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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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軽い繊細な音を立ててティーカップが触れた。うん、と頷いたオズの向かいには眉根を寄せたバルマ公が座っている。
何とも簡単な話ではないかと言いたいが言い切れないのも事実で、気持ちは分からないでもないと酌んでオズはバルマ公が会話をするのを待つことにした。
「全く……、まだ顔を出してなかったか」
苦々しくそれだけを口にしたバルマ公にオズは笑う。
「まぁ、仕方ないんじゃないかな、と」
「色々と迷惑を掛けたというのに」
「尤もですけど。迷惑ならオレの方がたくさん掛けてきたし」
「それとこれとは話が別じゃ」
誰の話という対象の名前が抜け落ちた会話は二人以外には理解し難い事だろう。
数日前、”友人”を失ってしまった現実を認めながら姿を追い続けていたが故に、チェインを引き寄せていたレイムがぱったりとチェインを惹き付けなくなった。
過去を変えたい、現実では手に入らないものを求める、その願いに惹かれるチェインがレイムに対して興味がなくなったからだ。
それはつまり”現実を受け止め、諦めた”のではなく”願いをどんな形であれ叶えた”可能性の方が高く、オズの予想通りレイムは正規の方法を用いてチェインとの契約を果たしたのが三日前になる。
それからレイムには一度会っているし深々と頭を下げて礼を言われたが、渦中のもう一人には未だ会えず仕舞いだった。
「……でも」
「何じゃ?」
バルマ公がやきもきしているのは間違いなくもう一人の方の事だったのだが、オズは大して気に留めていない。
何時でも彼はすべきことは踏まえて時間切れになる前には行動を起こしてきたし、すべき事を分かっていながら行動に移さない訳が無いと確信している。だから折が来れば自分達に会いに来る。オズはそう思っている。
「大丈夫です。近いうちに会います」
きっぱりと告げられた言葉に「ふむ」と相槌を打ったバルマ公がカップに残っていた紅茶を飲み干して、笑う。
「全く、汝は妙なところがあの帽子屋に似ておるの」
悪意も何も無く純粋な感想に近い言葉にオズは一瞬目を丸くして笑い返した。


   ...Backside of LOOP


深淵に堕ちた人間が人ならざる存在として生まれ変わる可能性。それはオズのチェインである少女の存在からしても立証されていたようなものだった。
レイムが違法契約者のチェインに襲われた晩、物音を聞き付けた先でオズは人としてもう生きてはいまいと判断されたブレイクの姿を見た。見間違う筈もなかった。
軌跡の見えないほどの剣の腕も、性別にしては華奢な体格も、何より長く伸ばされた前髪から覗いた真紅の瞳が、オズに”それ”がブレイクであると認識させた。気配で言うなら人間と多少異なっていたのにも関わらずだ。
その時のオズの認識は間違いではなかった。
まだ直接本人の口からは聞いてはいないが、オズがあの時会ったブレイクは既に人ではない存在だったらしい。
ただ信じ難かったのは姿はブレイクであっても精神が残っているのかどうかであった。気が狂い、理性を失いながら、人からチェインに生まれ変わるのが常ならば、姿が彼と酷似していても中身は別物に変わっている可能性もあった。
しかし意識を失ったレイムに向けられた視線から、稀なチェインとして存在を確立した可能性も捨てられなかったのだ。
レイムが日に日にチェインを惹き付けていく中で呼ばれる存在だけが応えないのも可能性を実証した形になっていた。
深淵への道を開いて欲しいとバルマ公爵に申し出て断られた後、一度だけ無理を言ってオズは道を開いて貰った事がある。
結局道を下る途中で危険と判断した従者であり友人である青年が止めたのだが、その時に良く知る少女の姿をした別の存在が笑った。
触れられそうになった瞬間に少女の白い指を遮ったのは、同じように白い手。
姿は見えなかったけれど残念そうに首を傾げた少女にそれが何かを言ったのは間違いなく、だからこそ少女はオズを見逃したのだ。
その存在が前から自分達を見守ってきた人なのだと理解しただけで十分だった。後は自分にはどうすることも出来ないと理解したから、時を待つことにした。
「……オズ?」
ふと考えに耽っていたオズの意識が呼び戻される。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
気遣わしげに顔を覗きこんできた青年に笑うと、「違う」と首を振った。
確かにブレイクが姿を消してから毎晩のように空間の歪みから姿を現すチェインの対処に追われていて忙しかったが、今ではそれも落ち着いた。数日よく寝ている。
「かなり力を使っていたんだ。無理はしなくて良い、オズ」
「いや、本当に痩せ我慢でも何でもないよ。……ちょっと考え事」
ふっと肩を竦めたオズが座るソファの横、サイドテーブルに仄かに甘い香りを漂わせたカップが置かれた。
紅茶というには薄く甘い香りに首を傾げると、向かいのソファに座ったギルバートが「ハーブティーだ」と答える。
カップに口をつければ柔らかな味が口内に広がる。飲みやすいよう少しだけ落とされた蜂蜜が柔らかさを加えていた。
「考え事って、ブレイクのことか」
「あー、うん。まぁ……。さっきもさ、バルマ公爵に捕まって色々ね」
「バルマ公爵?」
「そう。……気にしなくてもブレイクはちゃんと会いに来るって、オレ思うんだけど」
苦笑するオズの言葉にギルバートも頷く。
ブレイクが使用人として仕えていた少女もまた事の顛末を祖母から聞かされている筈なのに動かないのは、全員が同意見だからだ。
自分達で行かずとも相手が来る。
道理に適っているからこそ間違いなく彼は自分達が動くよりも先に行動に移すだろう。
前からそういう人間なのだ。存在の定義が変われど本質が変わらないのであれば間違いはない。
「余り待たすとハリセンの一発じゃ足りなくなるだろうし」
くすりと笑いを零すオズがカップの縁をなぞる。
「オレは心配してないんだけどなぁ」


***


ぱたりと乾いた音を立て革張りの本が閉じられた。
小さく詰まらなさそうに鼻を鳴らした落ち着いた赤毛の、姿だけならば青年の公爵が首を傾げる。
「会えたか?」
誰にと問わない質問にオズが笑う。
「はい」
「漸くか」
やれやれと肩を竦めた公爵が音も無く立ち上がった。窓から見下ろす庭園には艶やかな緑が溢れ、引き立てるように色取り取りの花が咲き零れている。そこにオズの契約チェインである少女ともう一人柔らかな色のドレスを纏った少女がいた。
笑い合う二人の表情は明るい。
「珍しく渋っていたようなので、色々言ってやったのだがな」
「それは本人が言ってました」
「ほう?」
「”アホ毛が珍しく年寄りの気遣いをしてくれて、参りました”って」
「……後でレイムを苛めておくか」
ぽつりと返された呟きに苦笑いを浮かべたオズについと公爵の視線が向けられた。
「それで」
「……何か?」
「汝は深淵に赴き何をしようとしておったのだ?」
深淵への道を開く事を拒否した公爵が何故オズがアヴィスへと赴いたことを知っているのか。
お見通しだと言わんばかりの表情を浮かべた相手にオズは降参するしかない。
「別に何も」
「ただ確かめるためだとすればリスクが高すぎる。目的がそれだけならば汝が取る選択にしては浅はかだな」
「うーん」
「で?」
「……確かめに行ったって言うのが、一番正しいですけど」
自分が見たものを確かめる為にアヴィスへ道を繋ぐことの出来るギルバートにお願いして道を開いて貰った。偽りは無い。
”イカレ帽子屋”が、捜しているブレイク本人だという確信はレイムが違法契約者に襲われたときに大体ついていた。
それでも確かめたかったのは”イカレ帽子屋”となったであろう人の本質。
「もし、”イカレ帽子屋”がブレイクじゃなかった場合……」
「それは可笑しな言い分じゃの?」
「ああ、はい。”イカレ帽子屋”の本質がブレイクじゃなかった場合、って言った方がいいのか」
姿だけが残り、一部の願いや意志だけが残り、レイムを助けていた場合。
――最悪オズは”イカレ帽子屋”と事を構える覚悟も持っていた。
レイムだけでなく自分達にとっても決して良い影響を与えない、チェインに対して絶対の力を持つチェインを野放しにしておくわけもない。
「あれとやり合うつもりだったのか? それはまた無謀な」
「まだ何も言ってないです」
「顔に書いてある」
「時折鋭くて嫌になりますね、バルマ公爵」
溜息交じりの言葉に小さく声に出して笑った公爵が、しかしじっと嗜める大人の表情でオズを見据えた。
じっと黙って待つオズに、ふと窓の外に視線を再び移した公爵が小さく息を吐く。
「”イカレ帽子屋”があやつで良かったの」
諫言の一つもあるかと身構えたオズの予想は外れ、静かな声だけが落ちた。
少し前にも同じような言葉を言われた。

――私で良かったですネェ、オズ君?

にこりと一瞬作り物めいた笑みで。
「本当です」
素直にそう返すオズがソファから立ち上がって公爵の横にまで歩み寄る。
隣を許して共に見下ろした景色は昼下がりの穏やかな情景だった。



>>ifチェイン設定LOOPの補足。
   オズが何したかったのかなを書こうとして、凄く蛇足で要らないかもしれないと思いはじめて、筆が止まってしまった。
   難しいなー。こういうのって。

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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