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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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「どうしてなのかなぁ」
窓に切り取られた空が青い。綺麗な綺麗なブルーに、自分さえ見失いそうな感覚は何とも言えない虚無感さえ寄越す。
静かな室内も良くないなとオズは淡々と思った。どうしてこんな時でさえ冷静に物事を考えてしまうのか、自分にも腹が立つ。
頭は酷く落ち着いている。
だから信じたくないと思う感情など無視して事実だけを拾い上げて整理してしまう。
なんて嫌な性格。
なんて薄情な自分。
友人が死んだのに涙一つ出てきやしない。
「どうして、こんな」

 ――嗚呼、世界は何か一つを欠いてもいつもと同じく廻る。

こつんと窓に額をつけ、些か不自由な格好で見上げた空は雲一つ無い快晴。
青。綺麗な青。けれど友人の瞳の色は空より海の深い色に似ていた。
よく動く表情、どちらかというとしかめっ面と怒った顔ばっかり見ていたけど、笑った顔も照れた顔も知っている。
自分を立たせてくれたのは彼で、いつか自分たちの家の関係性を変えてやろうと誓ったばかりだった。
あの時合わせた手の感覚も未だ覚えている。
「なんだろう、これ」
泣きたいのに泣けないのか。辛いのに辛くないのか。感情が掬えない。
少しだけ緩めた襟元の、その襟に僅かに首に付いた歯痕が触れて、オズはゆっくりと指を這わせる。
先程噛まれた傷口と呼ぶには小さな痕は、オズがチェインとして契約を結ぶ少女がつけていったものだ。
慰めるのには頬を吸うのが良いのだろうとよく分からない解釈を少し前からしていた彼女が、オズを元気づける為に、それでいて些か行きすぎた行動だったが、瞬間的な痛みでじんわりと目尻に涙が浮かんだ。
その涙が行き場を無くした感情に救いを与えているのに、オズは気付いている。
信じられないくらいに、きっと感情が追い付いてないだけの自分は、未だ泣けなくて。
最期に見た赤が見慣れた、それでいて忌むべきものだと脳裏に蘇って首を振る。

まだ覚えてる。
その手の温かさと、ぶっきらぼうな物言いをするすとんと落ちるような癖のない声。立たせてくれた時の力強さも。

でも忘れてしまうのかも知れない。
悲しみをいつまでも抱えてはいけないから。人はいつだって少しずつ色褪せていく記憶を重ねていく。


片腕で上半身を起こして、オズは立ち上がった。
護衛が付いていないから出来れば部屋に居ろと言われていたが、ここは屋敷全体が警備され保護されている。
少しくらいならどうってこともないだろう。
数日部屋に篭もってばかりで、身体も動いてなかったし丁度良い。
廊下に見張り番がいないことを確かめてから、オズは部屋を抜け出す。
行き先は決めていなかったけれど、誰かと話がしたくて自然と足はある場所に向かっていた。





無神経ですねぇ、と苦笑した声に。確かになぁと内心隣で思いながらレイムは神妙な顔持ちで訪れた少年を見る。
ベッドに横たわったままのブレイクは白いシーツに埋もれそうなほど、血色は良くない。
しかし具合の悪さなど見せず、形の良い指をくるりと宙に回して笑う。
表情は見えなくても大方相手の気配でどんな表情をしているのか分かるのだろう。
「あのね、オズくん。全部を覚えてるなんて無理ですよ」
正確な記憶保存装置でもあれば別だけれど、人は生きている限り記憶を蓄積していく。ずっとずっと鮮明に詳細に覚えて入れるだけの能力はない。
きっぱりと事実を述べた声は、いつもより優しい。
「けどね、忘れないってことは出来ると思いマス」
たくさんのものを失いすぎた男はそう言って笑ったまま、手を伸ばした。
「矛盾してるよ」
「そうですネェ」
絞り出される少年の声に寸分違わず額にデコピンを食らわせ、痛いと小さく上がった非難に小さく声を上げて笑う。
「確かに全てを覚えてるのは無理です。けど、存在を忘れないってことは出来るんですよ」
にこり。
そういって笑ったブレイクがふっと笑みを消す瞬間の表情は、俯いているオズには見えない。
少しだけ気遣わしげなレイムの気配に気付いたブレイクがとんとんと安心させるように手を叩いた。
「オズくん、泣きました?」
「なんで?」
「泣いて良いんですよ? そうじゃなかったら怒って良い」
「なんで?」
「困った子だ。友人を亡くしたんだ、誰も君が無様に泣いたってみっともないって良いやしませんよ」
酷い物言いに思わず返す言葉を無くしたオズが、目を瞬かせる。
「こら、ザクス」
「自分の感情が今、分からないなら、ちょっと散歩でもして感情の整理でもしてきなさい」
ぽんと少年の肩を押した、ブレイクが肩を竦める。
やれやれと大袈裟に息を吐き、
「それにね、おじさん病人なんデスヨ。ちょっと休ませて下さいネ」
そう言ってベッドに身を沈める姿を見ては、これ以上長居をするわけにも行かず、オズは「ごめん」と一言だけ告げて椅子から立ち上がった。
年相応の頼りない後ろ姿を見送って、レイムはベッドに横になったブレイクを見下ろす。
「ザクス」
「嫌ですねぇ、ホント。……泣いて悪いわけ無いのに」
まるで自分で自分を戒めてるみたいだ、と付け足したブレイクが見下ろしてくる視線に気付いて笑う。
「ほら、レイムさんも大人しくベッドに戻ってくださいよ。けが人なんだから」
はたはたと振られる手は矢張り血色の悪さを物語る。
なまじ腕が立つから今まで怪我人として扱われる事の少なかった男は、ふとベッドの上で背を丸めながら器用に寝返りを打つ。
「大丈夫ですよ」
「うん?」
「オズ君には、アリス君がついてますから」
そう言うブレイクが、もう見えない瞳を彷徨わせ、そして飽きてしまったのか瞳を瞑る。
これ以上聞いても今は何も話さないと言いたげな様子にレイムも自分のいたベッドへと、杖をつきながら戻った。
歳にしては聡明で、快活な少年の終ぞ見たことのない様子を脳裏に浮かべて溜息を吐く。
大丈夫と言うのならきっと大丈夫なのだろうけど。
あとはオズが自身の中で引き出す問題には間違いなく、何の力にもなれない自分は駄目な大人だなとレイムは小さく自嘲する。

「こら、レイムさんまで落ち込んじゃ駄目ですヨ」

その気配を察したのか向こうから上がった声にレイムは苦笑した。

「分かってる」








綺麗な空だ。
ああ、そういえば庭先でなんてことのない日だと叔父が言って茶会を開いた日も綺麗な青空が広がっていた。
その下で笑って、話をした。
ぼんやりと屋敷に隣する庭園に佇んでオズは思い出す。
馬鹿と何度言われたのだろう。自分の自己犠牲は誰も救わないと教えてくれた声が、照れたように応じた日。
きっとこれからもそんな穏やかな日を彼と過ごせると思っていた。
「……約束したのに」
笑顔が思い出せるのに、共に思い出すのは彼から滲んだ血の色だ。命そのものだったような、鮮烈な。
降り注ぐ陽光を眩しく感じ俯いてしまったオズが、近寄ってくる気配にはっと顔を上げる。
がさりと手入れされた垣根から出てきたのは艶やかな漆黒の髪の少女。
「アリス?」
「オズか。全く私がいない隙に部屋から居なくなるとは」
「ごめん」
木の枝に引っ掛かって些か乱れた髪を無造作に手ぐしで直しながらアリスは、オズの元へと近寄る。
髪に絡まる葉を見つけ手を伸ばしたオズが、その手を反射的に取られた。
「アリス、どうした……」
「お前にやろうと思っていた」
「え?」
少女の手から渡されたのは小さな花だ。割と知識の深いオズが名前を思い出せないよく分からない小さな花。
一つは割き綻び一つは未だ蕾のままの、毟り取られたという風情の花が手渡され、オズは首を傾げる。
「ちょっと散歩してたら見つけたんだ」
「うん」
「お前にやろうと思ったから持ってきた」
「うん」
「……その、あいつになんだか似ている色だったから、少しは」
ふと言葉を詰まらせたアリスが困ったように視線をうろうろさせる様子と手の中の花を交互に見遣る。
真っ青な、空と言うより晴れた日の海に近いような色。
最初から真っ直ぐに自分を見詰めてきた友の瞳と似た――。

「アリス」

視界が滲む。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
目の前の少女を、貰った花を潰さない様に気をつけながら腕に抱きこむ。
小さく戸惑った声が上がったが、腕の力を緩めることは出来なかった。
「オズ、おまえ」
「ありがとうアリス」
アリスの肩に顔を埋めるようにしたオズの表情は、アリスからは見えない。ただ少しだけオズの触れる肩が冷たい。
小さく上がる嗚咽を黙って聞き入れ、小さくまるで大切な何かを繋ぎ留めるように呼ばれる名をアリスは思う。
行き場をなくした感情を持て余し泣くオズの背中に片腕を回し、あやす手つきで背中を撫でた。
漸く泣けた少年に、少女の姿であるチェインは何も言わない。


やけに広く感じる晴れ渡る空を、少年が落ち着くまで見上げて、ああ、なんて憎たらしいと毒づく。
こんなに良い天気じゃ泣くことが出来ないやつが多いのに。
それでも晴れた空でなければ、彼の瞳に似た海の色は見えないから、まるで世界まで惜しむようだなんて。





>>GF5月号ネタバレ。エリオット追悼。

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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