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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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幸せであるのならいいと男は言う。幸せであるからこそ守りたいと女は言った。
穏やかな表情で見詰める二人の視線の先には小さな子供が二人遊んでいる。
ひっそりとした暮らしだった。決して贅沢は出来ない慎ましやかな暮らしを送り、国と国が争うこの時代の波に流されないよう生きてきた。
辺境の場所ゆえに不自由も多かったが、穏やかな暮らしは男と女にとって何より望ましかった。
やがて生まれた子どもたちはすくすくと育っている。
上の子は下の子の面倒を良く見るし、下の子は上の子を慕っている。優しい子たちだ。
このまま何事も無く育ってくれれば私たちにこれ以上の幸せは無いと女は思っていた。
けれどそんな幸せも長く続かず、戦乱の余波はこんな在り来りな小さな家庭にも押し寄せる。
男が兵として駆り出されるその日、女は決して泣かず気丈にも笑って送り出した。長年コツコツと密かに溜めてきたお金で彼には過ぎる帷子を用意して。
そして毎日子ども二人を女手一人で養いながら祈りを欠かす日は無かった。

――どうか無事に帰ってきますように。

女の祈りはいつも同じ。
数年経って未だ帰らぬ男の無事を只管に願う女は、回りから見ればさぞ滑稽な様だった。
子供達も成長し母の手伝いをしながら日々を暮らすうち、男は帰るのが面倒になりどこぞの女と一緒になったのではないかと心無い言葉が行き交い、自然と女の耳にも届いた。
女は笑った。
いいえ、いいえ。違います。あの人がそんなことをするわけが無い。約束を違える筈がない。
けれど過労で倒れた女の元に男が帰って来ることは終ぞ無く、女は男の無事を祈ったまま永い眠りについた。
優しい笑顔のまま逝った母を子供達は責めず、長年帰ってこない父を恨む。どうして帰ってこないのかと上の子が父を捜す旅に出た。下の子は家を守るため故郷に残った。
「母さんの、気持ちってこんな風だったんだろうか」
毎日唯一の兄弟の無事を祈るひとりぼっちの日々。緩やかに月日は流れ、やがて草臥れた旅装束を纏った上の子が一人で帰ってきた。
故郷に帰った子は言う。故郷に残された子は応える。
「ただいま」
「おかえりなさい」
そして母の墓前に持ち帰ったお守りのことを淡々と語った帰った子は父親を連れて帰ってやりたかったと言った。
暖かな食事を用意しながら俯いてしまった様子に首を振る下の子が、そっと長旅で痩せた肩に触れる。
「ちゃんと連れて帰ってきたじゃないか。……家族が揃ったんだよ」

その言葉に涙を流した二人を雨上がりの澄んだ空色をした双眸が見詰めていた。
淡い日溜まりのような色の髪を短く切り揃えた少年がそっと先程二人が参った墓を振り返る。
石で出来た簡素な墓標に雲から僅かに差し込む光を反射して、十字架が揺れている。旅に出ていた子供が持ち帰ったもので吹く風に煽られゆるゆると揺れる様子は何故か歌うようだ。
少年は家の中で互いが過ごした期間を語らう子供達に背を向け、墓標に触れる。
苔生す表面はしっとりと水分を含み、曇天が今にも降り出しそうな雨を待ち望んでいるかのようだ。
きらりと光を煌めかせる十字架にも少年は触れてそっと笑む。
一生懸命今を生きた家族の物語が、掌に転がり込んだのを確認して慈しむように両の手で包んだ。
戦地に赴いた男は怪我が原因で一人では戻れぬ障害を負っていたらしい。
女が用意した帷子に仕込まれていたお守りを片時も離さず、戦争が落ち着いた時でさえ手放さなかった。
いつか帰ると約束した男は自らの足で帰ることは出来なかったが、看取った修道院に残っていたものを旅に出ていた子供が持ち帰り、女の墓前に手向けられた。
それが、揺れる十字架。
女が母親から引き継いだお守りだった。暖かな焔だと少年は思う。
心と心を持ち帰るという意味であるのなら、たぶん確かに一度は時代によって別れた家族は帰ったのだろう。
尤も人の気持ちを理解するのは難しく、財も名声も何もない不確かなものを評価するのは難しい。
けれど遙か死と生を繰り返す地平を眺めやっていた時に確かに惹かれる光として少年の目には映った。
生まれ死にゆく命が数多存在する地平で、その焔が生み出す物語を探す少年が見つける光こそ生の物語として息づく。
何よりの証だった。
主人から授かった紫陽花を象った水色のタイピンに一度触れて、少年は空を見上げる。
きっと同じように主人が望む物語を探し、片割れの菫色の瞳をした少年人形も地平を渡っていることだろう。

生と死が巡る世界の中、生まれる前に死んで行く、生と死の狭間、朝と夜を見詰め続ける彼の人の為に。
ずっと一人境界を歩き続ける孤独な人の為に。

「……其処に物語はあるのだろうか」

少年の柔らかな声が、主人が遠く手を伸ばして渇望した炎の煌めきを慈しむように告げる。
彼の人が生まれてくるに至る物語を見つけ、また主人と片割れの人形と出会える日を思い描きながら、少年は手にした炎の残滓を大事にしまい込んで空へと駆けた。


>>Romanパロ2。紫陽花=フレン視点。

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