忍者ブログ
謂わばネタ掃き溜め保管場所
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

夢の会話は過去のもの。繰り返されるうちに分かったと振り払う回数が増えてしまった。本当の彼がそれを言った時には少しだけ寂しい思いを抱きながらも受け入れられたのに。今更、自分は否定するのだ。
例え「嫌だ」と言っても相手は何も返してはこない。
ただあの時に分からない、嫌だ、と返していたなら、どう反応しただろうかと思う。
駄目だと嗜めただろうか。仕方ないと笑っただろうか。
いや、違う。たぶん何も言わずにふっと笑っただろう。彼はそういう人間だった。
追い求めるものの為に身を捧げるくせに、追い求めるものは直接彼に利益を齎すわけでもなく、それは違う誰かの為のものであるのに、彼はそれを誰かのためとは言わず自己満足だと笑っていた。彼自身の求めるものは少なく、けれど満足だと笑う。
おどけた言動の下にあるのは誠実で真っ直ぐな人柄だった。
だから振り回されても嫌いになれなかったのだ。
最後に会ったのは何時だったろう。
ふと、思考の渦に飲み込まれそうになりながら思い返す。そうだ、確かいつも通りに少し遠くから手を振って笑っていた。
今日は夜中まで仕事だから眠れそうにもないと少しだけ軽い調子でぼやいていたから、起きていたなら甘い物でも用意しておいてやるから頑張って来いと返したはずだ。
神出鬼没だったが、自分が寝てしまえば彼は気遣って部屋に入ってこないのを知っていた。だから起きていたらと言った。
自分の言葉に笑って頑張ってくると返した、きっとそれが交わした言葉の最後。
まだ薄れてはいない記憶に安堵するのと同時に、彼の指の冷たさを忘れかけている自分が嫌になった。
忘れるのにはまだ早いじゃないか。
だって存在を過去のものに出来てもいないのに、自分の感情がどうなってしまっているのかも分からないのに。
でもきっとそんな自分を責めたりはしないのだろう。
寧ろ笑って許してくれる、そんな気がして苦しい。



   ...触れた指先



書類を主に届けに行けば、珍しく気遣わしげに眉を顰めて溜息を吐かれた。
「レイム、お主……ちゃんと眠っておるか?」
書類を受け取ったルーファスはどうにも冴えない表情を浮かべるレイムに暇を与えるべきかを考える。
こうなってしまったのは数週間前に起きた一件で彼の友人であった人間が消息不明となってかだらだ。気丈に大丈夫と言うレイムであったが日に日に浮かべる表情に感情が乗らなくなってきている。
幼い頃から仕えるレイムを見てきているルーファスにとって、彼の大丈夫が嘘である事など言わずとも分かっていた。
「寝ていますよ。どうしたんですか」
「いや」
笑う表情は穏やかだがどこかしら無理が漂う。暇を与えてしまう事と今まで通り仕事をこなさせる事、どちらが良いのか判断も付かず、これは幼馴染に密かに相談した方が良いと内心思う。彼女ならば何か良い方法を見つけてくれる気がした。
「それはそうと、ルーファス様」
「何じゃ?」
退室の一礼をしたレイムが声を掛けてくる。
今日は特段何の用事も入っていなかった筈だが、何か忘れてしまっていただろうかと首を傾げれば目を伏せたレイムが言う。
「少し暇が欲しいのです」
どうしようかと考えていた矢先の言葉に一瞬どう反応すべきかと迷ったが頷く。
「分かった。ゆっくり休むと良い」
暇が与えられなければどうするのかも分からない表情に頷くしかなかったとも言える。「ありがとうございます」と言って出て行った従者の姿を追うように閉められた扉を見詰めてもう一度大きく溜息を吐いた。
全くとんでもない。あれでは。
「帽子屋よ、汝はあれを堕とす気か?」
きっと彼の本意にそぐわないだろうが。問うた声に返る言葉も術もないことを知っているが故にルーファスは踵を返す。
幼馴染の所へ意地も何も無く会いに行かなければと思った。


***


休暇を貰ったとして何かしたい訳でもなく、どうして良いのかも分からないまま、ただ仕事に対してきちんと対処しきれない事が嫌だと筆を休めた。特段することもないまま一日は勝手に過ぎていく。その間あることといえば記憶を浚う行為だけで、好い加減それも止めなけばおかしくなってしまいそうだった。
とっぷりと日の落ちた暗い路地を歩きながら思う。
記憶はあるのに付随する色々なものは忘れていってしまうのだ。例えば鮮明な声や表情、そして温度。
あの時笑っていたと思い出せるのに曖昧になっていくようで、記憶と現実の間から抜け出せずにぼんやりと思考は沈んでいく。
残像は見えるのに実像は見えない。いなくなってしまったという事実を突きつけられて、どれ程経ったというのか。
彼が守るべきと常に傍らに居た少女は少しずつではあるが現実を受け入れ気丈に振舞っているのに。
レイムにはそれが出来ない。分からない。自分が今どんな顔をしているのかさえ、分からなかった。
ただ暇を願い出る際に酷く心配そうな表情を主が浮かべていたところを見ると相当良くない状態なのだろうと、客観的には捉えることが出来る。だからといって解決法は見つからない。
休めば良いのか。考える暇も無いほど働けば良いのか。実際レイムにさえ分からない。
「……あれ、レイムさん?」
不意に考えに沈みこむレイムを呼ぶ声が聞こえる。
声変わりの終わらない少年の訝しげな声に振り返れば、金色の髪を揺らして走り寄って来る少年と視線が合う。
「オズ様…?」
「どうしたの、こんな所で」
それは此方の台詞だ、と危うく出かけた言葉を飲み込んでレイムは首を傾げた。
首都の下町に位置する路地で出会う相手ではないと思ったが、今オズが身を寄せている相手を思えば納得がいく。つまり今はギルバートが自らで借りた部屋にいるのだ。
「少し暇を貰ったので」
「ああ……。それはシャロンちゃんから聞いたよ。……大丈夫?」
気遣わしげな声に頷く。笑ったつもりだが上手く笑えたかも知れない。
全て理解している風のオズは頷くだけで、ただ気掛かりなことがあったのだろう。小さく声を上げた。
「余り遅くならないうちに家に戻った方が良いよ」
「……え?」
「一週間くらい前からここら辺で人が襲われてるんだ」
そんな情報は耳に挟んでいないから普通の通り魔だろうか。レイムが首を傾げると尚も少年は言う。
「オレとギルはそいつを捕まえるために、こっちに今来てるんだ」
だから気をつけて、と言った言葉に相当自分が参ってしまっているのだとレイムは思わざるを得ない。
オズとギルバートが動いているという事は紛れも無くパンドラ内で解決する事案だということだ。つまり通り魔は違法契約者の仕業である可能性が非常に高い。寧ろ既に裏も取れてしまっているのかもしれない。
そのことを全く頭に入れ切れていないなんてことは、今までのレイムでは有り得なかった。
「……レイムさん、何なら途中まで送っていこうか」
無言で考え込んでしまったレイムに提案が出される。
はっと顔を上げれば心配そうに覗き込んできたオズがレイムの言葉を待っていた。
「いいえ、大丈夫です」
捕まえるために行動していると言うなら、今もその為に動いていたのだろう。手を煩わせるわけにも行くまいとやんわりと断れば食い下がる事も無く少年は頷いて、レイムが向かっていたのと反対の路地の奥へ向かっていった。
後姿を見送って引き返す。
確かに通り魔に遭ってしまえば、例え違法契約者でなかったとしても自分では敵うまい。
情け無いことだが戦闘行為が只管に向かないのをレイムは痛いほど身に沁みて分かっている。
街灯の光がほぼ届かない路地を歩きながら、レイムは大通へと向かっているの自分の足取りに疑問を覚えた。
方向も道も間違っていないのに違和感を覚え、何と分からず歩みを進める。規則正しい足音は自分のもので、それ以外の音は無い。
それが間違いなのだと気付いたのは十数秒後。大通へと向かっているのだ、もう近いはずなのに何故自分の足音以外に何の音も聞こえないのか。それ自体がおかしいと頭が答えを叩き出した瞬間、背中に冷たい汗が伝う。
本当に全くもって自分は向いていないのだな、と何処かしら呑気に思い振り返らず走り出した。その判断は正しかったが如何せん遅すぎる。
影が伸びるよう足元に絡んだ何かにレイムの足は縺れ、硬い石畳に転がる羽目になる。
背中越し振り返って見えたのは暗い路地から伸びる濃い影の触手と、夜の闇に溶け込む事の出来ない異質の闇。
(――チェインか)
足に絡まったままの影が力ずくでレイムの体を引いた。全くもって自分は籤運が良いらしいと内心毒づいたレイムは狭い路地に引き摺り込まれそうになる。こんなことならオズともう少し行動を共にした方がお互いのためにも良かったのかもしれない。
湿ったようで乾いた変な音が近寄ってくる、その気配と感覚にレイムは覚悟するしかなかった。
目を閉じる。瞬間に閉ざされた闇の中で見えたのは、闇夜でも紛れない銀の残滓だった。

――追いかけても、望んでもいけません。私はそう言ったんですヨ? レイムさん

それは記憶の会話ではなく、困ったような願望によって作られたような紛れも無く聞いた覚えの無い言葉だった。




>>もしも設定。眼鏡と帽子屋さん二話目。
   しかしどこまで続くかは分からない。

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
08 2024/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
プロフィール
HN:
くまがい
HP:
性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
忍者ブログ [PR]