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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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午後の陽気が満ちるオフィス内は沈黙で満ちている。
長閑な空気がぼんやりと思考を暈かす誘惑の中、じっと手元に視線を落とすフレンが何度目かの唸りをあげたのに、堪え切れなくなったのか窓際のデスクのクロームが顔を上げた。
眼鏡をゆっくりと押し上げ、首を傾げる。
「シーフォ、具合でも悪いか?」
淡々とした物言いの中に気遣いを含ませる上司の声にフレンもはっと顔を上げた。開いたままのモニタに映し出されたデータは先程から思うように進んでいない。
すみませんと小さく謝り改めて仕事に向き合うが、全く頭に入ってこない状況に頭を振る。
気合いを入れ直そうと試みるのだが、すぐに思考が違うところに飛んでいってしまう。
原因は分かっている。いやその原因が自分にとっては一番の問題でフレンはもう一度小さく唸ると今度は席を立った。
「ちょっと休憩行ってきます」
勤務態度が常に真面目だと評価されるフレンが、折り目正しく断って席を離れるのを誰も咎めなかった。

社内自販機の一番左上のボタンを押し、落ちてきた缶を手に取る。
ひんやりと冷たすぎる感覚は覚束ない思考を急に覚まさせてくれたようだ。
プルトップに指をかけ一気に中身を半分飲み干せば、喉を通る冷たい感覚に心地良さを感じて一息吐き、こつんと通路の偏光ガラスに頭を押しつけ身を預けた。
上司が咎めるのも無理はない、と今日の自分にくすりと苦笑を零す。
仕事とは関係のないことが気がかりで全く集中出来てない。いつもならこの時間には終わってる仕事もまだ残っている。散々な有様だ。
原因は考えるまでもなく分かっているのだが、それがどうにも情けなくて肩を落とす。
少し軽くなった缶を振ってフレンは細く息を吐き出した。
スーツのポケットに手を突っ込むと、指先にかさりと厚めの紙が当たる。
折れないよう気をつけて取り出し視線を落とした。郊外にある遊園地のチケット。昨日、手渡されたものだ。
(……分かってるのかな)
ぼんやり手渡してきた相手の様子を思い直して、フレンは分からないわけがないだろうと首を振る。
彼女が自分に対して恋愛感情を抱いてるのだと気付いたのは、そんなに前のことではない。
それに気付いた日以来全く素振りを見せないが、チケットを渡してきた際、自分の出方を僅かに窺っていた。期待を持たせる気も無いなら受け取らない方が良かったと分かっていたのに。
(分かってないのは僕の方か)
隣人の少女とは、歳が離れている。
幼い頃から血は繋がってないが妹のようだと思っていた。妹のように可愛がってきた……はずだった。
差し出されたチケットを見下ろし、自分が受け取らないチケットはどこに行くのだろう。余り話したことはないが学校の男友達でも誘うのだろうか。
そう思った瞬間フレンは迷わずチケットに手を伸ばしていたのだ。
それが所謂、妹馬鹿と呼ばれる感情に因る衝動だったら問題はない。
可愛い妹を知らない男に渡したくないと思うのは、多少は行きすぎていても健全な考えな気がする。
けれど、久しく触れてなかった少女に触れた時、子供の頃の幼さではなく、発展途上ではあるが確かに女性へと変わり始めた柔らかさに勝手に戸惑った。
いつも屈託無く名前を呼ぶ彼女はいつの間にあんなに大きくなってしまっていたのか。
よく後ろを付いて回っていた幼い足取りをはっきりと思い出せるのに情けない話だ。
自分の方こそ彼女をどのように見ていたのだろう。その答えが自分で出せていないのではないか。
妹みたいなもの、と決めつけているのではないかと考え込んでは思考の迷路に迷い込む。
じっと見詰めていたチケットをスーツの上着にしまい込み一つ息を吐くと、フレンは軽く首を振り今はもう考えないことにした。



***

本当にごめん。
そう土下座する勢いで謝られ、ユーリは電話口でありながらもどうしたらいいかと思案し何とか出てきた言葉が、「まぁいいよ」という何ともし難いものだった。
ぶっきらぼうに言ったつもりはないが、元々女性でありながら粗雑な印象を与えやすい口調だったし、多少なり落胆したのは間違いなかったので、電話越しの相手がどのようにとっても仕方なかった。そうは思う。
だから咄嗟に次に相手に言われた言葉が理解出来なかった。
自分がどう反応したのかも分からないまま通話は終了し、重心を傾けベッドの上に仰向けになり腕を投げ出してユーリは天井を見上げる。
そのまま体重を移動させ、近くの椅子に掛かっていた制服の上着に手を伸ばし、けれど上着に辿り着く前に指先を下ろす。
まだ手にしたままの携帯電話のメールボタンを押す。
そして何文字か打ち込んで送信した後、椅子に背を向けるように寝返りを打った。
「……ばか」


>>フレにょユリ年の差の続きになるはずが全然、先が思い浮かばなくて^q^
   ボツというか書きかけ途中。暫く封印。

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魔導器が無くなる実状に基づき、魔物への対処や生活利潤の低下への対応。綿密に何度も帝国とギルドで重ねられる話し合い。
全く未知数の状況は、忌避する選択肢を選べる手段もなく、世界と共に滅ぶか、文明の利器を捨てるかの二択になってしまった。
生きる為に捨て去ることを選んだのは一部であって、人々の総意ではない。
成る可くして成ったのだ。そう結論付けて世界は突然空に現れた災厄を退け、魔導器の使えない時代へと突入した。
研究者は新たなエネルギーとして存在が確証されたマナの実用化に向けて、議論と実験に忙しい日々を送り、その中で少しずつ代替される、今までに比べたら不便だが道具を作り始めている。

――生きようと思えば、何とでも。

少し不安げに、それでも言い切った少年の様子を思い出してユーリは小さく笑みを零した。
確かにその通りなのだろう。最初はどうやって生活をしていくのかと途方に暮れていた人々は、それでも日々の生活を送っている。
ギルドの依頼を一つ片付け、帰ってきた帝都の下町も相変わらずの様子だった。
「ハンクスじいさん」
一つ違っていたのは広間で何か作業をする老爺と、それを手伝う数人の男が困ったように立ち尽くす様子くらいか。
人だまりの中心にいる老爺を呼べば、振り返るついでに手が持ち上がる。それが軽い挨拶であると分かってユーリも倣った。
「ユーリ。帰ってきたのか」
「一つ仕事終えてきたからな。じいさんたちは何を?」
工具を片手にユーリの元にまで来たハンクスに首を傾げると、相手は困ったように眉尻を下げる。
嘗ては魔導器によって制御されていた水道機関は、魔導器が使えなくなった後、下町の男連中によって井戸が掘られた。
最近では研究者が生み出した機械によって、ポンプで自動的に汲み上げられるようになっていたのだが、どうやらそれが故障したらしい。
簡単な修理であればと、自分たちで直そうとしたのだろう。
先程までハンクスが作業をしていた辺りに散らばる工具を見遣り、ユーリは肩を竦める。
「今、うちの知り合いが帝都に来てる。見て貰えるか話つけてみるから」
「でもなぁ」
「大丈夫だよ。あんまり金銭面にがめついやつじゃねぇ。安心しな」
元々自分たちの生活でさえ精一杯の人間が住む場所だ。当人にとって簡単な修理なら報酬さえ取らないかもしれない。
天才という評価を頂きながら少し変わった小柄な少女を思い出して、ユーリはにやりと口角を上げる。
つい最近会った少女は用事があるから帝都に行くと言っていたし、それからそんなに経っていない。まだ間違いなく居るだろう。
「ちょっと行ってくる」
ひらりと手を振って城の方へ向かう背中にハンクスが思い出したように声を掛ける。
「ユーリ」
「ん?」
「身体は平気か?」
「へ? ああ、大丈夫」
振り返った先で見えた表情は心底心配が滲んでいて、ユーリは苦笑で返した。
大方余計な口を滑らせたのは一人だと分かり切った上で、滑らせたと言うより保険を掛けたが正しいのかも知れないと思い直す。
魔導器を失った世界は一見、危惧したほどの文明退化を見せていないように見えたが、細やかなところでは大分弊害が出ていた。
その弊害に因ってユーリもまた個人的問題を一つ抱えたことになる。
まぁ、仕方のないこと。そう己の問題を切り捨てたユーリの性分など見切った上での相手の行動は、簡単に言えば効果絶大だった。
自分を顧みないと言うなら、顧みる状況を。
ユーリが自身を気にかけないなら、否応なしに気にかけなければならない状況を作り上げてしまえばいい。そう無言で突きつけられているようだ。
ついこの間ギルドで請けた仕事の報告をしに戻ったダングレストでも、様子を伺いに行ったハルルでも、ユーリは似たような目に遭った。
偶然そこで出会った少女も、帝都まで運んできてくれた相手でさえ、同じだというのだからこれは相当のことで。
「薬、もう作れないと聞いたぞ」
案の定、何度か聞いた言葉にユーリは肩を竦めて笑う。
「心配性だな、じいさん」
「飲んでたんだろう? やっぱり変に無理をして悪くなってたんじゃ」
幼い頃から何かと面倒を見てくれた老爺は、ユーリが抱える問題のことを良く知っている。
内心舌打ちしたいのを抑え、ここが最後の詰めとばかりに押さえられた人物にユーリは軽く首を振る。
「違う。別に悪くなってなんかいねぇよ。ただ変に発作が起きても困る状況だったから飲んでただけだ」
「ユーリ」
「今は別にそんなんじゃねぇ、悪くなってないから」
本当に大丈夫だと言葉を重ねるユーリに、尚も何か言い募ろうとしたハンクスが思い直したのか頷く。
納得はしてない顔に何も言い返すことなくユーリは踵を返し、今度こそレンガ道の坂を上り始めた。


**

突然扉を蹴破る音が室内に響く。
半ば八つ当たりに近い、いや原因は自分なのだから正確には八つ当たりではないだろう、ドアが足蹴にされる様子をフレンは見遣った。
割りと丈夫な作りの扉だが、手加減のない蹴りを入れられ蝶番が悲鳴を上げてしまい、壊れたかなと落ち着き払った頭で考える。
「壊れたら弁償要求するよ?」
「それじゃオレは迷惑料をお前に要求するよ」
昔のように窓からではなく、廊下から律儀に現れたユーリが渋い顔で告げるのにフレンは首を傾げる。
窓から差し込む光に目を細めた彼は相変わらず黒を基調とした服で、陽光が十分に差し込む部屋の中では何にも紛れない。
手にしていたペンを置いたフレンが口を開く前に、大股で歩み寄ってきたユーリが行動を起こす方が早かった。
ぐっと襟元を掴まれ引っ張られる。
反射的にインク壷を倒れないように書類から遠ざけたフレンは、呼吸が苦しいのにも構わず笑みを浮かべた。
襟首を拘束する手を掴み、やんわりと言い含めるように言葉を続ける。
「迷惑料?」
「確信犯のくせに良く言う」
鼻で笑ったユーリが手を離す。簡単に解放された襟首を正しながら、その様子を見下ろす視線を受け止めたフレンが「で?」と促した。
返されたのは盛大な溜息一つ。
気は済んではいないのだろうが、諦めたのか踵を返したユーリが執務机から離れた位置にあるソファに腰を落とした。
どさりと利き手にぶら下げていた得物も放る。
「会う度、身体は大丈夫かって聞かれる身にもなってみろよ。堪ったもんじゃない」
ソファに身を沈め言い捨て、ユーリはもう一度溜息を吐く。
じろりと睨んだが、執務机に座るフレンは眉一つ動かさず一度相槌を打つと慣れた手付きで書類をまとめ上げ、机の端に追いやった。
あくまで冷静な態度に腹が立ちそうになるのを抑え込み、ユーリは続ける。
「で、こっちこそ聞きてぇんだが、どういうつもりだ?」
ユーリが身体に病を抱えていたのを知っているのは、幼い頃から世話になっていた下町の人たちと目の前の幼馴染みだけだ。
ずるずると色々な問題を追ううちに世界の危機という大事に臨む羽目になった際、もしもがあってはならないとユーリが行動を共にする仲間に打ち明けたのは全てではない。
昔から少しだけ調子を崩すことがある。たったそれだけで片付けたユーリをその時は咎めもしなかったくせに。
「そういえば今日は窓からじゃないね。何か別の用があったんじゃないのか」
「誤魔化すな」
幼馴染みの指摘は正しい。
目の前の相手に会って文句を言わないと気が済まないと思っていたが、ユーリが城に赴いたのは下町の水道の汲み上げ装置が壊れてしまったからだ。
城に呼ばれていると言っていたリタを探し出し、何とか見て貰えるよう頼んだその足で赴いただけに過ぎない。
「誤魔化すつもりはないけど」
椅子から起ち上がり、ユーリの向かいに腰かけたフレンが笑う。
「まぁ、でも少し堪えた様で良かった」
さらりと棘を含む言い方をしてのけた幼馴染に、ユーリは深く溜息を吐いた。純粋な心配というなら分からなくもない。
自分が相手の立場なら矢張り多少の心配はすると思う。それが幼い頃から発作で苦しむ姿を見ていたのなら尚更。
ユーリの抱える病は特段身体的な異常が見当たらないのに、痛みを伴う発作を突発的に引き起こす。
発作は動悸と呼吸の乱れ、それに伴う痛み。酷い時には意識を失いかけるほどなのに、心臓自体に欠陥や異常は見あたらず、逆に根本的な治療法方が無い。
症例として、大半が心因性と診断されるそれは、しかしユーリの場合遺伝性のものだったらしい。
発作を起こした時さえ乗り切ってしまえば、一過性の症状なら構わないと思っていたユーリの発作は、いつこれ以上の負担を身体に掛けるか分からない可能性があった。
「それで、薬はあとどれくらい残ってる?」
幼い頃下町で医者に定期的に診て貰う余裕などなく、大人たちが気に掛け金を出し合って医者に診て貰った際に頑なに拒んだ発作を抑える薬。
ユーリの持病の治療薬は無く、発作を抑える薬は存在していたが手持ちはもう残り少なかった。
「……数回分ってとこだな」
呼吸と共に吐き出した言葉に嘘は無い。残りは多分あと数回分。
そして使い切ったら手に入らなくなる。
魔導器が使い物にならなくなって、発作を抑える薬は作れなくなってしまった。
新しく作るには、今使える技術で魔導器の代用となるものを作り上げるか。または発作に対する薬を新しい方法で作るか。
どちらにせよすぐにとはいかない。
行く先々、知り合いに会う度、心配されたのはそのせいだ。
特にユーリが昔、処方するのを散々断っていたのを知ってる下町の知り合いたちは、ユーリの具合がそこまで悪化していたのだと容易に想像しただろう。
昔から世話になり通しな手前、ユーリも無碍に突っぱねる事は出来ない。
そこまで見通した上でフレンは、ユーリが薬を貰っていた事もその薬が作れないことも周りに漏らしている。
「どういう気の変わりようだ?」
「うん」
実際は、ユーリが初めて発作が起こって以来、症状は悪化していなかった。
相変わらず運動をするのに支障は無いし、心臓にも異常は見つかっていない。
薬を服用する選択肢を選んだのは、単に突発的に起こる発作が邪魔だったから。星を覆う災厄を退ける為に動くのに弊害になったからだ。
だからこそ魔導器の機能が失われてから作ることが出来ない薬を未だ持っていると言って良い。
「お前、今まではオレが自分で言うまでは何も言わなかったのに」
「少し頻度が多くなったって、前言ってた」
「ああ」
「それに、それでも薬がある。いざとなったら飲ませたら良いと思ってた。君が嫌がっても」
本気だろう。
確かに抵抗しても飲ませようとしたろうなと容易に想像出来て、ユーリは笑う。
今までユーリが発作を起こした時、最初にフレンの好意を素直に受け取らなかった時から、フレンはユーリが発作を起こした時冷たく接してきた。
けれどユーリの意志に反したことは無い。
きっとそれは状況に余裕があってのものだったのだろう。
ユーリの持病が心因性ではなく、遺伝性だと教えたのはフレンだ。
いつか悪化するかもしれない。その時も大丈夫だと言えるかとあの時聞いたフレンは、捻くれた心配の仕方で可能性を提示したに過ぎない。
「何だよ、やけに今日は素直なんだな」
くすりと笑みを漏らして告げると、目を丸くしたフレンが僅かに苦笑いを浮かべる。
「卑怯なやり方だって自覚があるし」
「わかってんのか」
「でも、一番効果があると思った」
「おかげさまで」
ユーリが自分の病について、余り構わないのを一番よく知るのはフレンだ。
精神的な負担が一番の原因であっても、発作に対する薬が無いのでは無理をして悪化した時に大事になりかねない。
なら周りが心配すれば否応なしに自らを気に掛けるだろう。ユーリの性分を良く知るフレンの札の一つだった方法は嫌になるくらい効果絶大だった。
「発作は減ってるんだ。だからもう勘弁してくれ」
「そう」
「嘘は言ってねぇぞ」
「そんなの、見れば分かる」
君も今日は素直だから、と付け足したフレンが立ち上がる。
つられて視線を上げたユーリは、目の前に差し出された手に反応が遅れた。
嘗て大丈夫? と純粋な感情で伸ばされた手を取るのには随分と長いこと時間が掛かったなぁと呑気に思いながら、首を振る。
「フレン、大丈夫なんだ」
「何が?」
聞き返す声は何も含まない。
純粋にユーリの言葉の意味を計りかねたようで、少しだけ先を言葉にするのを躊躇う。
相手も素直じゃないが、自分も大分素直じゃなかったと自覚がある分、尚更。

「お前がいるから無理出来るんだから」

 ――だから大丈夫なんだ。

言葉足らずなユーリにフレンが声を出して笑う。
お互いの性格を理解した上で不器用な遣り取りを幾度も繰り返した、その先での言葉にしては余りにも不釣合いで。
それでいて酷くらしかった。
「そうだった。ユーリは、大丈夫だよね」
フレンが苦笑交じりに手を引く。その、今まで決して掴まなかった手にユーリは初めて手を伸ばした。
え、と小さく相手から声が上がるのが少し可笑しくてユーリは肩を揺らして笑い、首を傾げる。
いつからか続けた二人の習慣を、初めて裏切ってフレンの手を握る。
ぐっと体重をかけソファから立ち上がったユーリが、未だ呆然とするフレンの耳元に口を寄せて囁く言葉に。


「いや、こちらこそ」

フレンが小さく返した声は二人の間にだけ落ちた。




>>持病ユーリネタ。おしまい´-ω-`
   オチがここだったから、結局いつもと変わらないねそうだね。

悲しいね。
ぽつりと静寂の訪れる、ここだけ自由を許される自室でフレンは鏡に向かい合って呟いた。
明かりを灯さない室内は夕暮れ時の斜陽だけが入り込み、ほんのりと赤い。
光を織り上げたようだと賞されるフレンの髪も赤味を帯びて、まるで罪を被ってしまったよう。
そっと指先を鏡に向ける。
頼りない指先が鏡に触れ、向こう側には自分の姿が映る。本当はそうなのに。

(ユーリ、君は)

そこには暗色の髪を結った少年が写っている。
光を集めるフレンの髪とは正反対の宵闇の色をした、髪。夜色の瞳がじっとフレンを見詰めていた。

(どうしていつもそんな)

フレンがゆったりと瞳を瞬かせる。
そこには相手に対する慈愛しかない。それなのに鏡の向こうで少年はフレンをまるで敵のように見詰めている。
理由は分かっている、つもりだ。
いつかは一緒になる、自分とは完全に対象な存在。
だからこそ全く正反対の境遇に置かれ育てられてきた。フレンは貧しさを知らない。
いつも誰かが傍で仕え、不自由はなく暮らしてきた。その代わり支配者の象徴として祭り上げられ、個人の自由は無かったが不満はない。
優しくあれと教えられてきた。それを自分でも良しとした。

(哀しい目をしているんだ)

しかし、ふと。
いつからか残像のように見える、自分と対の存在のことを思い、心は苦しくなった。
貧しく弱い環境で育てられてきたユーリは、きっと自分の知らない苦しみや絶望を知っている。
だからこそ、フレンが知らない、そんな絶望と憎しみを綯い交ぜにした瞳で自分を見つめてくるのだ。

――出来れば、救ってあげたい。

いつか出会う、運命の時が来れば、君の絶望も抱えてやりたいとフレンは心の中で思う。
また明日ユーリは泣くかも知れない。
そう考えたら自分が受けた痛みのように苦しい。
そっと手を離し、祈るように胸を前に置く。明日が来て一つ刻限が迫る。その日の為の拙い祈りだった。


>>ぶらじゃすいいね、たぎっちゃうね!


異例の出世だと。
類を見ないし後には多分続かないだろう、と大人達は興奮した口調で一つの話題に掛かりっきりだった。
切るのが面倒で気付いたら腰近くに届くほど伸ばした髪の、その少し傷んだ毛先を面白く無さそうに少年は弄る。
確かに異例で運が良かったかも知れない。
けど違う。間違いなく何の後ろ盾もない下町出身の彼が騎士団のトップにまで上り詰めたのには、血の滲むような努力と苦労があってのものだ。
早くに両親を亡くした少年にとって、年が4つほど離れた彼の存在は思いの外近かった。
皮肉屋な少年の心情を察するのが上手い彼は、よく一人で寂しさを紛らわす為にぽつりと佇む少年の前に現れては、他愛のない話をする。
大体は夕暮れ時で、その光を織り上げたような金髪が夕焼け色の染まる様とか。
青空に似た瞳が刻一刻と色を変える夕暮れを映し、微妙な色合いで瞬く様は少年にとって宝物だった。
その時の笑顔や、言葉は、少年に掛けられるためだけのものだったから。
決して疎くない少年は時折疲れた様子で下町に現れる彼の、それでも自分を見つければそんなものを隠して穏やかに接してくる人柄に何も言わずとも惹かれた。
大人たちが話す言葉よりもっと少年は嬉しくて堪らない。
漸く彼の努力が認められる時が来た。
我が事のように少年は嬉しかった。

しかし数日後、真新しい鎧に身を包み下町を訪れた彼に、少年は声を掛けられなかった。

にこやかに話しかけられる言葉の全てに返す彼の姿は少年の知っているものとは違った。
(こんな、の、知らない)
誰もが祝福をする中、少年は彼に手渡す筈だったささやか過ぎるプレゼントを握り締める。
その明るい金色の髪も、優しい青い瞳も今は少年のよく知るものとは違って見えた。
(なんで、こんなに、……遠い)
手を伸ばせば届いた距離が、急に遠のいた気がして少年は彼が自分に気付き声を掛ける前にその場から踵を返す。
渡す筈だった贈り物は渡せなかった。


***


――ユーリ・ローウェル。

その名前を書面で見た時には夢かと思った。何度か見直してそれが一言一句間違いではないことを認める。
そしてフレンは瞳を瞬かせて、目の前で真新しい騎士服を身にまとった数名の中に見慣れた筈の、それでいて見慣れない一人の少年を見つけた。
少女と見間違いそうな中世的な顔立ちに、強い意志を秘めた暗色の瞳。
肩より上で切り揃えられた髪が頼りなげに揺れ、ふと視界を掠めた首は華奢な印象を与える。
(髪を、切ったのか)
手入れなどしていない髪は、痛みも少なく癖はなく艶やかで腰の辺りで落ち着いていたはずだ。
それをばっさりと切り落としたらしい少年をフレンは良く知っている。
幾分か年下の、同じ下町が出自になる少年の名をユーリ・ローウェルという。
気の強い子だ。それでいて芯は強い子だとフレンは評価する。しかし何故彼が騎士団の入団試験をクリアして新米騎士としてここにいるのか。
フレンには解せない。
ユーリの性分は自由奔放で、大凡組織に入り動く事を良しと思うような感じではなかったし、それに騎士団の入団試験に合格する事は決して容易ではない。
条件として身分は明記されていないが、前提的に一般階級以上の学力が求められる。
その日の生活に必死な下町の人間が騎士団の学術試験を突破する事。それ自体が難しいのだ。
ユーリは決して頭の悪いタイプではないと思っていたが、けれど進んで勉強をやりたがるとも思えなかった。
数年前、子どもでも働ける仕事にありついたユーリが少し難しい計算を求められて苦戦していたのを教えた事がある。
必要に迫られた、その時でさえユーリは勉強を教わるというのが苦痛のようだった。
それなのに。
「……ユーリ・ローウェル?」
一人ずつ名前を呼び配属を確認する、その最後にフレンは少年の名を呼ぶ。
短く「はい」と返事をした声は記憶と違わぬ、変声期を抜けたばかりの柔らかさを残すトーン。
伏せ目がちだった瞳が瞬き、フレンより若干低い身長のユーリが見上げるように視線を合わせてくる。
「親衛隊の見習いとして配属する」
一瞬、言うべき言葉を見失いそうになりながら、フレンは何とかユーリに配属先を告げた。
途端その場にいた数名の新米騎士たちからざわめきが起こる。
団長直属に当たる親衛隊に、見習いとはいえ下級身分のユーリが配属されるのだから無理もない反応だ。
ざわざわと決して快くないざわめきの中で、ユーリは向けられる視線をものともせず形式に基づいた敬礼で返す。
そして引率され部屋から出て行く後姿を見送り、フレンは深く溜息を吐いた。
知らずに吐いた溜息は長く重く。気になったのか隣で無言を貫いていた副官が気遣わしげに声をかける。
「団長、大丈夫ですか」
「……すまない、大丈夫だ」
ことりと首を傾げた副官が苦笑する。
「全然大丈夫じゃないですね」
「ソディア」
「あの下町育ちの、ユーリ・ローウェルといいましたか。彼の配属、もう少し配慮すべきでしたか?」
「いや」
異例の下町出自の騎士団長の下に下町出身の新米騎士。
兎角、汚い噂話が好きな貴族の輩にはうってつけの話題となるだろう。
そして間違いなく矛先は弱い立場へ向かう。この場合はユーリに向かうことになる。
「どこでも一緒だろうね。有難うソディア」
「いえ。私は公平に人事を組み立てたまでです」
こほんと咳払いをする彼女が、ユーリと自分の出自を念頭に入れて数日頭を悩ませているのを知るフレンは頭を振った。
騎士の大半が貴族階級を占める中、平民出、特に下町出身というだけで酷く目立つ。
ユーリが入団試験を突破したのは間違いなく実力だが、勘繰る要素は排除出来ない。
「団長も安心ではないですか?」
「……うん?」
「傍に置いた方が」
「どうかな。……要らない苦労をかけそうだと思うよ」
言葉に副官が笑う。
要素が排除出来ない以上、距離を離しても近くに置いても同じ事だ。ならば傍に置いた方がいいと彼女の下した判断を信じたい。
自分より正義感が強いと思うのだ。
だからこそきっと組織の中の腐敗した部分をユーリは見過ごせないだろう。
一朝一夕で変えられるほど世の中は甘くない。身に染みて知っていても、耐えられるか否かは別問題だ。
「そうですね。団長は無理ばかりですから。彼が貴方をよく知り聡いとすると、私の仕事が減って助かりますね」
軽口を叩き、書類を纏めて退室する副官にフレンは「ありがとう」とだけ告げる。
扉を閉める寸前、僅かに動きを止めた彼女が
「礼には及びませんよ」
と室内に言葉を滑り込ませて去った。
途端、余韻を僅かに残し沈黙が支配した部屋でフレンは、椅子に腰かけ背もたれに体重を預ける。
ふうと溜息を吐くと、少しだけ沈み込んだ椅子の居心地の悪さに座り直して、机に残されたままの書類に目を移す。
今期入団した騎士のリスト。その一番最後の名前。
「……どうして、騎士団なんかに」
呟かれた疑問に素直に相手が答える訳がないのが想像出来て、フレンは天井を仰いだ。

 

***


「命令違反だ」
「でも」
「反論は許さない。……ユーリ、君は騎士には向いてないよ」
きつい口調で断言されたユーリがはっと顔を上げる。僅かに揺れた暗色の瞳が物言いたげに、けれど口は引き結ばれたままだ。
僅かに緩められた襟元から覗く、男性にしては細い首に小さく傷がついている。
赤く細く、それでいて腫れた様子から、ついたばかりの傷だと判断してフレンは思わず手を伸ばした。
その手から逃れるようにユーリが一歩身を引く。
「なんで」
「ユーリ?」
「なんでそんなこというんだよ」
震える言葉が滑り落ちる。ユーリが、もう一歩身を引いて、フレンを逃さないといったように見据えてきた。
泣いているのかと勘違いしそうになる声音とは裏腹に、ユーリはフレンをきつく睨みあげてくる。
昔から変わらないと、こんな時なのにフレンは思った。
ユーリは小さい頃から何も変わっていない。
真っ直ぐで自由奔放で、自分の正しいと思った道を真っ直ぐに行くだろう。その為の意志の強さを持ち合わせている。
だからこそ組織という枠組みの中、個人の意見を第一に動く事が決して出来ない立場は向かないのではないかと思うのだ。
「ユーリは、どうして騎士団に入ったの?」
入団当初から抱き続けた質問を吐き出すようにフレンは突きつける。
きっとユーリの器量なら、騎士団でなくてもやっていける。騎士団にいて要らぬ中傷に悩まされながら過ごす事だってない。
「オレは」
フレンの知人というだけで敵を作ってしまう。針の筵に何も要る必要なんてないのだ。
絞り出す声が、途切れた。
「……フレンは、オレが邪魔なのか」
「そうは言ってない」
「じゃあ、なんで?」
「客観的に見て、ユーリは騎士団に……組織に属するのに向いてないと思っただけだ」
「そんなの」
「分かってるんだろう? それなのになんでユーリはここに居るの? それを教えてくれないか」
機会があればそれとなくユーリが何故騎士になろうとしたのかを聞いてきたつもりだった。
うまくはぐらかされて終わってしまっていた答えを、逃す気は無い。
フレンが直に下した撤退命令に背いて、身を危険に晒したばかりか、隊全体まで危険が及ぶところだった。
今までのような些細な諍いとは違い、見過ごせる問題ではない。
「……に、……ったんだ」
「聞こえない」
「……っ、フレンの、」
人払いをした部屋に半分悲鳴に似た声が上がる。

「助けに、なりたかったんだよ」

 

思いもしない答えに、一瞬反応が遅れた。俯いたユーリの表情は見えない。

「僕、の?」




>>去年と比べたらささやかな四月馬鹿話。
   21歳騎士団長×17歳新米騎士。フレユリ。

異種族間の関係ってもえるなってうっかり。
そううっかり、思って昼休み滾っちゃったから、やまなしおちなしいみなしをしてみたので
たたんでおきます。



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自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
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