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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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「……”イカレ帽子屋”、私はお前との契約を望む」
捕まえた指先は違えない冷たさで、敢えて呼んだ名前に一瞬体を強張らせた相手に全てを分からせるように言葉を紡いだ。
例え人間ではない存在になったとしても、お前がお前であるならば何も変わっていないじゃないか、と伝えたかった。
「な、」
背中に迫る言い知れぬ気配は捨て置いて、振り解かれそうになる手に力を込める。
真紅の瞳に一瞬で感情が戻った。ああ、これは多分久しぶりに叱られるのだろう。
「どこ、……に。チェインに持ちかけられる前に契約を望む馬鹿がいますか…!」
声を上げたのと同時、杖をくるりと半回転させた自由になる利き腕ではない手が自分の脇をすり抜けて背後の闇を突く。
音も無く崩れる深淵の残滓が降りかかるのを気に留めず、窺うように向けられた視線に首を傾げる。
「それじゃあ、何て言えば良い?」
「はい?」
「お前が契約に応じないなら、私は欲しいものを手に入れるために違うものと契約するかもしれない」
余り良い言葉ではないと内心思ったけれど構ってる暇はなかった。予想通り眉に皺を寄せてしまった相手を見てもう一度笑う。
嘘ではない。この覚悟に偽りは無い。
片手を使えない不自由さを感じさせず背後に迫っていたチェインを一振りで凪いだ相手が微かに握っていた手を握り返した。
「……分かりました」
深淵ではなくこちら側で契約も為さず力を使うのには酷く制限が掛かる筈なのに、とんと地面を掠める程度に杖の先端を触れさせて力は行使される。背後にあった気配が消えていく中で、長い前髪に隠れていた失った筈の瞳が自分を捉えた。
「ただし合法にしてくださいヨ。でなかったら私の寝覚めが悪くなっちゃいます」

――どこにチェインにとって得の無い合法契約を提示してくるチェインがいるというのか。

先ほど投げつけられた言葉をそのままこれで返してやろうかと思いながらも、彼がふと笑ったので言葉は飲み込んだ。


   ...其れは廻って知る、こと


何とも人騒がせにも程がある。そうは思わないか。というか汝に言っておるのじゃ。聞いてるか? まだあちらには顔も出しておらんのじゃろう? 心配していたのだから出して来い。
部屋を訪れたバルマ公の言葉を一通り聞き流してブレイクはやれやれと肩を竦めた。騒がしく部屋に来たと思ったら自分を捕まえて捲くし立てるように一気に言葉を吐き出すので、言葉を挟む余地も無い。
肩を掴まれ揺さぶるように言われてしまった故に少しだけ乱れてしまった制服の襟元を直しながら、曖昧に相槌を打つ。
「あのですネ、私は何も顔を出さないと言ってないデスヨ」
「ほう? しかし行く気は無いと見えるが?」
間髪入れず返って来た言葉は案外鋭い。本当面倒臭いと内心思いながらブレイクは何とか距離を取ろうと試みる。
逃がすまいと思っているのか全く隙を見せない公爵に、実力行使をしたら後々厄介なことになりそうだと諦めて溜息を吐いた。
「帽子屋、往生際が悪いぞ」
こんな時に限って何だかんだと公爵を宥める事が出来るレイムがいないのを恨めしく思いながら、ブレイクは自分よりも目線が高くなってしまったバルマ公を見た。
どうにも駄々を捏ねる知識欲の塊の印象が強いが、歳を重ねているだけあって分別は持ち合わせているらしい。
正論過ぎて言い返す言葉も無いのだ。
「会いに行きますよ、ちゃんとね」
言いたいことは分かっていると言外に滲ませたブレイクは、それでもバルマ公の言葉の意図する行動を未だに取れてはいない。
迷惑も心配も酷く掛けてしまったのに、全く違う存在でありながら”ザークシーズ=ブレイク”として戻ってきた”イカレ帽子屋”は瞳を伏せて一度首を振った。
一度アヴィスに堕ちた身体には深淵の闇が深く染み込んでしまっていて、二度目の契約と称したアヴィスへの繋がりは否応無しにブレイクの身体に負担を掛けた。加えて契約をしたチェインは望んで深淵の主から手渡されたものであり、いつかはこの代償として深淵にいかねばならないと分かっていたのだ。
そしてその時には自分は人ではなくなるという覚悟もあった。
「そうか」
するりと肩から手を離したバルマ公がふと思い出したように宙を仰ぐ。
呆気なく解放された事に首を傾げて言葉を待つと、意地の悪い笑みを浮かべた公爵が口を開いた。
「ならば半刻もすれば、皆来るであろうから会うのだな」
さらりと。何でもないことのように言ってのけた後、踵を返して部屋を去ろうとする背中にブレイクは声を掛けられない。
どうにも弱みを見せたくはなく、であるのに酷く読まれてしまったことが悔しい。
「あの、アホ毛……。性質が悪い」
吐き捨てて、結局人であって二度目の契約を交わしたチェインと存在が同化してしまったブレイクは空いていたソファに腰掛けた。
”消滅”の力を有するチェインはブレイクが契約を交わした時には自我も言葉も存在せず、深淵の核である少女が言うには存在が不確定であったという。
人形なり猫なり、意志無きものに意志を与える空間の中で、全くの意志を持たなかったチェインが生まれたのは、本来それになる筈だった存在が為り得る前にアヴィスを脱してしまったが故だった。
二度目の契約でブレイクが”イカレ帽子屋”と契約を交わせたのは必然であり、彼以外が存在の不確定な”イカレ帽子屋”と契約は交わせなかったのである。つまり契約が成立したのは、深淵とこちらの世界で存在が一致したことに因る。
ブレイクがもう一度アヴィスに戻ることで完全なチェインとなった”イカレ帽子屋”は生まれ方も変わっていれば、存在としても稀だ。確立された自我と人の姿で行動出来る能力、何よりチェインとなる前の人としての記憶と人格が残っている。
だからブレイクは違えず”ザークシーズ=ブレイク”でありながら”イカレ帽子屋”なのだ。
大体仮説は立っていた、と現状を説明したブレイクに返したバルマ公は、故に彼が身を寄せていた、関わってきた人間達に顔を合わせろと言った。ブレイクが消息を断ったことで精神的に参ってしまったレイムに一番非があると言いながらも、戻ってきたのならケジメはつけろと言いたげな態度は尤もな事だ。
分かっている。会って話をしないといけないのだけど、今更どう顔を合わせれば良いのか分からない。
「……ザクス?」
ふと考えに耽っていたブレイクに声が掛かる。相変わらずの大量の書類を抱えて戻ってきたレイムが、両腕が塞がっているのに器用に扉を開けたところだった。
閉まりそうになる扉を押さえて手伝うと、よりにも寄って「ルーファス様を知らないか?」と問う。
「ああ、あのアホ毛公爵ならさっきまで此処にいましたヨ」
「一足遅かったか。今日はこれから会議に出て頂かなくてはならないのに」
「おや? そうだったんですか」
「付き人が泣き付いてきたんで、見つけたら言っておく……と、ザクス」
抱えていた書類を机に置き、言葉途中で切ったレイムが首を傾げた。
「どうかしたのか」
気遣うように伸びてきた手が測るよう額に宛がわれる。
「いいえ。ちょっとね」
「ルーファス様に何か言われたか?」
「……そうですネェ。怒られてしまいましたヨ」
肩を竦めてブレイクがそう言えば、問いかけたレイムの方が目を丸くして困ったような表情を見せた。
何を言われたのか大体当たりがついているらしい。額に触れたままの手を軽く払って、自分も相手も困ったものだとブレイクは内心呟いた。
「そろそろ逃げてばかりじゃいけませんね」
「ザクス」
「平気ですよ、レイムさん」
そう言えば、手持ち無沙汰な様子の払われた手がブレイクの利き手を掴む。
「大丈夫だ。……いつも通りに全員騙す勢いでいたら良いんだ」
結局お前はお前でしかない、と言外に含まれた言葉にブレイクが目を丸くする。
だというのに掛けられた言葉はフォローなのか微妙な響きを持っていて、思わず笑ってしまう。一体どこの性悪だというのだ、と思いながら言葉外に含まれた意味を尤もだと思うのだ。
本当に嫌になるくらいに本質を見抜き切っているレイムには敵わないと肩を竦めてブレイクが呟く。
「そうですねぇ、苛められたら慰めてくださいネ」
茶化して言った言葉に満面の笑みを浮かべたレイムが「勿論」と答えた。



***


合わせる顔も、どう接するべきかと考えたのも。全て無しにして訪れた客人にぺこりと頭を下げて見せれば、全員が駆け寄って抱きついてきた。思わず体勢を崩しかけるのを堪えて苦笑する。
幼い頃から共に過ごしてきた少女の姿をした女性は涙を堪えて「後で覚えてなさい」と怖いことを言うし、少年は完璧な笑顔を貼り付けて「おかえり」と言って寄越すし、少しだけ不器用に笑った青年は小さく「良かった」とだけ呟いたのだけど。
変わらない接し方にとりあえず困ったなと思う。
「……変に思わないんですネェ」
「何で? ブレイクが変わってるなんて、今に始まった事じゃないよ」
思わず零した呟きに対してオズが間髪入れず返した言葉に同意するよう、ぎゅっと抱きついて涙を浮かべていた少女も従者である青年も頷いた。
「嫌ですね、困りましたよ」
「わぁ。ブレイクに困られるの好きだよ、オレ」
肩を竦めれば笑顔を返す少年の言葉には毒が含まれていたが、決して冷たさは含まれていない。
そっと未だに抱きついている少女の頭を一度撫でるとブレイクは笑った。
「ごめんなさい、皆さん」
その言葉に顔を上げたシャロンが「違います」と返す。続きを待つと、オズがシャロンの言葉を引き継ぐように応えた。
「どうせならありがとうが良いよ、ブレイク」
さらりと自然に言われた言葉に目を丸くしたブレイクが、すっと瞳を伏せる。
当たり前だが当たり前でもない事だと思う。現状でどれほどいれるのかは知らないけれど、確かに謝罪より感謝の言葉が相応しいのだろう。
とりあえず今は、自分の存在が何であるのか知ってもなお変わらず受け入れる存在全てに。

「はい。ありがとうございます」

きっと礼を言わなければならないのだ。まだ繋がるものがある故に。




>>もしも設定。8話目。これで一応幕引き^^
   レイムは開き直ったら強い気がしている私。

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サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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