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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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――ねぇ、どうして? 求められたのに応えなかったの?
純粋な少女の声が側で聞こえて、どうにも伏せていた目を眠っていた意識を引き戻さなくてはならなかった。
色彩は滅茶苦茶で綺麗な蒼をしていたかと思えば次の瞬間には血で染めたような赤に変わる、そんな空間で色を持たない少女が笑う。
「ね、どうして?」
空間は捻れ到底生身の人間が長く存在出来るものではないと感じる。そう、最初に来た時に身を持ってして実証した事だ。
ぼんやりと焦点の合わない視界の中、ふわりと近づいた純白がそっと髪を撫でた。
「ケビン? ちゃんと起きてる?」
そして問う。起きてはいる、と返したいのにどうにも体が余り言う事を聞かないのだ。視界もまだ定まらず上手く像が結べないまま、暈けた中で少女が首を傾げたのだけは分かった。そっと髪を梳く手が肩から零れ落ちる一房にも触れて笑う。
「もう起きる時間よ、ケビン」
くすくすと笑みを象る唇が近づいてそっと触れた。瞬間、あんなにも暈けていた視界が鮮明さを持って実像を結び、少女の笑顔が眼前に浮かび上がる。
「……アリス」
掠れた声で名を呼べば少女は満足げに目を細めて髪から手を離した。そしてくるりと裾を翻し踊るように回って、もう一度問いかける。
「ねぇ、どうして応えなかったの? ケビン」
「したくないことはしなくていいと、言ったのは貴女でしょう?」
「そうだったかしら? でも本当にしたくないのかしら? ケビンは嘘が下手ね」
にこりと笑う少女の言葉はあどけなく、それ故に酷く鋭利な刃物のように心を突く。
まだ慣れない感覚に内心嫌気を覚えながら立ち上がると足元がふらついて、結局は今まで凭れ掛かっていたソファにもう一度座り込む羽目になった。
「ああ、まだ慣れてないんだから無理はしないで?」
その様子に少女の声が返る。軽い足取りでもう一度近づいた彼女が目の前で手を振った。
「でも、無茶よね。まだ慣れてもないのに契約も無しであっちで力を使ってくるなんて」
貴方馬鹿なの? と付け足した少女に笑う。
「そうかもしれないですね」
「そんなにあの人が大事? ねぇ?」
問う声は酷く純粋に聞こえて首を傾げれば、少女もつられるようにして首を傾げた。
「分からないわ」
ぽつりと呟いた声は真実なのだろう。本当に理解し難いというように眉を顰めた少女が彼に聞こえないように呟いた言葉を反芻する。

――なら何故、”忘れてください”なんて言ったの?

そんなの簡単だ。忘れてくれたら悲しまないのだから、忘れてしまったらもう追いかけて苦しむ事もないのだから、そんな姿を何よりも見たくないから祈るように呟いてしまったのだ。
彼には聞かれないように、本当なら誰にも聞かせないように。


   ...心を占める残響


アヴィスは深淵に沈む全てを飲み込む闇、とは実際の所いかなかった。
捻れ歪み色々なものを内包し全てが定まらない中、その深い底で純白を纏った少女が存在している。彼女こそがアヴィスを形成する核であり、アヴィスで生きるチェインにとっての絶対であった。
部屋の中、腕で抱えられる限界の大きなうさぎの縫い包みを抱きかかえた彼女が鈴の音に顔を上げた。
部屋の入り口に現れた黒い闇に笑って手招きをする。
「いらっしゃい、チェシャ」
その言葉に鈴を鳴らして入って来た、人の姿を取る、元は猫であったというチェインはソファに大人しく座る存在を一瞥した。
一度それには酷い目に合わされている、と決して近寄らない様子に少女が首を傾げる。
「そんなに怖がらなくても良いのよ? 彼には貴方を苛めない様にちゃんと言ってあるわ」
「アリス、でも」
「大丈夫よ。ねぇ、ケビン?」
促すように名前を呼ばれてしまえば何かしら答えを返すしかなく、ゆるりと視線を上げた先で少女の視線が絡みつく。
「……ええ」
それだけを答えてまた瞳を伏せてしまった様子にチェシャが首を傾げた。
「なんだ? まだ動けないのか?」
「違うのよ、チェシャ。やっと動けるようになったのに馬鹿だから、あっちで契約も無しに力を使ってきたの」
「……何で」
「大好きな人の為に、なのよ。可愛いわね」
さらりとした少女の言葉に猫は分からないと首を振り、ゆっくりとソファに座る彼に近づいた。
丈の長い上着を着込み、帽子を斜めに被ってソファに凭れる彼の癖の無い銀糸がふわりと揺れて、同じ色の瞳が開かれてチェシャを見る。
途端歩みを止めた猫に彼は小さく笑った。
「ちょっと、苛めないでと言ったでしょう?」
少しだけ嗜める声に肩を竦めて彼は言う。
「苛めてなんていませんヨ? 一方的に怯えてるだけです」
しれっと言い切った存在にチェシャは何とも言えない感情を覚える。
容赦なく痛めつけられ、大切に守っていたものを彼に奪われた感覚はまだ新しい。それを忘れてしまったような物言いはチェシャにとって癪でしかなかった。爪の長い腕を音も無く振り上げたチェシャがソファに座る彼に振り下ろすのを少女は止めない。
チェシャの爪先が床を抉って初めて気付いたというように笑んで椅子に座り込み、たった一動作でチェシャの爪を避けた存在と尚も腕を振り上げる猫を見詰める。
「”イカレ帽子屋”、チェシャはまだ許してない」
「……そうですか。案外ネチっこい性格なんですネェ」
くすくすと口元に手を当てて笑う彼が今にも落ちそうな帽子を片手で被り直した。
振り上げられたチェシャの腕が力任せに下ろされるのを何の感情も浮かばない瞳で見据えて、いつの間にか手に持っていた杖で退けようとする。
「ケビン。チェシャを消しては駄目よ」
ふっと、少女がそれだけを告げる。心得ているというように杖はただチェシャの攻撃を受けただけで、彼は何もしない。
くるりと距離を取るというよりは戯れるように軽い足取りで距離を取った彼が、ギリギリと怒りの感情で歯を食いしばる猫を見た。
片方ずつの同じ色の瞳が互いの姿を映す。
「……もう困ったわね」
テーブルに頬杖をついて少女が溜息を盛大に吐き出した。その様子に猫がびくりと体を震えさせ、反対に彼は動じないまま構えていた杖を下ろしてしまう。
少しだけ怯えの色を滲ませた猫と無言で従った帽子屋に少女が満足そうに笑う。
「そうそう、仲良くしましょう? ケビンはもうこちらのものなんだから」
お茶の時間よ、と少女の口が歌うように紡ぐと部屋の柱時計が軽やかな音で狂った時間を告げた。



***


ソファに凭れてまた眠りに付いてしまった存在を見ながらチェシャは部屋の主である少女に問いかける。
「アリス、何でこいつを残したんだ?」
それは真っ当な質問だっただろう。違法契約によって最後深淵に引きずり込まれる人間は使い物にならないか、或いは新しくチェインとしてアヴィスで生きる存在になる。どちらにせよ人間としての自我が残る事はない。
しかし今ソファで静かに休む存在は人間の頃と変わらなかった。違うのは存在を意味付ける定義だけ。
彼は彼としての、人として生きた記憶を持ち、自我を持ち、アヴィスの意志である少女の意思をある程度受け付けない。
それが許されていたのはチェインの中でもチェシャともう一人、”血染めの黒うさぎ”だけだった筈だ。独立し、人を食べる、その欲求を持たない特別なチェイン。
しかし今そこにいる彼には、それが与えられた。
「あら……、妬いてくれるの? チェシャ」
にこりと笑う少女が猫の頭を撫でる。
「簡単よ。ケビンを気に入ったから残したの」
「気に入った…?」
嘗て彼が人として此処に落ちてきた時の目的は自分の失った目の代りに彼の目を与える為ではなかったか。
その時は確かに少女にとって彼は数多の違法契約者と同じ存在だった筈だ。
「そうよ。だって、ケビンだけがあの状態でも最初に願った思いを忘れてなかった。愚かで可哀想だけど、それは凄く綺麗だと思ったの。それにね」
細い繊細な指を一つ立てて、秘密を教え込むように少女が言う。
「……初めてだったのよ」
何を? と猫は思う。黙って先を促せば少女は瞳を伏せて「ほら、聞こえるわね」と見当違いの言葉を落とした。
倣って耳を澄ませたチェシャが、繰り返し繰り返し誰かを呼ぶ声を拾う。それは悲しい響きを持って、しかし深淵の横たわる明けない闇に吸い込まれていく。微かに響く音。
「私の名前を知らなかったのに、名前を呼んでくれたでしょう?」
他愛も無い、と一蹴するには少女の言葉には酷く不釣合いな重さがあった。
それは時間さえ狂ってしまった中、永劫とも呼べる中で、少女にとって繰り返される日常の非日常の中で、唯一となったに違いない。
故に彼は人間のまま彼女の願いを聞き、チェインとしては異例の”消滅”の力を与えられた。少女にとって唯一思い通りにならない”黒うさぎ”と同様の力を少女自身が与え、そして彼の存在は人でありながらチェインと重なったのだ。
「それでチェインになったのに、あいつはあいつのままなんだな」
「そうよ」
人としての理性を持ったまま違うものとして生きる事がどれ程残酷かなど、少女の知ったことではない。
ただ少女は堕ちてきた一人の青年が名を呼んだ時に、アヴィスで初めて名を教え呼ばれたのだと理解したのだ。呼ぶ声が鼓膜を打って心に酷く響いた。
性別にしては華奢な容姿も、自分よりは銀を混ぜたような白銀の長い髪も、その赤い瞳も、存在の全てを失くすには惜しいと思ってしまった。
だから半分以上アヴィスの力に浸かってしまった彼に願いと”消滅”という異例の力を持ったチェインを渡し、時が経てば戻るよう、タイムリミットを刻む刻印は回り切っていたのに彼の時計の針を止めなかった。
眠る彼が此処に戻ってきたのは必然。
再び闇の底に沈んだ時、彼は何となく全てを理解していたのか諦めたように綺麗に笑ったので、それにも少女は満足した。
「とにかく、”イカレ帽子屋”はもうケビンなの。仲良くして頂戴ね」
意思を持たなかった”消滅”のチェインは、指で数えるまでもない存在自体が稀な特別なチェインへと変わっている。
少女の可愛らしいお願いの仕方に猫は黙って頷いた。



>>もしも設定4話目。
   ぶっちゃけると、どこまでなの…^q^? の感じ(笑)

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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