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幼馴染みの親友には変な癖がある。
今日もまた漆黒の長い髪を揺らして、屋上に上がっていく彼を引き留める為の言葉を持ち得ず背中を見送った。
転がっていく。勢いは良い。だから怪我をする。結果が分かっている。
怪我をしてしまうからその先には行けない。いつも失敗しては「駄目だなぁ」と一言言って、戻っていく。
非生産的すぎる行為だよ、と窘めた。それを幼馴染みは聞こうともしない。
自傷行為でしかないじゃないかと責めても、幼馴染みは笑って肯定とも否定とも付かぬ相槌を打つ。今日もまた繰り返した。

「もう良いかい」

そろそろ気が済んでも良い頃じゃないのか。
勉強は出来ないけれど頭は悪くない幼馴染みは、床に転がり込んだままで小さく笑った。
盛大に壁にぶつけた身体が軋んだのか、僅かに眉根を寄せて、けれど笑う。

「まだ」

ひと言。それで続行を告げる幼馴染は起き上がるのが面倒なのか、漆黒の髪を床に散らばしたままでころりと身を返す。
仰向けで見上げた空の色に目を細めた幼馴染がぽつりと呼ぶ名前に答えはしなかった。
本当に意味も無い。どうやっても意味も無い。そう思う自分の方が薄情な程、幼馴染みは繰り返す行為に酷く固執する。
何も意味はないよね、と確認するにも真っ直ぐに見つめてきた瞳が変に歪んで細められて、馬鹿の一言で片付けられたので結局分からないまま。
だらしなく見える着こなしをする制服に相まって、すっと伸びた背中を無言で見送る。

「ねぇ。ユーリ」
「なんだよ」
「僕は随分と前に君に酷いことでもしただろうか」

心から疑問に思ったことを口に出したのに幼馴染みは目を丸くして、そして盛大に吹き出した。
腹を抱えて笑い、黙って見下ろす自分に気付いたのか何とか笑いを堪えて首を傾げる。その瞬間見えた痣は一昨日ぶつかって出来たものだ。
白い肌には青痣も傷も目立つ。ふいに手を伸ばした自分から身を引いて、幼馴染みは言う。

「何も問題はない」

酷い話だ。
それは問いに対して肯定ということじゃないか。


**

何か不満があるというわけではなく、ユーリ・ローウェルという人間は少し人の輪から離れていた。
人付き合いが苦手なわけでなく、特段何かが特別な程抜きん出ているわけでもなく、少しだけ人の輪の中に感じる全員が一緒で安心するという感覚に共感出来ない。
別に個体同士なのだから、全てが一緒の方が気持ち悪い。
そう結論付けていた。
不思議と出来上がる溝と越えられないものに何も感じなかったわけではないが、手を伸ばそうとして結局何を掴みたいのか分からない。
ふと存在意義を埋もれさせてしまいそうになった時、不意に階段から足を滑らせた。
本能的に恐怖を感じる浮遊感と反転する視界と色んなものが綯い交ぜになって、それでも運良く無傷で地面に転がった時、これかもしれないと思ったのは仕方がない。
抑も、何故という質問自体無意味なのである。
幼馴染みであり親友は、ユーリが日々何かを掴む為に転がる行為を責めたが、たぶんこれは分からないのだろうなと思った。
だって幼馴染みは人の輪の中心にいて、けれどそれでも誰かと一緒だと安堵して自分の意見を埋もれさせる質の人間ではなく、常にその中でも自己を持ち続けることの出来る人間だ。
良く知っているからこそ、遠い。
人の輪の中心にいる彼と、人の輪から少し離れた自分。
僅かに見えない線引きを越えることは難しく、見えない分途方に暮れる。
隣にいるようで、隣を歩いているようで、距離は差分にある。

「今日も転がろうと思います」

だから埋められる術を探す為、どこか視点が切り替わる目まぐるしい感覚に、その後襲う痛みに、それら全部の先に、ユーリは何か見つけられる気がした。
宣言する手を誰が止められるだろうか。
真っ直ぐに伸びた手を誰も止められない。
一々人の輪から離れた奇異な人間を引き留めるもの好きも居るわけがない。
もしかすればユーリの通りの良い声が告げた宣言など誰も気に留めていないのかも知れなかった。
構わず屋上に駆け上がる。天気の良い日であれば反転する世界も心地良いというものだ。時折視界の端に入る自分の髪さえ、悪くはない。
それでも結局重力が掛かる分、転がることに終着は存在する。
受け身をとるのに失敗し強かに打ち付けた腕が痛くて、少しだけ引っかけたらしい新しい傷は制服のシャツを汚した。

「ねぇ。ユーリ」

別に死にたがっての行動ではない。丁寧に傷の手当てをして立ち上がった先で幼馴染みが問う。

「なんだよ」
「僕は随分と前に君に酷いことでもしただろうか」

純粋な疑問にユーリは笑った。
どこまで聡くてどこまで鈍いのだろうと、笑ってしまった。そして自分の感情の向かう先がどうしようもなくて、泣くのを我慢した分を笑うしかなかった。
きっと気付いてない。今も気付いていない。まさかユーリが幼馴染みに恋愛感情を抱いているなんて。
証拠に幼馴染みの顔はユーリに対しての疑問符だけが浮かんだまま、静かに何も言わず見下ろしてくるだけだ。
長すぎる沈黙は流石に居心地が悪いので笑うのを止めて、幼馴染みの空の色にも海の色にも似た瞳を見返す。
緩慢に伸びてきた手が自身に触れてしまう前にユーリは身を引いた。酷い仕打ちだ、と、理解してしまった感情全てを切ってしまうように言う。

「何も問題はない」

聡いのを知っているから、言葉の意味に含まれる肯定と悪意を間違えず受け取るのを知って意地悪を言った。
だって、お前は悪くて、悪くない。


**

「それじゃ、もう気は済んだかい?」
「もう少し。……あと少し」

何かが見える、とユーリが言う。何も見えない、と思うフレンが居る。
そしてまた階段を駆け上って転がってしまいそうな、軽やかな足取りのユーリの腕をフレンは捕まえた。
日に日に傷が増える幼馴染みの姿に、それでも決して歪まず立ち止まらない姿に、何とも言えない感情を抱いたのは本当は随分と前なのだろう。
初めて惜しみなく伸ばした腕で、よもやそんな行動を頭に入れていなかったユーリが呆気にとられ、それでも抵抗した隙に反動を利用して腕に収めてしまおうと思った。
息が止まりそうだ、と何処かで思う。
息を呑んだユーリもまた過去のいつかに酷くもどかしいこの感覚を味わったろうか。

「馬鹿、……はな」
「もう良いよ。分かったんだ」

掴んだ手首に巻かれた包帯に滲む赤が見えないわけもない。
自分を蔑ろにする意味も自傷も意味がないことをよく知るユーリが、何で、こんなこと、息が止まりそうだと、思う。
同じ身長の彼はフレンより体格的に細いらしい。隣を歩いていたのにそんなことにさえ気付けていなかった。
抱き締めてしまえば全身に負った傷に響くのか、僅かに肩が揺れる。

「もう良いよ、ユーリ」

何がと聞く声も何もかも震えた。
ああ、こんなに息が止まりそうな思いをいつからしたのだろう、この幼馴染みは。
背中に回ったフレンの腕を、肩を押しつけられ遮られた呼吸を、苦しいと思う暇もなく、ユーリは名前を呼んだ。
何度か、弱く名を呼んだ。
人の輪に入れない少しの疎外感と、幼馴染みの親友に抱く感情の後ろめたさを、日常を送る間に間違い探しのように否定した。
何よりも拒絶が嫌で、それでも友として見捨てはしないだろうフレンを知っていたから。
もう本当息を止めてしまうような感覚の中で、反転する視界の中で、屹度その先に解決の糸が落ちている気がした。

「そろそろ疲れたろう、ね?」
「何、」

僕も君と一緒で息が止まりそうだ。
呟かれた言葉が何を指すのかなど明白すぎて、ユーリの瞳から涙が零れた。ああ、転がったのは結局の所、――足掻いたのは。

「……それじゃ、息を止めよう。今」

苦しい片恋とかいうやつの息の根を。



>>ローリンガールパロ、フレユリ。
   私の中ではこれでもかってくらい、恋してるんじゃないかな。

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そんなところです。

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