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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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――呼ばないで下さい。どうか、そうやって私を呼ばないで。
小さく上げた声に自身で驚いて飛び起きた。そうすればきっともう声は聞こえないと思っていたのに、色を混ぜすぎて黒になりきれなかったような闇の中、声だけは確かに聞こえて止まないのだ。
「……馬鹿レイムさん」
小さく呟く。そうやって何時まで経っても名を呼ぶのは、歳の離れた、全てを失った後に出会った友人だった。


   ...擦り抜ける影


今日何度目かの溜息を廊下で吐いて、オズはパンドラ内部の最近通い慣れた部屋へと向かう。
自分の従者は置いたとしても、余りお小言のような内容を自分より年上の相手には言いたくないものだ。しかし状況としてそうも言ってられない。心底相手を気遣う調子でお願いしますと言って来たシャロンの為にもオズは言わねばならなかった。
目的の部屋まで来てオズは一呼吸置くと扉をノックする。直ぐに「どうぞ」と落ち着いた声が聞こえて、入室を促した。
「こんにちは、レイムさん」
机の上に置かれた書類を片付けていた相手が深く頭を下げる。畏まるのは良いと前にも伝えたのだが、彼の性分なのか結局深々と為される会釈が変わることはない。
後ろ手で扉を閉めてオズは笑みを作った。
「調子はどう?」
「はい。皆様のおかげもあって元気です」
「そう、良かった」
半月前、レイムは違法契約者のチェインに襲われ怪我を負ったが、幸い怪我は大したことが無く今では生活に支障は無いようだ。
相変わらず大量の書類を片付けるレイムには感心するが何も無理はしなくても良いように思う。
無理はしていないとレイムは言うだろうが、主始め彼を良く知る人間達は揃ってそんな様子を危惧しているのだ。
毎日というわけではないが定期的に部屋に訪れるオズが、「お構いなく」と言い続けた成果もあってかレイムは会釈をしただけでまた机に向かった。さらさらとペンの走る音だけが聞こえてくる。
「……レイムさん、あのね」
「はい」
空いているソファに腰掛けて声を掛ければ、間を置かず返ってきた声に思わずオズが視線を上げた。
その先で穏やかに笑うレイムがいる。少しずつだが彼もまた失ったということを前向きに肯定していると思いたかったけれど、オズは緩やかに首を振った。
「見えなくなったものを追いかけるのは止めて」
深淵に引きずり込まれてしまう。深く強く求める声は深遠に住む異形を引き寄せてしまう。
レイムを彼から紹介された時、彼はレイムを”友人”だと言った。信頼に足る人間だと言い、彼は常に掴みどころが無く誰にも寄りかからなかったというのにレイムにだけは容易く体を預けた。それを見ても、彼にとっても、レイムにとっても互いが”友人”という枠にはまらない大切な存在であったのは理解出来る。
だからこそ彼が、ザークシーズ=ブレイクがもうこの世界にはいないのだと納得出来ないのは痛いほど分かった。
オズだって一欠片の希望があるなら生きていて欲しいと願う。今だって生きているならと思うけれど、現実を受けきれず過去に囚われれば深い闇からの誘惑があることをよく知っているのだ。
ブレイクが消息不明となってからのレイムの行動に何かしら異常があるとは言えない。
ただ時折視線を彷徨わせる先、何も無いはずの場所で彼はぼんやりと意識も彷徨わせ、その度に深淵から彼を誘おうとする存在の気配を僅かながらに感じるのだ。
チェインは現実世界に契約無しでは、ほぼ干渉する事が出来ない。
人と契約を結び始めて本来の力を使うことが出来る。だからこそ過去を変えたいか、望むものはあるか、と人の弱みに付け込む甘美な囁きで彼らは契約を持ちかけるのだ。その手法をレイムだって良く知っている。
でも一歩間違えば、今のレイムは甘美な言葉の誘惑に負けてしまいそうな危うさを孕んでいた。
「……あいつと、ザークシーズと同じ事を言うんですね」
ぽつりと漏らされた言葉にオズはレイムを見詰めた。淀み無く動いていた筈のペンが止まっている。
「ブレイクと?」
意外な名前が出たことにオズは聞き返してしまった。
大体いつレイムとブレイクがそのような会話をするに至ったというのか。
「はい。……随分と前ですが、そんなことを言われた事があります。――”自分は貴方よりもずっと年上だから、貴方よりも先にいなくなる。だから、いなくなってしまったとしても、捜したり、手を伸ばしたり、……追いかけてもいけない”」
それがいつの事だったのかはオズには分からない。
しかし自分がいなくなった後、彼がこうなってしまうかもしれないとブレイクは予想していたのだろうか。
オズが先ほどレイムにいった言葉と嘗てブレイクがレイムに渡した言葉は同じ意味を持っていた。
「レイムさ、」
「分かってはいるんです」
穏やかに、あくまで声音は変わらず淡々とそうとだけ言った。感情が浮かばないその言葉にオズが眉を顰める。
「理性では、理屈では、ちゃんと理解出来る。あいつがそういった意味も分かってるつもりです。……けど、気付くといないのが不思議で、分からなくなってしまう」
それは彼がいなくなってからレイムが吐き出した初めての本心だった。
いなくなってしまったのだ、と。彼はもう戻ってはこないのだと頭ではちゃんと分かっているのだ。情報として頭の中では整理がついている。ただ反対に感情は追いつかず心の中での整理がつかない。
目が覚めて普通に過ごしていたらひょっこりと表れて、いつものように名前を呼ぶのだろうと記憶の残像がちらつくのだ。
全くもって情けなく未練がましい、と思うのに止まらない。
そっと手を組み額を押し付けて黙ったレイムの肩に手が乗った。
「……大丈夫。少しずつで良いと思う、レイムさん」
オズが笑う。
「そういうのは少しずつで良いんだ。……ただ、誘う声には乗らないで」
――取り戻したいか、と囁いてくる闇の誘惑には決して応じないで。
静かながらも必死さを含んだオズの言葉にレイムは頷いた。



***


呼ぶ声には抗えない、と深淵の主は言う。真白さを纏った純白は歌うように一つの事実を告げると、優しく笑い許しを与えたのだ。
――いいのよ、時折戻ってきてくれるなら。貴方はあっちにいても構わないわ。
それはアヴィスの核となる少女にとっては気紛れのようであり、手に入ったばかりの彼があちらにいるのが当たり前になっていた感覚からなのかも知れない。しかし言われた本人からすれば要らないお世話だった。
出来れば声には応じたくない。出来れば、その手を取りたくはないのだ。
全てを己が過ちで失って絶望の中にいた自分に温かさをくれた存在を、よりにもよって自分がこの闇に堕とすような真似は出来ない。
「……駄目です、呼んではいけないんです。レイムさん」
ずっと止まず聞こえる声に耳を塞いで蹲る。それでも声は途切れずふるりと頭を振った。振り払う事は到底出来ぬ呼び声に応じてしまえと、どこか自分の本能が言うのを何とか抑え込む。
自我も理性も前のまま残っているというのに、その本能から来る衝動だけは身に覚えが無く新しくて、自分は完全に人という存在から離れてしまったのだな、と抑えこむ度に再確認する。その行為さえ苦痛だった。
ぎゅっと目を瞑ってやり過ごす間に近づいてきた気配に顔を上げる。
薄っすらと開いた視界に真紅の隻眼が映りこみ、それは首を傾げた。
「”イカレ帽子屋”」
そして与えられた称号のような名前を呼ぶ。自分をずっと呼び続ける声が紡ぐ名前でもなく、深淵の主である少女が呼ぶ生まれた時に名付けられたものでもない、チェインの存在を示すそれを。
「……、何ですか?」
過去に必要以上に痛めつけてしまったせいか、普段は近寄ってこない猫が手を伸ばせば触れる位置にまで近づいていた。
珍しいと言葉を待てば猫が言う。
「良いのか? あいつの声に応えなくて」
「……アリスに言われたんですか?」
「違う」
どうして呼ぶ声に応じないのかと再三尋ねてきた主の差し金かと思ったが、どうにも違う意図で猫は来たらしい。
ぺろりと自分の手を舐めて目を細めた猫が仰ぐ様に視線を上げる。
「このままだとあれは、何かに唆されるぞ」
「……それは」
「お前の名を呼んでいるだけなら、まだ良いけれど。このままだと違うものと契約する」
最初、呼び止めるように続く声はただ追いかける純粋さだけが存在していた。それが最近は切望する必死さを含んでいるのを、一握りの後悔と言い聞かせるような諦めが混ざっているのを感じてはいる。
過去を変えたいと願う人の弱みに付け込むチェインにとって、彼の声も願いも格好のものになるのは考えなくても分かる事だ。
「お前はそれで良いのか? ”イカレ帽子屋”」
悪意も無く問われる声に、ならどうしろというのだと思わず反論したくなった。
猫が導く答えなど一つしかないだろうし、チェインの上に立つ絶対の主である少女が提案する答えも同じものだろう。
だけれど。だからこそ、躊躇うのだ。
嘗て主人達を守れなかった自責の念から呼び寄せた闇と契約を交わした記憶がある故に、その誘惑の抗えない力を知っているが故に、彼の前に姿を現せば自分がどんな存在であるのかを知ってしまえば、今以上に彼が苦しむのは分かっている。
「……あ」
何も言葉を返さないのにも気を悪くせず大人しく待っていた猫が声を上げた。
何事かと顔を上げれば、視線を戻した猫が真っ直ぐに見据えてくる。
「声を聞きつけて、少し出て行ったぞ? 良いのか」
その言葉に弾かれたように”イカレ帽子屋”は立ち上がった。強く握られた杖がその力で僅かに震えるのを猫は見たが、何も言わず目を閉じる。
躊躇う気配と、俯いて吐き出すように紡がれる声に。直後消えた気配に猫はふっと笑った。

――あの、馬鹿レイム。

人間としての自我を持ちながらチェインとして存在する相手だからこそ、抱いた思いに猫は困ったように頭を振り、拍子に首に新たにつけていた鈴が音を立てた。
純粋な想いほどチェインにとって心地良いものはない。




>>もしも設定5話目。
   ダメガネと成り果ててるレイムとか。云々。

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サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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