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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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異例の出世だと。
類を見ないし後には多分続かないだろう、と大人達は興奮した口調で一つの話題に掛かりっきりだった。
切るのが面倒で気付いたら腰近くに届くほど伸ばした髪の、その少し傷んだ毛先を面白く無さそうに少年は弄る。
確かに異例で運が良かったかも知れない。
けど違う。間違いなく何の後ろ盾もない下町出身の彼が騎士団のトップにまで上り詰めたのには、血の滲むような努力と苦労があってのものだ。
早くに両親を亡くした少年にとって、年が4つほど離れた彼の存在は思いの外近かった。
皮肉屋な少年の心情を察するのが上手い彼は、よく一人で寂しさを紛らわす為にぽつりと佇む少年の前に現れては、他愛のない話をする。
大体は夕暮れ時で、その光を織り上げたような金髪が夕焼け色の染まる様とか。
青空に似た瞳が刻一刻と色を変える夕暮れを映し、微妙な色合いで瞬く様は少年にとって宝物だった。
その時の笑顔や、言葉は、少年に掛けられるためだけのものだったから。
決して疎くない少年は時折疲れた様子で下町に現れる彼の、それでも自分を見つければそんなものを隠して穏やかに接してくる人柄に何も言わずとも惹かれた。
大人たちが話す言葉よりもっと少年は嬉しくて堪らない。
漸く彼の努力が認められる時が来た。
我が事のように少年は嬉しかった。

しかし数日後、真新しい鎧に身を包み下町を訪れた彼に、少年は声を掛けられなかった。

にこやかに話しかけられる言葉の全てに返す彼の姿は少年の知っているものとは違った。
(こんな、の、知らない)
誰もが祝福をする中、少年は彼に手渡す筈だったささやか過ぎるプレゼントを握り締める。
その明るい金色の髪も、優しい青い瞳も今は少年のよく知るものとは違って見えた。
(なんで、こんなに、……遠い)
手を伸ばせば届いた距離が、急に遠のいた気がして少年は彼が自分に気付き声を掛ける前にその場から踵を返す。
渡す筈だった贈り物は渡せなかった。


***


――ユーリ・ローウェル。

その名前を書面で見た時には夢かと思った。何度か見直してそれが一言一句間違いではないことを認める。
そしてフレンは瞳を瞬かせて、目の前で真新しい騎士服を身にまとった数名の中に見慣れた筈の、それでいて見慣れない一人の少年を見つけた。
少女と見間違いそうな中世的な顔立ちに、強い意志を秘めた暗色の瞳。
肩より上で切り揃えられた髪が頼りなげに揺れ、ふと視界を掠めた首は華奢な印象を与える。
(髪を、切ったのか)
手入れなどしていない髪は、痛みも少なく癖はなく艶やかで腰の辺りで落ち着いていたはずだ。
それをばっさりと切り落としたらしい少年をフレンは良く知っている。
幾分か年下の、同じ下町が出自になる少年の名をユーリ・ローウェルという。
気の強い子だ。それでいて芯は強い子だとフレンは評価する。しかし何故彼が騎士団の入団試験をクリアして新米騎士としてここにいるのか。
フレンには解せない。
ユーリの性分は自由奔放で、大凡組織に入り動く事を良しと思うような感じではなかったし、それに騎士団の入団試験に合格する事は決して容易ではない。
条件として身分は明記されていないが、前提的に一般階級以上の学力が求められる。
その日の生活に必死な下町の人間が騎士団の学術試験を突破する事。それ自体が難しいのだ。
ユーリは決して頭の悪いタイプではないと思っていたが、けれど進んで勉強をやりたがるとも思えなかった。
数年前、子どもでも働ける仕事にありついたユーリが少し難しい計算を求められて苦戦していたのを教えた事がある。
必要に迫られた、その時でさえユーリは勉強を教わるというのが苦痛のようだった。
それなのに。
「……ユーリ・ローウェル?」
一人ずつ名前を呼び配属を確認する、その最後にフレンは少年の名を呼ぶ。
短く「はい」と返事をした声は記憶と違わぬ、変声期を抜けたばかりの柔らかさを残すトーン。
伏せ目がちだった瞳が瞬き、フレンより若干低い身長のユーリが見上げるように視線を合わせてくる。
「親衛隊の見習いとして配属する」
一瞬、言うべき言葉を見失いそうになりながら、フレンは何とかユーリに配属先を告げた。
途端その場にいた数名の新米騎士たちからざわめきが起こる。
団長直属に当たる親衛隊に、見習いとはいえ下級身分のユーリが配属されるのだから無理もない反応だ。
ざわざわと決して快くないざわめきの中で、ユーリは向けられる視線をものともせず形式に基づいた敬礼で返す。
そして引率され部屋から出て行く後姿を見送り、フレンは深く溜息を吐いた。
知らずに吐いた溜息は長く重く。気になったのか隣で無言を貫いていた副官が気遣わしげに声をかける。
「団長、大丈夫ですか」
「……すまない、大丈夫だ」
ことりと首を傾げた副官が苦笑する。
「全然大丈夫じゃないですね」
「ソディア」
「あの下町育ちの、ユーリ・ローウェルといいましたか。彼の配属、もう少し配慮すべきでしたか?」
「いや」
異例の下町出自の騎士団長の下に下町出身の新米騎士。
兎角、汚い噂話が好きな貴族の輩にはうってつけの話題となるだろう。
そして間違いなく矛先は弱い立場へ向かう。この場合はユーリに向かうことになる。
「どこでも一緒だろうね。有難うソディア」
「いえ。私は公平に人事を組み立てたまでです」
こほんと咳払いをする彼女が、ユーリと自分の出自を念頭に入れて数日頭を悩ませているのを知るフレンは頭を振った。
騎士の大半が貴族階級を占める中、平民出、特に下町出身というだけで酷く目立つ。
ユーリが入団試験を突破したのは間違いなく実力だが、勘繰る要素は排除出来ない。
「団長も安心ではないですか?」
「……うん?」
「傍に置いた方が」
「どうかな。……要らない苦労をかけそうだと思うよ」
言葉に副官が笑う。
要素が排除出来ない以上、距離を離しても近くに置いても同じ事だ。ならば傍に置いた方がいいと彼女の下した判断を信じたい。
自分より正義感が強いと思うのだ。
だからこそきっと組織の中の腐敗した部分をユーリは見過ごせないだろう。
一朝一夕で変えられるほど世の中は甘くない。身に染みて知っていても、耐えられるか否かは別問題だ。
「そうですね。団長は無理ばかりですから。彼が貴方をよく知り聡いとすると、私の仕事が減って助かりますね」
軽口を叩き、書類を纏めて退室する副官にフレンは「ありがとう」とだけ告げる。
扉を閉める寸前、僅かに動きを止めた彼女が
「礼には及びませんよ」
と室内に言葉を滑り込ませて去った。
途端、余韻を僅かに残し沈黙が支配した部屋でフレンは、椅子に腰かけ背もたれに体重を預ける。
ふうと溜息を吐くと、少しだけ沈み込んだ椅子の居心地の悪さに座り直して、机に残されたままの書類に目を移す。
今期入団した騎士のリスト。その一番最後の名前。
「……どうして、騎士団なんかに」
呟かれた疑問に素直に相手が答える訳がないのが想像出来て、フレンは天井を仰いだ。

 

***


「命令違反だ」
「でも」
「反論は許さない。……ユーリ、君は騎士には向いてないよ」
きつい口調で断言されたユーリがはっと顔を上げる。僅かに揺れた暗色の瞳が物言いたげに、けれど口は引き結ばれたままだ。
僅かに緩められた襟元から覗く、男性にしては細い首に小さく傷がついている。
赤く細く、それでいて腫れた様子から、ついたばかりの傷だと判断してフレンは思わず手を伸ばした。
その手から逃れるようにユーリが一歩身を引く。
「なんで」
「ユーリ?」
「なんでそんなこというんだよ」
震える言葉が滑り落ちる。ユーリが、もう一歩身を引いて、フレンを逃さないといったように見据えてきた。
泣いているのかと勘違いしそうになる声音とは裏腹に、ユーリはフレンをきつく睨みあげてくる。
昔から変わらないと、こんな時なのにフレンは思った。
ユーリは小さい頃から何も変わっていない。
真っ直ぐで自由奔放で、自分の正しいと思った道を真っ直ぐに行くだろう。その為の意志の強さを持ち合わせている。
だからこそ組織という枠組みの中、個人の意見を第一に動く事が決して出来ない立場は向かないのではないかと思うのだ。
「ユーリは、どうして騎士団に入ったの?」
入団当初から抱き続けた質問を吐き出すようにフレンは突きつける。
きっとユーリの器量なら、騎士団でなくてもやっていける。騎士団にいて要らぬ中傷に悩まされながら過ごす事だってない。
「オレは」
フレンの知人というだけで敵を作ってしまう。針の筵に何も要る必要なんてないのだ。
絞り出す声が、途切れた。
「……フレンは、オレが邪魔なのか」
「そうは言ってない」
「じゃあ、なんで?」
「客観的に見て、ユーリは騎士団に……組織に属するのに向いてないと思っただけだ」
「そんなの」
「分かってるんだろう? それなのになんでユーリはここに居るの? それを教えてくれないか」
機会があればそれとなくユーリが何故騎士になろうとしたのかを聞いてきたつもりだった。
うまくはぐらかされて終わってしまっていた答えを、逃す気は無い。
フレンが直に下した撤退命令に背いて、身を危険に晒したばかりか、隊全体まで危険が及ぶところだった。
今までのような些細な諍いとは違い、見過ごせる問題ではない。
「……に、……ったんだ」
「聞こえない」
「……っ、フレンの、」
人払いをした部屋に半分悲鳴に似た声が上がる。

「助けに、なりたかったんだよ」

 

思いもしない答えに、一瞬反応が遅れた。俯いたユーリの表情は見えない。

「僕、の?」




>>去年と比べたらささやかな四月馬鹿話。
   21歳騎士団長×17歳新米騎士。フレユリ。

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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