてくれた人を思って、それだけを思って逝けるのは。生きていくのは。
けれど残された方としては行き場のない痛みと悲しみを抱えて生きなければならない。

まだまだそちらには逝けないからね、僕は。

少年が零した言葉に何も返るものはなかった。



>>ちょっと考えてるボカロ構想。
   姿は少年なのに中身が一番年上のレンっていう。

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
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そんなところです。

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