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砂を含む風が石を切り出して作った階段をざぁっと撫でて行く。些か埃っぽくなってしまった服を叩いてユーリは密かに首を傾げた。
砂嵐が城壁の向こうに霞んで見える。町を一歩出れば飲み込まれそうな砂嵐に慣れたのは、随分と前のことだった。
仮面から覗く世界は最初は狭く閉塞感で息が詰まりそうだと感じていたのに、いつの間にか慣れ、日に晒されない顔はきっと白いままだ。
対称的に少しだけ日に焼けた腕を見下ろして笑う。
漏れた声は囁くように小さく、暫く使っていない声帯は、そういえば未だちゃんと機能するのだろうかと思った。
奉公に出され、見知らぬ街の奇妙な文化、生活に放り込まれ、知らない言語の中で言葉を話すことを禁止されて数年。
順応性が高かったのか今はもう話せないハンデさえものともしないユーリは此処での暮らしが気に入っている。
辛いことがないわけではない。
それこそ奉公に出され、この街に連れてこられた当初は何もかもが必死だった。
言葉が分からない。何よりこの街で何よりも重視される掟の全てが分からない。
ユーリが言葉の制限を受けたのも、この街の住人が仮面をつけ生活しているのも偏に掟の為だった。
掟は遵守されねばならない。掟を守り生きていくことこそ、余所者のユーリには不思議なことだったが、仮面の街の住人の誇りだった。
だからユーリは一つ一つ地道に掟を覚えた。
日に日に増えていく掟も、古くからある掟も覚え、そうやっていくうちに故郷とは全く違う言語を使うこの街の会話も理解出来るまでになったのは偏に自分一人の努力からではないだろう。
この街で戸籍を持たぬ余所者が言葉を発する行為を禁じられていることさえ知らなかった頃に、怒られた意味が分からずどうしたら良いのか途方に暮れたところに、辿々しくも聞き知った言葉で話しかけてきてくれた彼がいたからこそ。
その後も親身に気に掛けてくれたからこそ、今こうやって此処で居場所を手に入れたのだと思う。
「ユーリ?」
振り返った先で僅かに仮面をずらした金髪の青年が首を傾げた。
初めて会った時は少年で、声はまだ幼さを十分孕み、身長も低かった。
すっかり変声期を抜けてしまった青年の声は穏やかで、もう一度ユーリと呼ぶと笑う。
空の色にしては僅かに深い色合いの瞳が細められる様をユーリは仮面越しに見た。
そっと手を挙げる。その一動作。それがユーリが彼と二人きりの時にする挨拶だった。
「ごめんね。待ったかな」
いや、と首を振る。呼び出したのはユーリではなく青年の方だったから、遅れてきたことを申し訳ないと思っているのだろう。
僅かに伏せた目蓋を縁取る睫毛が陽光の残滓を纏う。
初めて彼に間近で覗き込まれた時になんて綺麗な、と思ったそれは出会った頃から変わらない。
「あのね。今日はちょっと真面目な話をしたくて呼んだんだ」
君が忙しいのは知ってたのに遅れるなんて駄目だね、と付け足す青年は少しだけ照れ臭そうに笑った。
ユーリの両手を握り、少しだけ首を傾げ
「突然だから驚かないで欲しい。その僕と、」
(結婚して欲しいって言うんだろ)
青年の指先から逃れた利き手が、言葉を発することの許されないユーリの意志を伝える。
遮られた言葉と、数度瞬きを繰り返す瞳。
利発さを備えていた少年は今ではすっかり立派な青年の様相になり、幼かったユーリも身長は悔しいことに青年に届かないがしなやかに成長している。
その年月。彼は幾度もユーリを助けた。
口に出したことは終ぞ無いが自分と一緒にいたせいで嫌な思いだってしたことがあるに違いない。
それでも友達だからと名目をつけ、地番も地位も何もないユーリが途方に暮れればいつだって手を差し伸べてきた。
「ユーリ」
呆然と呟かれる名前にユーリが笑う。小さく零れる声に青年が困ったように眉根を寄せた。
いつから、青年の差し伸べる手が愛しくて仕方なくなったのか。
いつから、声を、言葉を、許されない自分が彼の名を呼びたくて仕方なくなったのか。
ユーリは覚えていない。だから青年が困った表情のまま待ちわびる返事は一つしかない。
(もう一回)
「……え?」
(さっきは邪魔したから、もう一回言って)
手の動きだけで意志を伝えるユーリに青年が頷く。
柔らかな声が今まで聞いたことがないほどの真摯さを備えて繰り返される。
「ユーリ、僕と結婚して下さい」
これは知らなくても良いことだが、ユーリと結婚すると決めた彼が掟に則ってこなした親族の説得の手順は百に及んだ。
ユーリはぼんやりと最初に言葉を制限された時に言われた言葉を思い出す。
――君がもし、この街の誰かと結婚したらその時は。
(はい)
やっと名前を呼べるのか、と短く了承の意志を告げて、ユーリは笑う。
たった三音。その音をやっと、誰にも聞かれないようにではなく本人に対して発することが出来る。
感極まった青年に抱き締められ、その背中に手を回し、ユーリはことりと首を青年の方に預けた。
伝わる体温に小さく唇だけで、今は名前を呟く。
嗚呼、なんて些細で、なんて幸せな。
>>NieR仮面の王とフィーアパロ。
話せなくてやっと話せるという行為ってとてもとても重要な気がして。
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サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。
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