忍者ブログ
謂わばネタ掃き溜め保管場所
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

かちりかちり。何処からか一定に音が響く。
蹲っていた姿勢から顔をあげ男はゆったりと温い闇に目を向けた。先程から耳に届く無機質で規則正しい音は、時計の振り子の音だ。
意識が自分を認識した頃から常に聞こえ続ける音でもある。それ以外の音がない、所謂有音の沈黙の中で男は少しだけ変わった色合いの深緑の双眸を瞬かせた。
嘗ては傍らに二人の人形の姿があったのだが今はない。
対になるよう作られた少年達は背格好は同じで、容姿は非対称的だった。
紫陽花を象った朝の少年は柔らかな陽の光を溶かし込んだ金糸に水色の紫陽花色の瞳。菫を象った夜の少年は艶やかな夜闇を紡ぎ上げた黒髪に菫色の瞳をしていた。
朝と夜の狭間で地平に生きる炎を見詰めるだけの日々は、酷く昏い感情を身のうちに宿し一歩も動けぬ自分を嫌悪させる。
二人はその度、傍らにあった。何をするでもなく傍らに居てくれた。
生まれることも出来ず、死ぬことも出来ず、境界で確かに存在する自分。
生まれる前に死んでいく自分の為に、笑って、泣いて、喜んで、怒って、そうやって失くしかける感情を繋ぎ止めてくれていた二人。
最後にあの二人の声を聞いたのはいつだったか。

生のざわめきを聞く紫陽花が出掛け間際に笑っていった。
――必ず貴方の望む物語を探します。

死のやすらぎを聴く菫が出掛け間際に笑っていった。
――約束する。だから待ってろよ。

あの二人の声を久しく聞いてない。
この狭間の場所から二人を送り出したのは他でもない男自身だ。
彼が生まれて死んで行く物語を探す為、幾千の命の焔が宿る地平を少年たちは巡っている。
希望と絶望に満ちた場面を、命の遣り取りを、幾度となく見守りながら、二人は境界である男の元へ戻ると決めている。
ふ、と。
優しい声が聞こえた気がした。
のろりと視線を投げれば生まれ死に行くことが出来るものだけが通れる扉を叩く音がする。
開けることは出来ても、決して踏み越えることの出来ない扉を誰かが叩いている。叩く音は少しずつ大きさを増し、感覚も短くなっていく。
その音が増えた。一つではなく二つに。
ゆっくりと立ち上がった男が扉に手をかけたのと同時に、声が飛び込んでくる。
久しく聞いていない、それでいて聞きたいと思っていた声。

「ただいま、」
「あのな、おっさん。開けるのが遅い!」
「帰りました」

抱きつくようにしてぶつかって来たのは漆黒の絹糸の髪を持つ少年で、少し困ったように立ち尽くして帰りの挨拶を告げた金糸の紙の少年は男が投げかけた視線を受けて笑った。
抱きついてきた少年の背を軽く叩いて、身を引く。
規則正しい時計の音だけだった空間に違う音が割り入った。
それだけのことが今はこんなにも自分の感覚を鮮やかにさせることに驚く。
「お帰り、二人とも」
そう言葉を投げかければ顔を上げた黒髪の少年が笑い、金髪の少年が笑みを深くした。


その目は、朝と夜の焔を見詰める。
その存在は、生まれてくる命と死んでゆく命を垣間見る。
椅子に座り込み綺羅と光る残滓を眺めて、男は傍らに座り込む二人の少年の頭を撫でた。
送り出したときより少しだけ草臥れてしまった服や、首にかけていたリボンが無くなっていたりする事が、残滓を集めることが決して楽ではないのを物語る。
男の持ち物とされる双子人形は、男と同じ朝と夜の狭間に属し、男とは違い地平を巡ることが出来た。
自分が動けぬ代わり、短く長く、暗闇が覆う、それでいて闇が空ける地平を巡りながら、集められた物語。
全ては一人の為。
全ては彼らの主人の為。
「……フレン、ユーリ」
両側に座った二人の名前を呼んで男は笑う。
丁度集められた最後の焔の残滓が弾けて、甲高く、相反するようだが繊細な音を立てたところだった。
「お疲れ様」
「……おっさん?」
男が右手に触れていた少年人形が不思議そうに首を傾げる。
向かい側で金髪の少年もまた同じように不思議そうな表情を浮かべた。
「朝と夜、生と死、光と闇………」
様々な相反するものが、丁度男の存在するこの場所では拮抗し均整の取れた状態となる。
生きているのに死んでいる。死んでいるのに生きている。生まれているのに死んでいて、死んでいるのに生まれていない。
曖昧な明瞭な、世界の裏表の属性がどちらにも傾かざる場所。
凍てついた季節の秤が男の手に掛かるのならば、芽吹くも枯れ往くも男の掌握するものでなければならないはずだが、男は黙し見詰める事しか出来なかった。
それは曖昧な均整を保つ象徴であったから。
彼は二つを見据えられるくせに、干渉する事が許されてはいなかった。
「様々、見てきたけれど。お前さんたちが、見つけてくれたけれど」
椅子から立ち上がった男が続いて立ち上がった少年達を振り返る。
上着の内側から菫色のリボンを取り出し、漆黒の髪の少年の首元で結んでやる。
「どうやら抜けられそうだ」
言葉の意味をどう捉えたのか。
目を丸くした少年達が互いに視線を交わらせ、幾度か瞬きを繰り返す。確認行為なのだと知れたことに男は小さく笑いを零した。

「よく、見つけたね。偉いよ、お前さんたちは」

決して傾いてはならぬ冬の天秤は、必ずこの場所に在らねばならない筈だけれど。
少なくとも男は今、絶対に踏み越えられなかった筈の扉の向こう、焔が点在し必死で輝き続ける地平へ歩いていける。
「ムッシュー」
金髪の少年が笑う。
「おっさん」
黒髪の少年も笑う。


「いってらっしゃい」

そして、二人の声が重なった。
男が扉に手を空け一歩を踏み出す。全ての命が生きる地平へ。
手を振りながら男の為であった双子人形はゆっくりと扉の向こうへ消えていく背中を見送った。扉が遮って彼の姿が見えなくなるまで。
互いの右手と左手を繋ぎ合い二人は閉じた扉を見詰める。
狭間の場所に冬の天秤は在り続ける。すぐに彼ではない天秤が現れる。その傍らには少年達と同じように双子の人形の姿があるはずだ。
二人は顔を見合わせて、どちらともなく笑った。
ことりと糸が切れるようにその場に頽れ、澄んだ紫陽花と菫の瞳はゆったりと閉じられた。
最後に二人が紡いだ言葉は――。

 


                ――其処に物語はあるのだろうか。



>>Romanパロラスト。冬の天秤=レイヴン。こんな双子人形良いのに。

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
08 2024/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
プロフィール
HN:
くまがい
HP:
性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
忍者ブログ [PR]