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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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隣を歩いていた桃色の髪がふわりと揺れて、微かに薄く色づいた唇が唄を紡いだ。
それは控えめのハミングだったが優しい声と相まって、不思議と耳に馴染む。けれど少女は少しだけ困ったように歌を止める為に動かなくてはならなかった。
今日は絶対に電話には出ない。そう決めている。
「……リタ?」
「ごめん。エステル」
小首を傾げる仕種が非常に可愛らしい彼女の携帯は、心得たように頷いて歌を止める。
そして手を差し出して、戸惑うリタの手を笑って引いた。
「良いんですか?」
「良いのよ。今日は絶対に出ないんだから」
着信の相手は分かっている。家を出る際に口喧嘩して別れた姉だ。
たぶん謝る気もないのだろうから、電話の一声は知れている。屹度いつも通りさらりとした口調で弱いところを付いてくるのだ。
「どうしてです? もうこれで十件目です」
エステルが着信履歴を表示する。確かに学校が終わってから一度目の着信の後、定期的に着信履歴が残っている。
いつもより回数が多い、とはリタも思った。
それだけ姉の機嫌を損ねたかとリタは結論付けたが、ぎゅっと手を握ってきた温度は違うと言いたげだ。
「エステル」
「ね、もう一回。もう一回、電話が来たら出ませんか?」
差し出がましいのは分かっています、と付け足すエステルの表情が曇るのをリタは余り好まない。
握られた手とエステルの顔を交互に見遣って、確かに既に下校時刻からは大分経ってしまっているし、日はとっくに落ちきっているし、お腹も減ったし、……諸々仕方ないという理由をつけて頷く。
「分かったわよ。今度来たら」
「はい! そうして下さい」
「でも……来るとは限らないわよ? もう十回無視したし、いくら何でも」
「いいえ、絶対に掛かってきますよ」
自信満々に言い切るエステルが、にこりと笑う。
夕食の時間に差し掛かり人気が減ってきた通りの中、時間潰しに向かうはずだった本屋への足を止めてリタは首を傾げる。
つられて笑顔のエステルも首を傾げた。
先日買ったばかりの、白いコットンレースのリボンの髪飾りが桃色の髪の間で優しく揺れる。
「ねぇ、どうして」
「直に分かります」
歩みを再開し本屋に差し掛かる寸前で、エステルの唇が歌を紡ぐ。
着信は姉。リタが無いと思っていた、エステルがあると確信していた十一回目の着信。
静かな店内に入り込んで通話をするのが憚られて、書店の軒、一番端に寄って立ち止まり通話の指示を出す。
すぐに落ち着いた姉の通りの良い声が聞こえてきた。
『ああ、リタ? 電話に出ないから心配したわ』
余り感情を読み取らせない、けれど女性の柔らかさを十分に含んだ声が、今朝の喧嘩別れを感じさせない口調で切り出す。
いつも切欠は些細なことで特段どちらかが引いて有耶無耶になる口喧嘩は、今日に限って譲らなかった姉によって望まぬ結果に発展した。
もう帰ってこないわよ、と言い切って学校に出て行った際に扉の向こうに遮られた姉の表情は見ていない。
「……なに?」
自然無愛想になる語尾に内心舌を打つ。何も、また喧嘩がしたい訳じゃないのに、これでは。
『あのね、今朝のことだけど』
余り回りくどいことを好まない姉らしく、すぐに核心を突いてくる会話の流れに息が苦しくなる。
自然エステルと繋いだ手を強く握りしめてしまったが、その手を握り返されて見上げた表情は優しい。
『私が言いすぎたわ。ごめんなさい』
姉の言葉がすとりと落ちる。
え、と戸惑う声を上げようにもよく分からず謝罪の言葉を質問で返してしまったリタは、姉の言葉を待つしかなかった。
『……それで、今日は何時に帰って来るの?』
「えっと」
『ご飯もう出来てるわ。待ってるから』
ぷつり、と。
リタの言葉に何も返さず姉からの通話が切れる。どうしようと視線を彷徨わせた先でエステルが笑った。
「帰りますか? リタ」
朝の口喧嘩が再開されなかったことと、一方的に謝られた事に戸惑いながらリタは頷く。
「……うん。そうする。お腹空いたし」
「そうですね」
素直じゃないリタの物言いにくすりとエステルが笑う。
結局来た道を目的の本屋に入ることなく戻る事にして、リタは隣を大人しく歩くエステルを見た。
ふわふわと肩で切り揃えられた桃色の髪があわせて揺れるのを見ながら、リタは呟く。
「ねぇ、何でさっきあんなこと言ったの?」
小さい声に、エステルは視線を移した。
真っ直ぐに見詰めてくる柔らかな色の瞳が細く笑みを浮かべるのを、リタは不思議そうに見詰める。
「簡単ですよ?」
ぎゅ、と。
鞄を持たない手の方を握ってエステルは言う。それはこれから言う言葉に対してリタが逃げられないように。

「だって今日は、リタのお誕生日ですもの」

え、と不思議そうな声と同時に。
今日はなるべく寄り道も何も無しに帰ってきて欲しいと喧嘩の切欠になった姉の言葉を思い出したリタは、僅かに顔を逸らした。
その後の姉の、いつも帰りが遅くなってばかりで信用できないって言葉は余計だが、姉自体は単にリタの誕生日を祝うために聞いただけだったのだ。悪意も何もあったものじゃなかった。何より自分の誕生日がすっかり頭から抜け落ちていたのが悪い。
どうしようと呟く声にエステルは「大丈夫」とだけ返して、歌うように言う。
「お誕生日おめでとうございます。リタ」
「……謝らなきゃ」
「わたしも一緒に謝ります。大丈夫ですよ」
小さな言葉に帰った答えに、リタは手を握り返す。
すっかり日が落ちた路地の中、駆け出した少女二人の足音が、向こうに消えるのは時間が掛からなかった。


>>携帯擬人化。持ち主リタ。携帯エステル。
   きっと二人は可愛い。

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そんなところです。

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