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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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魔導器が無くなる実状に基づき、魔物への対処や生活利潤の低下への対応。綿密に何度も帝国とギルドで重ねられる話し合い。
全く未知数の状況は、忌避する選択肢を選べる手段もなく、世界と共に滅ぶか、文明の利器を捨てるかの二択になってしまった。
生きる為に捨て去ることを選んだのは一部であって、人々の総意ではない。
成る可くして成ったのだ。そう結論付けて世界は突然空に現れた災厄を退け、魔導器の使えない時代へと突入した。
研究者は新たなエネルギーとして存在が確証されたマナの実用化に向けて、議論と実験に忙しい日々を送り、その中で少しずつ代替される、今までに比べたら不便だが道具を作り始めている。

――生きようと思えば、何とでも。

少し不安げに、それでも言い切った少年の様子を思い出してユーリは小さく笑みを零した。
確かにその通りなのだろう。最初はどうやって生活をしていくのかと途方に暮れていた人々は、それでも日々の生活を送っている。
ギルドの依頼を一つ片付け、帰ってきた帝都の下町も相変わらずの様子だった。
「ハンクスじいさん」
一つ違っていたのは広間で何か作業をする老爺と、それを手伝う数人の男が困ったように立ち尽くす様子くらいか。
人だまりの中心にいる老爺を呼べば、振り返るついでに手が持ち上がる。それが軽い挨拶であると分かってユーリも倣った。
「ユーリ。帰ってきたのか」
「一つ仕事終えてきたからな。じいさんたちは何を?」
工具を片手にユーリの元にまで来たハンクスに首を傾げると、相手は困ったように眉尻を下げる。
嘗ては魔導器によって制御されていた水道機関は、魔導器が使えなくなった後、下町の男連中によって井戸が掘られた。
最近では研究者が生み出した機械によって、ポンプで自動的に汲み上げられるようになっていたのだが、どうやらそれが故障したらしい。
簡単な修理であればと、自分たちで直そうとしたのだろう。
先程までハンクスが作業をしていた辺りに散らばる工具を見遣り、ユーリは肩を竦める。
「今、うちの知り合いが帝都に来てる。見て貰えるか話つけてみるから」
「でもなぁ」
「大丈夫だよ。あんまり金銭面にがめついやつじゃねぇ。安心しな」
元々自分たちの生活でさえ精一杯の人間が住む場所だ。当人にとって簡単な修理なら報酬さえ取らないかもしれない。
天才という評価を頂きながら少し変わった小柄な少女を思い出して、ユーリはにやりと口角を上げる。
つい最近会った少女は用事があるから帝都に行くと言っていたし、それからそんなに経っていない。まだ間違いなく居るだろう。
「ちょっと行ってくる」
ひらりと手を振って城の方へ向かう背中にハンクスが思い出したように声を掛ける。
「ユーリ」
「ん?」
「身体は平気か?」
「へ? ああ、大丈夫」
振り返った先で見えた表情は心底心配が滲んでいて、ユーリは苦笑で返した。
大方余計な口を滑らせたのは一人だと分かり切った上で、滑らせたと言うより保険を掛けたが正しいのかも知れないと思い直す。
魔導器を失った世界は一見、危惧したほどの文明退化を見せていないように見えたが、細やかなところでは大分弊害が出ていた。
その弊害に因ってユーリもまた個人的問題を一つ抱えたことになる。
まぁ、仕方のないこと。そう己の問題を切り捨てたユーリの性分など見切った上での相手の行動は、簡単に言えば効果絶大だった。
自分を顧みないと言うなら、顧みる状況を。
ユーリが自身を気にかけないなら、否応なしに気にかけなければならない状況を作り上げてしまえばいい。そう無言で突きつけられているようだ。
ついこの間ギルドで請けた仕事の報告をしに戻ったダングレストでも、様子を伺いに行ったハルルでも、ユーリは似たような目に遭った。
偶然そこで出会った少女も、帝都まで運んできてくれた相手でさえ、同じだというのだからこれは相当のことで。
「薬、もう作れないと聞いたぞ」
案の定、何度か聞いた言葉にユーリは肩を竦めて笑う。
「心配性だな、じいさん」
「飲んでたんだろう? やっぱり変に無理をして悪くなってたんじゃ」
幼い頃から何かと面倒を見てくれた老爺は、ユーリが抱える問題のことを良く知っている。
内心舌打ちしたいのを抑え、ここが最後の詰めとばかりに押さえられた人物にユーリは軽く首を振る。
「違う。別に悪くなってなんかいねぇよ。ただ変に発作が起きても困る状況だったから飲んでただけだ」
「ユーリ」
「今は別にそんなんじゃねぇ、悪くなってないから」
本当に大丈夫だと言葉を重ねるユーリに、尚も何か言い募ろうとしたハンクスが思い直したのか頷く。
納得はしてない顔に何も言い返すことなくユーリは踵を返し、今度こそレンガ道の坂を上り始めた。


**

突然扉を蹴破る音が室内に響く。
半ば八つ当たりに近い、いや原因は自分なのだから正確には八つ当たりではないだろう、ドアが足蹴にされる様子をフレンは見遣った。
割りと丈夫な作りの扉だが、手加減のない蹴りを入れられ蝶番が悲鳴を上げてしまい、壊れたかなと落ち着き払った頭で考える。
「壊れたら弁償要求するよ?」
「それじゃオレは迷惑料をお前に要求するよ」
昔のように窓からではなく、廊下から律儀に現れたユーリが渋い顔で告げるのにフレンは首を傾げる。
窓から差し込む光に目を細めた彼は相変わらず黒を基調とした服で、陽光が十分に差し込む部屋の中では何にも紛れない。
手にしていたペンを置いたフレンが口を開く前に、大股で歩み寄ってきたユーリが行動を起こす方が早かった。
ぐっと襟元を掴まれ引っ張られる。
反射的にインク壷を倒れないように書類から遠ざけたフレンは、呼吸が苦しいのにも構わず笑みを浮かべた。
襟首を拘束する手を掴み、やんわりと言い含めるように言葉を続ける。
「迷惑料?」
「確信犯のくせに良く言う」
鼻で笑ったユーリが手を離す。簡単に解放された襟首を正しながら、その様子を見下ろす視線を受け止めたフレンが「で?」と促した。
返されたのは盛大な溜息一つ。
気は済んではいないのだろうが、諦めたのか踵を返したユーリが執務机から離れた位置にあるソファに腰を落とした。
どさりと利き手にぶら下げていた得物も放る。
「会う度、身体は大丈夫かって聞かれる身にもなってみろよ。堪ったもんじゃない」
ソファに身を沈め言い捨て、ユーリはもう一度溜息を吐く。
じろりと睨んだが、執務机に座るフレンは眉一つ動かさず一度相槌を打つと慣れた手付きで書類をまとめ上げ、机の端に追いやった。
あくまで冷静な態度に腹が立ちそうになるのを抑え込み、ユーリは続ける。
「で、こっちこそ聞きてぇんだが、どういうつもりだ?」
ユーリが身体に病を抱えていたのを知っているのは、幼い頃から世話になっていた下町の人たちと目の前の幼馴染みだけだ。
ずるずると色々な問題を追ううちに世界の危機という大事に臨む羽目になった際、もしもがあってはならないとユーリが行動を共にする仲間に打ち明けたのは全てではない。
昔から少しだけ調子を崩すことがある。たったそれだけで片付けたユーリをその時は咎めもしなかったくせに。
「そういえば今日は窓からじゃないね。何か別の用があったんじゃないのか」
「誤魔化すな」
幼馴染みの指摘は正しい。
目の前の相手に会って文句を言わないと気が済まないと思っていたが、ユーリが城に赴いたのは下町の水道の汲み上げ装置が壊れてしまったからだ。
城に呼ばれていると言っていたリタを探し出し、何とか見て貰えるよう頼んだその足で赴いただけに過ぎない。
「誤魔化すつもりはないけど」
椅子から起ち上がり、ユーリの向かいに腰かけたフレンが笑う。
「まぁ、でも少し堪えた様で良かった」
さらりと棘を含む言い方をしてのけた幼馴染に、ユーリは深く溜息を吐いた。純粋な心配というなら分からなくもない。
自分が相手の立場なら矢張り多少の心配はすると思う。それが幼い頃から発作で苦しむ姿を見ていたのなら尚更。
ユーリの抱える病は特段身体的な異常が見当たらないのに、痛みを伴う発作を突発的に引き起こす。
発作は動悸と呼吸の乱れ、それに伴う痛み。酷い時には意識を失いかけるほどなのに、心臓自体に欠陥や異常は見あたらず、逆に根本的な治療法方が無い。
症例として、大半が心因性と診断されるそれは、しかしユーリの場合遺伝性のものだったらしい。
発作を起こした時さえ乗り切ってしまえば、一過性の症状なら構わないと思っていたユーリの発作は、いつこれ以上の負担を身体に掛けるか分からない可能性があった。
「それで、薬はあとどれくらい残ってる?」
幼い頃下町で医者に定期的に診て貰う余裕などなく、大人たちが気に掛け金を出し合って医者に診て貰った際に頑なに拒んだ発作を抑える薬。
ユーリの持病の治療薬は無く、発作を抑える薬は存在していたが手持ちはもう残り少なかった。
「……数回分ってとこだな」
呼吸と共に吐き出した言葉に嘘は無い。残りは多分あと数回分。
そして使い切ったら手に入らなくなる。
魔導器が使い物にならなくなって、発作を抑える薬は作れなくなってしまった。
新しく作るには、今使える技術で魔導器の代用となるものを作り上げるか。または発作に対する薬を新しい方法で作るか。
どちらにせよすぐにとはいかない。
行く先々、知り合いに会う度、心配されたのはそのせいだ。
特にユーリが昔、処方するのを散々断っていたのを知ってる下町の知り合いたちは、ユーリの具合がそこまで悪化していたのだと容易に想像しただろう。
昔から世話になり通しな手前、ユーリも無碍に突っぱねる事は出来ない。
そこまで見通した上でフレンは、ユーリが薬を貰っていた事もその薬が作れないことも周りに漏らしている。
「どういう気の変わりようだ?」
「うん」
実際は、ユーリが初めて発作が起こって以来、症状は悪化していなかった。
相変わらず運動をするのに支障は無いし、心臓にも異常は見つかっていない。
薬を服用する選択肢を選んだのは、単に突発的に起こる発作が邪魔だったから。星を覆う災厄を退ける為に動くのに弊害になったからだ。
だからこそ魔導器の機能が失われてから作ることが出来ない薬を未だ持っていると言って良い。
「お前、今まではオレが自分で言うまでは何も言わなかったのに」
「少し頻度が多くなったって、前言ってた」
「ああ」
「それに、それでも薬がある。いざとなったら飲ませたら良いと思ってた。君が嫌がっても」
本気だろう。
確かに抵抗しても飲ませようとしたろうなと容易に想像出来て、ユーリは笑う。
今までユーリが発作を起こした時、最初にフレンの好意を素直に受け取らなかった時から、フレンはユーリが発作を起こした時冷たく接してきた。
けれどユーリの意志に反したことは無い。
きっとそれは状況に余裕があってのものだったのだろう。
ユーリの持病が心因性ではなく、遺伝性だと教えたのはフレンだ。
いつか悪化するかもしれない。その時も大丈夫だと言えるかとあの時聞いたフレンは、捻くれた心配の仕方で可能性を提示したに過ぎない。
「何だよ、やけに今日は素直なんだな」
くすりと笑みを漏らして告げると、目を丸くしたフレンが僅かに苦笑いを浮かべる。
「卑怯なやり方だって自覚があるし」
「わかってんのか」
「でも、一番効果があると思った」
「おかげさまで」
ユーリが自分の病について、余り構わないのを一番よく知るのはフレンだ。
精神的な負担が一番の原因であっても、発作に対する薬が無いのでは無理をして悪化した時に大事になりかねない。
なら周りが心配すれば否応なしに自らを気に掛けるだろう。ユーリの性分を良く知るフレンの札の一つだった方法は嫌になるくらい効果絶大だった。
「発作は減ってるんだ。だからもう勘弁してくれ」
「そう」
「嘘は言ってねぇぞ」
「そんなの、見れば分かる」
君も今日は素直だから、と付け足したフレンが立ち上がる。
つられて視線を上げたユーリは、目の前に差し出された手に反応が遅れた。
嘗て大丈夫? と純粋な感情で伸ばされた手を取るのには随分と長いこと時間が掛かったなぁと呑気に思いながら、首を振る。
「フレン、大丈夫なんだ」
「何が?」
聞き返す声は何も含まない。
純粋にユーリの言葉の意味を計りかねたようで、少しだけ先を言葉にするのを躊躇う。
相手も素直じゃないが、自分も大分素直じゃなかったと自覚がある分、尚更。

「お前がいるから無理出来るんだから」

 ――だから大丈夫なんだ。

言葉足らずなユーリにフレンが声を出して笑う。
お互いの性格を理解した上で不器用な遣り取りを幾度も繰り返した、その先での言葉にしては余りにも不釣合いで。
それでいて酷くらしかった。
「そうだった。ユーリは、大丈夫だよね」
フレンが苦笑交じりに手を引く。その、今まで決して掴まなかった手にユーリは初めて手を伸ばした。
え、と小さく相手から声が上がるのが少し可笑しくてユーリは肩を揺らして笑い、首を傾げる。
いつからか続けた二人の習慣を、初めて裏切ってフレンの手を握る。
ぐっと体重をかけソファから立ち上がったユーリが、未だ呆然とするフレンの耳元に口を寄せて囁く言葉に。


「いや、こちらこそ」

フレンが小さく返した声は二人の間にだけ落ちた。




>>持病ユーリネタ。おしまい´-ω-`
   オチがここだったから、結局いつもと変わらないねそうだね。

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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