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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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それは確信だった。とても現実味ばかりを帯びるのに頭の中で”どうせこれは夢なのだから”と自分が囁く。
だから夢なのだと理解していた。疑おうともせず、ただそんな鮮明な感覚の、不思議と曖昧な中で声が聞こえて、耳を傾ける。
心地良いと言えばたぶん困ったようにきっと笑うだろう。
その声が、聞こえる。
『いいですか? 私は貴方よりもずっと年上ですから』
ああ、これはいつぞやの会話の記憶なのだなと思った。丁度身長を抜いてしまった頃にした会話かもしれない。
決して陽の下を歩かないわけではないのに不健康な白さをした、他よりも冷たい指を一つ立てて、子どもに言い聞かせるように紡がれた言葉だった。
『貴方よりも先にいなくなります。だから』
年上だというのは良く分かっていた。出会った時と変わらぬ容姿ではあったが、自分がいつの間にか身長を抜かした頃に何年が経ったのか数えて笑った、その時でさえずっとずっと大人だった。今ではどちらが年上に見られるか分かったものではないけど、それでも追いつくことも追い越すことも出来ないのだ。
それは確かに体の成長が止まったのだとしても、世界にあって共に歩む時間があればこそ。
『もし、私がいなくなったとしても、捜しては駄目ですよ』

――手を伸ばしてはいけませんよ。

それを望んではいけない、と諭すような声音はきっと過去を顧みての忠告だったのだろう。
けれどどうしてそんなことを言うのだろうと思ったのだ。確かに多分先にいなくなる確率が高いのは相手の方だけれど、まるで覚悟をしておけと言わんばかりの言葉を、それでも自分は何となく理解した。

何故そんな夢を見たのだろう、と午前がそろそろ終わる頃になってもまだ珍しく眠気を引き摺ったままの頭で考えたレイムは机に積み上げられていた最後の書類を片付けた。昔の会話だ。本当何年前かの会話に、けれど相手の容姿は未だ全く変わらず、変わったといえば彼が気にかける子どもが増えたくらいで。
揶揄う振りをして何だかんだと気にかけているのを知っているのは、たぶんあの中ではシャロンくらいのものだろう。
彼が此処に来てからずっと一緒に過ごしてきた彼女と、そして同じ時に出会ったレイムだけは少なくとも彼の生真面目さを知っている。
しかし変な感覚だと思うのだ。
決して寝覚めが悪かったわけでもなければ、夜更かしというほど夜遅くに寝たわけでもない。
それでも眠気が意識を引いて油断すればまた夢に落ちてしまいそうな感覚に頭を振る。疲れているのかもしれないと結論付けた頃に騒がしい足音が近づいてドアをノックした。
そして夢はきっと自分の中の何か予感めいたものだった、と知る。


   ...零れ落ちた、温度


足音を荒げる事は無く、けれど半分駆け足のような形でレイムはその部屋の扉をノックした。
小さく応えが返るのと同時に礼を取って部屋に入る。確かめるには此処に来るのが一番手っ取り早いと顔を上げた先、ソファに座った少女が泣き腫らしたと分かる目でレイムを見た。
「ああ、レイムさん」
常の穏やかながらも凛とした声音が、今は沈んで掠れてしまっている。
癖の無い柔らかなシャンパンブロンドの髪も心なしか乱れていて、彼女は寝ていないのかもしれないと思い至った。手招きをされたので近くに寄ると向かいのソファに座るように促される。
主人は違えど使用人の立場である身として本来ならばあってはならないことだが、今は言わずとも良いだろう。
大人しくソファに座ったレイムを見て少女が微かに笑う。
「シャロン様」
「……話を聞いたのですね」
「すみません。シャロン様にお聞きするのが一番早いと思いましたので」
「いいえ。良いのです」
ふるりと力なく首を振ったシャロンの、膝の上で組まれた細い指に力が篭る。
レイムが何故ここに来たのか目的は分かっていると言外に告げたシャロンが顔を上げた。矢張り眠っていないのか、と憔悴した顔を見て思う。
「それで」
「……報告の通りですわ」
ぽつり。漏らされた言葉はきっと彼女自身が認めたくない事実だ。
きっと何度も可能性を否定して、彼女は自分の持てる力の限りで否定に足る証拠を探そうとしたに違いない。
「では、ザクスは……」
「ええ。ブレイクは消息不明です」
普通に上がった報告であるならば彼の人が生きている可能性は限りなく高いだろう。しかし情報収集を主とし影の間を行き来出来る能力を持ったシャロンが言うのであれば、限りなく絶望的なのだ。
彼女はきっと何度も捜した筈だ。彼の人の影を。存在を。
「……シャロン様」
それでも見つけられなかった。
「ブレイクは……、ザクス兄さんは……たぶんもう」
正午になる手前、レイムの部屋に届けられた報告では違法契約者の追跡中に彼の存在が確認出来なくなってしまったということだった。どうやら追いかけていた違法契約者のタイムリミットは近く、最悪な事に時間切れとなった時、追跡をしていた人間数人を巻き込んだらしい。
一緒に巻き込まれたかは定かではないのだが、確かに同時刻に彼は姿を消したのだ。
深淵の底に引きずりこまれて行く契約者の巻き添えを食らった可能性はゼロとは言えない。
もっとも良く知る人間からすれば彼がそんな失敗をやらかすとは思えないのだ。だからこそ、シャロンは一晩寝ずに存在を捜したのだろう。
「こんなことなら、”一角獣”をちゃんと影に潜ませておけば良かった」
堪え切れないと少女が顔を両手で覆って涙を滲ます。
必要があればいつだって手助けとなるようにと少女が彼の影に自らのチェインを忍ばせていたことをレイムは良く知っていた。
きっと今回は必要ないと言われ従ったのだろう。
その判断が現状を招いたのだと言わんばかりのシャロンの姿に居た堪れなくなり、嗚咽を零し震える肩に手を添える。
「シャロン様」
あれがそう簡単にくたばる訳が無い、と軽口を言いたかった。
きっといつものようにひょっこりと現れて呆気に取られた自分と少女を交互に見てふっと笑う、そんな風であったなら良かったのに。
きっとそれは幻影でしかない。
昨晩見た夢はきっと予感だった。彼が居なくなった夜に、あんな内容を見る、それ自体が。
「レイムさん、わたくし……っ」
ぎゅっと肩に乗せられたレイムの手に少女の手が重なって握られる。
こんなにもいなくなることで悲しませる存在がいるのに、置いていかれる苦しみを彼は理解していた筈なのに、それでも突然消えてしまった友人をレイムは恨む事が出来なかった。



***


――良いですか? いなくなってしまったものを、それを望むのは駄目です。絶対に駄目です。

分かっている、と言いたかった。また夢を見ているのかもしれないとレイムは落ちそうになった意識を引き上げる。手に持っていたペンが紙にインクの染みを作っていた。どうやら居眠りをしていたらしい。
どうにも最近はあの会話ばかりを思い出すのだ。
ブレイクが姿を消して、消息不明とされてから既に二週間が経っている。
シャロンは未だに時折”一角獣”を使って影を捜す行為を繰り返してはいるようだが、最近になってレインズワース公から止められたらしい。これ以上続けて貴女まで倒れてしまうつもりなの? と純粋に心配して嗜める祖母の声は彼女に響いたようだった。
彼女にとってブレイクは血は繋がってはいないが歳の離れた兄のような存在だったのだ。
幼い頃にレインズワースに保護された彼とずっと一緒に過ごしてきたのならば、取り乱しても無理はないと思う。
では、自分はどうだろう?
レイムは眼鏡を外すと瞳を伏せて大きく息を吐き出した。
ブレイクと初めて出会ったのは、彼の公爵が管理する”扉”の前。シャロンと一緒に血塗れで倒れた彼を見た。
仕える主が違うため、シャロンより過ごした時間は少なくなるだろうが彼と過ごした時間は長いのだ。十年以上の関係。いつの間にか外見はほぼ同じ年頃になって、けれど歳の離れた友人は良く笑って廊下の端でひらりと手を振っていた。
「……なんで、」
いなくなってから思い出すのは彼の穏やかに言い聞かせるような言葉ばかり。
ふといつもの景色に入り込む残像は、きっと脳裏に焼き付いた記憶で、実際はそこに像も結ばず手は宙を掴む。
呼ぶ声を思い出す。少しだけ明るい調子でわざと変にだらしなく履いた靴の、特徴的な音。
でも鮮明に思い出すのは、どうしてかあの会話ばかりなのだ。まるで自分に有りの侭何も望まず受け入れろというかのように、記憶がリフレインされる。
「勝手にいなくなったんだ、お前」
何も言ってないじゃないか。
確かに彼の体には限界が近づいてきていて、別れは遠からず来るのだろうと覚悟はしていたけれど。
しかしこんな風に何も残さず消えてしまうとは思わなかった。

――ね、レイムさん?

呼ぶ声は、いつのものだろう。脳裏で繰り返される声は揶揄も含まず穏やかで、それをしてはいけないと言い聞かせるような大人の声。
困ったように笑えば、するりと白い指先がいつも眉間に伸びて冷たさを宿したまま構わず触れてきた。その温度が他人より冷たかったのだけは覚えているのに、正確な温度がもう分からない。
「……お前が戻ってくることを望んではいけないのか」
零す言葉に返る言葉は無く、ただ記憶に刻み込まれた彼の声が、会話を再生した。それが答えのようだった。



>>なんだこれ…?な、もしも設定。
   たぶん続く。途中で切れる可能性も高い。

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サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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