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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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その男の事は前々から気に入らなかった。
国を守る国主でありながら気ままで、責の重さも十分理解せず、無鉄砲で、無謀で、それでいてとんでも無く奔放だった。
気付いたら縛られ上手に歩けぬ自分とは雲泥の差だと内心苦虫を潰し、会う度に苛立ちに紛れさせた憧れもあった。
同じように一つの国を守りながら自由奔放な男に。
「……毛利」
眼下、繰り広げられる戦を見守る背中に声が掛かる。
妙に通りが良く、年齢の分からぬ嗄れた声が名を呼ぶのに毛利元就は眉一つ変えない。
ただ喧噪を聞いていた。断末魔を聞いていた。火薬の爆ぜる音と怒号を聞いていた。戦場はいつでも混沌としている。
戦場の騒がしさに置いて元就の心は一気に冷め、静寂の淵に佇む。
聞こえている音が遠く霞む。視界だけは明瞭で決まってそう言う時ほど良く頭は働いた。
「大谷か」
ふわりふわりと形容するに相応しい様子なのに、可愛らしさを微塵も見せず包帯で肢体を覆った大谷という男は、その不吉さを見る者に与える瞳を歪ませた。
笑ったのだと理解するのに数秒と掛からない。
元就も僅かに笑う。
「珍しいことだ」
突っ込まねば良いのに、わざと元就の笑みに余計な言葉を残し大谷は言う。
暗い怨嗟とはまた違った、妙に胸騒ぎを残すような言葉選びで酷く機転の利く言葉を言う男は、元就を同胞と呼んだ。
そうだろうかと内心思う。瞬間には切り捨てる。感情は余計なものでしかないと厭うように元就は表情に感情を乗せない。
「良かったか?」
「首尾か?」
「違う。長曾我部のことよ」
思わず眉が寄る。先程まで考えていた男の名を出され、元就はついと視線を逸らした。
名も知らぬ兵士が名乗りを上げる声が聞こえた。自然と視線が戦場に移る。
きっと今頃、日の本違う場所で同じように戦の最中にあるであろう男は復讐に駆られ、持ち味であった奔放さも少しは形を潜めたろう。
元々単純な男だ。思惑に乗せるのは容易い。
「毛利?」
瀬戸内の海を挟んで幾度敵対したか分からぬ男の声は、低く掠れていた割りに良く戦場に響いた。
思えば今はそれがない。たぶん聞くことがもう無いか、或いは――。
「矢張り止めておくべきだったか?」
「妙なことを申すな、大谷」
感情というものを殆ど顔に表さない元就と、病の為に全身に巻いた包帯で顔さえも隠してしまった大谷の視線が合う。
やれやれと肩を竦める仕種をしたのは輿に乗った大谷の方だ。
「主に自覚がないのかも知れぬがな、毛利」
やんわり。
大谷にしては酷く穏やかな声音が言い添える。
「矢張り四国の鬼は、主にとっては特別なのであろうよ」
「何を馬鹿な」
言いかけて、ふと声が聞こえた気がした。
間者の報告では、鬼は徳川に復讐する為舳先を東へと向けたという。
ならばこの地にて聞きようのない声。
掠れた低い、それでいて通りの良い声が、行き交う悲鳴や怒号、様々な人間の様々な声の合間に滑り込む。
幻聴だと言い聞かせることも忘れ、元就は息を呑む。
憎しみであれ何であれ、確かに元就は土佐の国主を一人の人間として認識していた。
鬼がかように泣くものかと言い捨てたことさえある。
家の為にそれ以外に執着を持たぬ元就にしては確かに珍しい、特別なことだった。互いは好敵手であろうと言われれば否と口に出しても、全てで否定出来ない程には。
「……大谷」
「なんだ? 毛利」
「減らず口ほど破滅を呼ぶものぞ、覚えておけ」
無駄のない所作で踵を返した元就は一瞥をくれると、戦場に背を向けて歩き出す。
ふむ、と元就の背から戦場に数度視線を移した後、大谷という男は人知れず笑んだ。
家の繁栄と安定の為ならば自らも駒と言い切る毛利元就が、無意識とは言え一目置く存在を徳川を疲弊させる為の捨て駒としたのは強ち間違いではないだろう。
簡単に切り捨てられる者であれば、元就が痛みを負うことはない。
それでは意味がない。
等しく不幸は生者に降り注がねばならない。
「精々、盲進するのだな。長曾我部」
それであればこそ、間違いなく企て通りに事は運ぶだろう。
大谷の呪詛に近い呟きは戦場の風が完全に打ち消した。


>>BASARA3。親就前提での、大谷さんと毛利さんの会話。
   久しぶりに書いたら書きやすいよおぉおお。どうしたwww
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さぁ、どうしてくれようかと上質な布で仕立てられた服を着た男が笑う。
酷く一瞬意識の持っていかれそうな其れは、完璧すぎるほどの笑みであった。
地に伏せて動かぬ主人の服は乱れ、所々血に汚れているようだった。無意識的に舌打ちを打つ。
「……燕尾服、の…執事?」
主人を攫った一味のボスが茫然自失と呟いた。一つも乱れず銃弾を掻い潜ってきた割に執事姿の青年には勿論、傷一つもない。
「………お迎えに上がりました」
非常にぶっきら棒な声だった。
周りを銃を持った男達に囲まれても何も動じない、ただ一点だけを見据えた視線は動かない。
「……政宗、どの?」
「執事にそれは必要ないっつっただろ」
主人の前に立ち憚る体格の良い男が何かを喚いている。ここのボスであるその男の声は全く青年には聞こえなかった。
「それよりも捕まるのは趣味か? 毎度助ける身にもなって欲しいもんだ」
「申し訳ない」
会話は二人だけで為される。
それ以外は全て部外者で、しかし不思議な事に領域は彼らのではなく部外者のものであった。
正しく捩れた事象にトリガーに手を掛けた男が震えながらも照準を青年に合わせて引く。
乾いた音が鳴った。

「……何故、」

音が、鳴った。
乾いた銃声が一つ。それを人間では反応できぬ速さで振り返り躱した青年が笑う。
壮絶な、笑みであった。
一瞬言葉を失うほどの、言葉にもならない恐怖。青年の暗金の瞳が長い前髪の隙間からすっと細められた。
ゆっくりと滑らかな動作で持ち上がる腕に誰も反応出来ない。

「だめ、だ」

唯一、掠れた声で制止が入る。
肩で起き上がる形になった青年の主人である少年が真っ直ぐ、青年を見据えていた。
「why?」
「駄目だ、政宗どの」
だからそれを、その言い方を止めろと口の中だけで呟いて政宗はやれやれと肩を竦めた。
自失してしまった男達の合間をすり抜けるのは容易く、地に伏せたままだった主人を抱き起こす。
「ったく、どうなったってしらないぜ?」
無闇に殺生は好まず、しかしその意に反して命を狙われやすい青年の主人である少年は、しかし笑った。

「大丈夫。………政宗が、助けてくれるだろう?」

 


それは、嘗て為された契約の代償よりも甘美過ぎる誘惑に似た響き。
満足そうに笑った政宗が少年にだけ聞こえるように「仰せのままに」と呟く。



>> マリたんのリクエスト品。
    ダテサナっぽいの始めて書いた(笑) そして即興なので色々見逃して欲しい。
    まぁまぁ、ここから門外不出です^q^

教育実習生の男は人好きする性格で直ぐに学校に馴染んでしまった。元々此処の卒業生であるから校舎の案内は必要なく、自然と歩く様は違和感を感じさせない。
そんな男が或る教室の片隅、窓側の机に腰掛けて「懐かしいなぁ」などと呑気な声で言いながら、グラウンドで行われている運動部の様子を眺める様は確かに制服を着て数年前此処にいたことを感じさせて、元就は扉の前、先客のいる教室の入口で立ち尽くす。

「どうした? あ、邪魔だったか?」

全然気負いのない声で教育実習に来た大学生は笑いながら元就の方を向いた。
今まで会ったことのない人間なのに耳に馴染むその声に、感覚に、元就は気付かず持っていかれそうになる。
夢の中でいつもこの男と似た声で必死で呼ばれる。
呼ばれて、呼ばれて、名を呼びたくなって、そして泣きながら「すまない」と言う声を聞く。遠のく意識の合間に、そんなのは気にしなくて良いのにと思いながらも彼らしいと笑うのだ。
夢の中で敵同士の相手を自分はどうやら好きだったことだけは分かる。
「……えーっと、毛利? どうした?」
立ち尽くした元就を不審に思ったか声がまた掛かる。それに緩やかに首を振った。
反射的な行動に内心苦笑しながら教室の中に一歩踏み出す。
開け放した窓から運動部の掛け合いが聞こえる。それが教室の静かさに穏やかさを添えた。
「忘れ物が」
「ああ、そっか」
元就の素っ気ない一言に教育実習生は合点がいったと頷く。
視線をグラウンドに戻し目を細める横顔を視界の端に捉えながら、元就は自身の机に辿り着き置き忘れていた本を取り出した。図書館から借りた返却予定の本を危うく忘れてしまうところだった。

「その本、面白いよな」

ふ、と視線も変えずに男が言う。
一瞬目を丸くして視線を本の表紙に落とした元就が、ゆっくりと口を開いた。
「長曾我部先生も、読んだことが?」
「おお。丁度、毛利くらいの時に」
視線をゆるりと向けて笑いかける教育実習生の声が耳に触る。
意識を揺さぶられるように、鮮明すぎる夢との境目がぶれるような感覚に元就は無意識に額を押さえた。
「毛利?」
目眩。
霞んでいく視界に反射的に机に手を突いた。ばさりと本が床に落ちる音、合わせて机の上に腰掛けていた男が機敏な動きで駆け寄ってくる音が続いた。
「大丈夫か?」
そっと気遣うように肩に触れてきた男の腕を掴んで、元就が暈ける視界を持ち上げる。
心配そうに覗き込む瞳の色は穏やかな海の色だ。
「声、」
頭がおかしいと思われるだろうか。
知らず口を突いて出た言葉は掠れて、それ以上続かない。額を覆った手を下ろして先を待つ男を見詰める。
「俺も、知ってるよ」
「………え?」
「お前の声、良く知ってる」
元就の思考回路が、男の口にした言葉を理解するのが一瞬遅れた。
その隙を突くように元就が続けなかった言葉を男の声が告げる。

「よく、夢で見る。その中で聞く声と同じだ」

―その夢は真実味のある、しかし現実とは掛け離れたもので。
「その、夢は」
「いつもその夢を見た後は不思議と泣いてる」
喪失感と一緒に。顔もよく分からない、ただ誰かを呼ぶ行為に、喪ったとだけ分かる夢の内容は起きる度に現実に溶けて暈けていく。
置いていかねばならない夢に、元就が現実に溶けていく想いへと涙を落とすのと同じだと男は言外に語る。
「夢は其処で?」
「いや。続く時もある」
どんな風にとは訊けなかった。奪うことで続いたものと奪われたことで途切れたもの。直結しながら結果として相反する夢に続きがあったとして、元就には推し量る尺度が無い。
「……歩けるか?」
「はい」
唐突に現実に戻される質問に元就は頷いた。目眩は既に治まっている。
差し出された手を無碍に払うわけにもいかず手を借りて体勢を整えた元就が、ひょいと床に落ちた本を拾う男を不思議そうに見詰めた。
「ほら。頁は折れてねぇみたいだ」
「……ああ、はい。ありがとうございます」
ぱらぱらと捲ってから差し出された本を受け取って元就は言葉を探る。
夢は余りに同位置で、平衡感覚を取り戻し自立出来る様になった元就の様子に微かに笑った男が言う。

「元就、だったっけか。名前」

それはまるで夢と被らせ態と混ぜ返されたようで、不思議なことに自然と元就の中に落ちた。
「はい。長曾我部先生」
「先生…ねぇ。俺、あと三日過ぎたら先生じゃなくなるけどな」
実習期間の終わりを示唆して男が笑う。
「……早いですね」
だから元就は正直な感想を口にした。あっという間だった。元就の言葉に僅かに目を瞠った男が窺うように首を傾げる。
「三日過ぎて何処かで会ったら、毛利…。お前、俺を何て呼ぶ?」
質問は少しだけ会話とずれ、元就は眉を顰めて正直に答える。
「たぶん、長曾我部さん、と」
「元親」
「……は?」
「余所余所しいのは好きじゃねぇんだ。そう呼んでくれ」
何でもないことのないように告げた男が踵を返した。
すっかり顔色も良くなった元就を見て大丈夫と判断したのだろう。呆然と立ったままの元就に教室を去り際、こう付け加える。

「俺も、名前で呼ぶ」

何処かで会う、そんな保証は無いし、会ったとして声を掛けない可能性だって高い。数年後にはもう忘れてしまうかもしれない。
学校だけで後は知らない人間だ。けど、元就は否とは言えなかった。ただ一つ、これはフライングみたいなものだと感じ取って小さく舌打ちする。
―確証も確率もない、しかし二人がまた出会うだろう確信だけが其処に存在していた。



>>久しぶりに瀬戸内。
   前に書いた教育実習生元親の設定のまま。一週間半ほど過ぎた辺り。
   心のままに捏造製造。
   夢で同じものを見てるのに、得るのは正反対とか、そういう個人的好みを入れてみた。
   もっと色々、上手く書きたいんだけどなぁ…!

ゆったりと流れるような薄闇が覚醒を促す。そろそろ日が昇る頃合いである。
ぱたりと無造作に、否、確かめるように腕を空いた布団の方に伸ばし何の感触も掴まず、布団の上に落ちた。
本来そこにある筈の膨らみはなく、僅かな温もりと残り香だけが昨晩を夢ではないと証明するのだ。
元親はふ、と息を吐き諦めたように隻眼を開ける。矢張り夜闇は今や残滓だけを残し消えていこうとしている。
朝陽の昇る時間に起きることなど、朝陽が昇る時間まで起きていたことがあったとしても、これまではなかった筈なのに可笑しなものだと内心笑った。
暫くすれば室の外、縁の所で静かに目を閉じ日輪を拝む男が、静かに音も立てず戻ってくるだろう。
端正な顔に僅か眉を寄せて不機嫌そうに言うに違いない。「未だ起きておらぬか。だらしのない男よ」と玲瓏な声が。
漣のように静かな平素の声も、怒りを滲ませながらも取り繕う低い声も、武将らしからぬ細さの男の喉が震う声全てが元親は気に入っている。
朝一番にそれを聞ける今の状況下も悪くはない。
思い当たり寝返りを打って元親は瞼を下ろした。もう少し寝ていても問題はないだろう。
大体相手が早すぎるのだ。
夢と現実の堺をすぐに行き来し出した意識が浮遊感を伴ってぼんやりと意識を落としていく。
その先ですると衣擦れの音がした気がした。

「元親」

そして名を呼ぶ。その玲瓏な声で、囁くように名を呼ぶ。
反覚醒した意識で後には馬鹿にしたような言葉が続くのだろうと思っていた。元親、ともう一度声は落ちる。
そっと布団の脇に置かれた手首の細さが垣間見えてはっとした。これは本当に同じ性別の、乱世に一族の頭領として立つ男のものなのだろうか。
戦場での凛とした姿からは想像もつかないのだ。だからこそ時折水を被ったように認識することがある。
腕に収まったときの線の細さや、時折見える儚さを内包した雰囲気をこの男が持つことに。
何か不安定な安定さがそこに目に見える形としてあることに。
「寝ておるか…?」
覗き込むよう身を屈めた男の髪は陽光にすければ柔らかな色を持つ。少しだけ色素の薄い癖のない髪。
薄く開けた視界の端を掠めて、次にはそっと前髪を気遣わしげに避ける繊細な指先が額に触れた。
完全に元親が寝ていると思い込んだ上の行動に、狙わず息は止まりそうになるが自然を装い息を吐き出す。自然と呼吸が浅くなる。
顔に僅かに掛かっていた前髪を払って、男の端正な顔がゆっくりと近づいた。
互いの息が掛かる距離。優しく労るように額に口付けられて元親は不覚にも身動いでしまった。
しかし寝ていると未だ思っているのだろう。完全に覚醒してしまった意識の中、元親は離れていった男が今どんな表情を浮かべているか知りたくなって薄く瞼を持ち上げる。
終ぞ見たことのない、薄く笑みを佩いた表情は儚げではあったが同時に悟ってしまった。
これこそが根本。彼の本質であると。
家を守り生き抜く為に優しさや何もかもを切り捨てた知将は、孤独を内包し戦場で流れる血にも失われる命にも微動だにしない。
一分の隙もない完璧なる冷徹の仮面を被り、全てを見通すのだ。
微塵も感じぬと宣言した口で、嘗ては穏やかに笑って優しい言葉を紡いだことさえあるのだろう。
今はそれが許されない。そしてまた許されようとも思っていない覚悟を見た気がして元親は密かに瞠目した。
「…、元就」
「………ん? 起きたか」
囁く様に呟き返すと今起きたと勘違いしたのだろう。まだもう少し寝ていても良いと屈み覗き込まれ言われて堪らず、身体を支えていた細い腕を自身に引き寄せた。
簡単に崩された体勢に眉根を寄せて、しかし抱きとめられて男は優しさなど欠片も見せぬ笑い方で笑う。
「寝呆けているのか? 困った男よな。寝首でも掻かれるとは思わないのか」
「…、お前こそ、な」
「仕様のない」
溜息混じりに吐き出される言葉に偽りはない。
海を挟み向かい合う国主同士が共に寝る関係に至るなど、どちらかが一方を隷属させたわけでもないというのに、可笑しな話だ。互いにその関係が生む危険性を知りつつ尚続けているのだ。
「本当にな」
けれど何故だろう。
その戦場では凡そ生身とは思えぬ男は、酷く安らぐ温かみを持つのだ。
名ではなく与えられた家の名を呼ばれ戦場で敵として見える時、若しくは元親かこの男かが命を落とすかも知れぬのに。
そうでなくとも何処か別の戦場で、名だけを知る武将にどちらかが討ち取られてしまうかもしれないというのに。
感傷や余計な感情に繋がる関係性は切るべきだと理解していても、生温いこの僅かの時間に生まれる感覚に元親は酷く、安心するのだ。
まだ、自分も、彼も、人間であると手に取るようであるから。



>>瀬戸内。……なんか思ったんだが色々なジャンルで色々かぶる傾向があるな(笑
   なんか久しぶりにちょっとだけ長い。
   瀬戸内はこんな雰囲気が好きなんだぜ、といいたい。

永久。
本来時間の隔たりによって消え失せる筈であったものがある。精霊と、人と、世界と、全てを結び応える歌声。
契約にも、予め定められた理にも似た其れは音と認識出来るものでありながら、既に音としての領域を逸脱している。
たった一声とは言わぬ。一旋律で人間の与り知らぬ世界の奇蹟さえ引き起こす存在は、存在の神秘性を示すように皆性別の区別が付かぬ怪しく麗しい容姿をしていた。
その、音の統率者ともいわれる存在を歌貴と呼ぶ。
紗の被り物を頭からすっぽりと被り、星明りだけを今頼りに歩く線の細い人物もまた歌貴であった。
彼らが彼らだと外見で見分ける唯一の統べた額にある翡翠のツノ。
顔半分を覆うようにして被った紗で隠したとは言っても、本来この人物の持つ雰囲気なのだろうか。
既に尋常ではない静謐さを携えていた。
「………おぉい」
その細い背中に、やけに鷹揚な声が掛かる。
僅かに視線を其方へやれば、星明りの下、まるで星影の残滓を集めたように極端に色素の抜けた髪がぼんやりと暗い中で浮いた。
「元親」
形の良い薄い唇が名を呼んだ男の名を紡ぐ。
さらりと耳に心地良く通りの良い声は僅かな大きさであったが男に届いたらしい。
にっと元親が笑い大股に歩み寄り、すっぽりと顔を覆う紗の被り物に目を留め眉を顰める。
「こんな時間に何処に行くってぇんだ?」
「……無粋なことを」
「まさか逢瀬なんてことは言ってくれるなよ?」
元親の大きな手が肩に掛かっていた紗に触れ、そして一気に引き抜いた。
はらりと音も略立てず露になった顔は矢張り男とも女ともつかぬ中性的さを持つ端正な面差だった。
「元親」
咎めるような響きに元親が笑う。
「隠すのは勿体無ぇだろ? 元就」
元就と呼ばれた歌貴は、元親の手から紗の布をひったくる様に取り戻すと頭から被るのは諦め、流れるような動作で羽織った。
柔らかな髪が紗に触れた拍子にゆらりと揺れる。
「で、何処に?」
「特段決めておらぬ」
元親の質問にきっぱりと返る声。
人目のない場所でも気にはなるのだろう、細く形の良い指先が落ち着かぬ様子で自身の翡翠のツノに触れたのを元親は見逃さなかった。
「こんな時間に散歩…ってか?」
「今日であるから、だ」
全く意図が掴めぬといった様子の元親に溜息を返して、元就は空を仰いだ。
時間の偶然か。月は空に上っておらず、ただ星空を敷き詰めた強弱様々な光が空を埋め尽くすのみである。
「嗚呼、成る程」
天にある星明かりの帯を見て元親はからからと笑った。
意図が読めたと笑う男に元就もつられて苦笑を返す。
「確かに無粋か」
「…今年はよう晴れた」
まるで最初に会ったときのようだ、と呟いた元就の肩を逞しい腕が気遣うように抱いた。
体の重心を預けるようにして見上げる空に雲は一つも見当たらない。
「こうやってられるのも、な」
「うん?」
頭から声をかけられる形で元就が身じろぐ。
視線を向ければ、海の色を写し取ったような瞳がじっと元就を見据え、労わるように声は続いた。
「また…色々と先行きが怪しい」
「…戦か」
「その時になったらまた、力を借りることになる」
静か過ぎる声に元就は微かに頷いた。
「そのように気に病むことではない」
「…いや」
「自分で望まなければ、歌は歌えぬ。…我はお前だからこそ意味を預けた」
歌貴の歌は人間には理解できぬ響きを持つ。
真に歌貴の恩恵を受けるには、其の歌貴の言葉の意味を知らねばならなかった。
歌貴が言葉の意味を教えるのは自分が心を許した相手、民のみ。
元就はふと笑い、今身を預ける男がまだ子供であった日のことを思う。
矢張り今日のように夜空を見るために、年に一度天の王に引き裂かれた二人の逢瀬が許された夜に空を見るため、元就はその夜も顔とツノを隠し暗闇を歩いた。
満天の星空の下、出会った少年の髪は光の残滓を纏い、余りにも儚く綺麗でふと足を止めてしまった。それこそ運命のようではないか。
年に一度会うことを許された恋人が出会う夜に、出会うなど。
「…ああ」
掠れた元親の声が耳朶を打ち、元就はゆるりと過去に浸かっていた意識を戻した。
元親の大きな節くれだった手が優しく髪を梳く。
許すように瞳を閉じて元就の唇が、微か、音を紡ぐ。
性別も分からぬ不可思議な神秘性に満ちた、その静かで優しい音に元親が笑った。
歌貴としての力を行使するため歌う歌と違い、それは純粋に元就の紡ぐ歌である。

「初めて会った時に歌った歌だな」


答えの代わりに続く旋律が、やがて一つから二つ、多重に重なっていく。
元就の声に応える様に、世界に宿る精霊たちが音を辿って追っていく。
歌う元就の背中から腕を回すように抱き込んで、元親は神聖な響きを享受して空を仰いだ。
出会った時と寸分違わぬ夜空が其処にあった。



>>七夕の季節とかけて。壱夢庵、朋子さんから借りた設定でのお話。
   ああああ。しかし全然、駄目だったああああ…!orz!

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くまがい
HP:
性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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