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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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誰か、誰か、誰か、助けて下さい。
崩れた建物に下敷きにされた女が掠れた声で言う。戦火に包まれた町は混乱に満ち、誰の耳にも声は届いていなかった。
必死で中に手を伸ばそうとする女が、ああ、誰かともう一度だけ言う。

――誰かこの子を助けて下さい。

瓦礫から庇うようにして抱かれた赤子を見下ろして女は絶望を浮かべる。
悲しいことに誰も女の声を聞き止めない。もうきっとこの子も助からない。
まだ産まれたばかりなのに。
まだ楽しみも喜びも、幸せも何も知らないというのに。
女は胸中に渦巻く言葉全てを飲み込んで、たった一つの言葉だけを繰り返した。
”助けて下さい”
朦朧とする意識の中、瓦礫に挟まれた女はそういえば痛みは何も感じないと思う。ただ寒く、ゆったりと暗い闇に沈むようだと思った。
赤子を抱き留めた腕の感覚も喪われ、このまま二人死に行くしかないのかと涙を零す。
そんな中、声が聞こえた。
大丈夫かと問われる声に頷くのではなく、なけなしの力を振り絞って赤子を抱いていた腕を声の主に差し出す。
どうか、この子を助けて下さい。
何度も繰り返した言葉に明確に答えが返ったのは、これが初めてだった。女の震える腕から赤子を受け取った男が頷いて「任せてくれ」というのを女は笑いながら、涙を零しながら聞いた。

――もう大丈夫。

そう思った瞬間、闇に落ちていく意識の中でむずがった赤子の声が聞こえ、あやすように大丈夫よという。もう既に身体は動かなかった。
女の意識はそこで途絶えてしまった。
息絶えた女の亡骸の手をゆったりと下ろしてやった男が、何とかどかした瓦礫を支えにして立ち上がる。
しっかりと抱き留めた赤子は母親の異変を察したのだろう、今まで大人しかったというのに泣きじゃくっている。よしよしと腕を揺すってあやせば僅かに泣き声は大人しくなった。
町のあちこちで火の手が上がっている。逃げ惑う住人を目の端で捉えながら男もまた片腕に赤子を抱き、もう片方の手に小さく纏めた荷物を持って歩き出した。
逃げ惑う人々の悲鳴や怒号が遠くに聞こえる。
だが瓦礫から半分身体を横たえた女にはもう聞こえては居なかった。
ただ表情は怯えや憎しみ、怒りで醜く歪んだものではなく、不思議な穏やかさでもって目蓋を閉ざしている。

『――其処に物語は、在るの、』

殆ど人の気配の無くなった瓦礫の山に小さく降り立つ影が、その女を覗き込む。
紫水晶に似た菫色にも似た瞳が瞬き、癖のない漆黒の髪が突然吹いた風に煽られて舞った。端整な顔立ちの少年は女の傍らに膝をつき、手を伸ばす。
ひやりと既に温度を失い始めた女に何の感慨も持たぬ瞳を向け、そっと顔に掛かった髪を払う。
力尽きた女の焔の残滓を少年は片手に握り込んだ。
土と埃で汚れた様相の住人達が数人、瓦礫と、残された女と、その傍らにいる少年の前を通り過ぎる。
彼らが過ぎ去った先を見遣った少年の首もとでゆるく結ばれたリボンが解けかかり風に攫われた。
瞳に合わせたような紫色のリボンが宙に舞うのを目で追い、手を伸ばしかけたところで自身の手は既に空いてないことを思い出した少年が肩を竦める。
主人の手で結んで貰ったリボンだった。気に入っていたのだが仕方ない。
また出会えた時に新しいものを用意して貰おう。
体重を感じさせない足取りで不安定な瓦礫を移動しながら、少年は既に人の住めなくなった町を見渡す。
昨晩までは各家に明かりが灯り穏やかな生活が息づいていた場所だったのに、呆気ないものだ。
戦争が地平を駆けるのだから仕方ないと言い切ればそれまで。
だとしても本当に儚く脆い営みに少年は知らずに眉を寄せる。
握りしめた焔の残滓を、先程見つけた女の物語を、少年はそっとしまい込んだ。
この焔は女自身、そして関わってきたもの、全てを十分に内包した、謂わば女の一生そのものだ。
最期に一際輝いた、その煌めきに魅せられ、地平を見渡していた少年はこの場所に降り立ったに過ぎない。
とんと瓦礫の山を登りながら、ついに頂にまで来た少年はつま先を蹴った。
ふわりと階段を上るような仕種で宙を歩いていく。先程降り立った町のあちこちで煙が上っている。
ここにまた暖かな明かりが灯る日は来るのだろうか。
人ではない少年にとっては分からないが、ふと微かにまた焔の煌めきを見つけてそちらに視線をやった。
赤子が泣いている。先程、女が今際に赤の他人に預けた子供がほとほと困った様相の男にあやされながら、泣いている。

「……そうか。お前が、物語を続けるんだな」

遠く泣き声を聞きながら少年が呟いた。
女が命がけで守った命が、死を抱く地平の中で焔を宿し先を紡いでいく。
そっと菫色の瞳を伏せて少年が嘯く。

――其処に物語はあるのだろうか。


それは嘗て主人が言った言葉。
生と死の狭間、朝と夜の合間、光と闇の境界で待つたった一人の主人。
紫陽花の人形は朝を、芽吹く命を、司る光を。菫の人形は夜を、沈み往く命を、司る闇を。
死を抱き生を赦す地平に、主人の求める光と闇の物語を探しに出たのはもういつのことだったろうか。
最後に抱き締め、優しく髪を梳き「往っておいで」と送り出した主人を忘れたことは一度もない。
産まれる前に死ぬ運命に囚われ、地平に産まれるに至る物語を探す人。冬の冠詞を頂いた、自分たちにとって絶対の人。
地平の彼方でまた対となる紫陽花もまた探しているだろう。
彼が産まれる為の物語を。光と闇の物語を。
見下ろした地平に幾つかの祈りの歌が聞こえた気がして、少年は瞳を閉じる。


>>Romanパロ。冬=レイヴン、紫陽花=フレン、菫=ユーリ。

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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