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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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暗闇の中、引き摺られ命を絶たれるだろうと思われた異形の闇から唐突に解放され思わず目を見開く。足に絡み付いていた影の触手が力を失った。闇夜に僅か銀色の軌跡が描かれて、それが触れた先から影の触手は脆く崩れていく。まるで存在してはならないと絶対的な力でもって命じられたかのように消滅していく。
砂のように零れる闇の残滓には覚えがあった。彼が契約していたチェインを使うときに酷く良く似ていたから。
「……ザクス?」
思わず名を呼ぶ。闇夜の中、その暗闇が支配する中で自分を庇うように異形との間に割って入った影は華奢だった。
微かにその影が揺れた気がした。闇に紛れる暗い色の裾の長い服を着て、帽子を被ったそれは振り返る。肩を滑り落ちた銀糸は初めて会った時と同じくらいか、少し長い程度でその背中に落ち着く。
表情は帽子のせいでよく見えないが、少しだけ困ったように首を傾げたのだけは分かった。
なんだ、ちゃんといたじゃないか。そう言いたいのに声が出ない。今になって石畳を引き摺られた痛みが全身を襲い、強かに打った胸の辺りで呼吸が不自然につっかえた。
食事の邪魔をされた異形が人間では判別のつかない声を上げる。空気の震えだけで聞き取れない音に、しかし自分を庇う影は嫌そうに眉を顰めた。厭うような仕種で手に握っていた杖を振るう。
とん、と地面を杖の先が叩く乾いた音が響いた直後に異形を象っていた闇がざらりと力なく崩れ落ちていく。今度ははっきりと断末魔のような空気の震えが鼓膜を叩いた。
異形は跡形も無く消え、残ったのは夜の静かな闇だ。全てを覆う明ける闇。
「……ザクス、」
その中でふわりともう一度舞った銀の残像を追う様に視線を上げる。見上げた先で振り返った影と目が合った。
記憶と変わらない真紅の瞳がすっと細められる。何とか伸ばした腕で無防備だったその手を掴んだ。
冷たい、ああ、この温度だ。と思うと同時振りほどかれた手が頬に触れる。ひやりと冷たい感覚と、少しだけ屈んだ相手の表情が闇に邪魔されて見えない。

「        」

――何て言った?
唇の動きを追おうとすれば白い手が視界を遮って、確かに何かを呟いたであろう声を逃して、そして急激に意識は落ちた。


   ...残像を繋ぐ


ベッドで今日一日は安静にしていろと主を始め色々な面子に言われてしまえば、どうすることも出来ずレイムは何もすることも無くベッドの中で大人しくしていた。
確かに体のあちこちが微妙に痛いのだが動けないわけでもないし、ましてやショックを受けたわけでもないので非常に手持ち無沙汰になる。暇を貰っただけであれば何も映らなくてもふらりと外を歩く事が出来たが、今の状態では無理だろう。
控えめなノックの後、トレイに食事を乗せて来た少年と後に続いて入って来た少女にレイムはベッドから起き上がろうとした。
「レイムさん、動かないで下さい」
そんなレイムの行動を止めたのは少女の声だ。やんわりと穏やかな声だったが有無を言わさぬ調子にベッドの上で頭を下げるレイムに入って来た二人が苦笑する。
「調子はどうですか?」
「はい。全然平気なんですが、安静にしていろと言われてしまいました」
「それは仕方ありませんわ。怪我は大したことが無かったとはいえ、チェインに襲われたのですから」
ベッドの傍らの椅子に腰掛けてレイムの手を気遣わしげに握った少女が笑う。
「でも、大事が無くて本当に良かった……」
「有難うございます。シャロン様」
もう一度僅かに頭を下げたレイムが、視界の端でサイドテーブルにトレイを置いた少年に視線を向けた。黙って会話を聞いているだけで水差しを差し替える行為に申し訳なくなる。
本来の立場ならそんなことを自分がして貰って良いわけではない。
「オズ様、良いです。そこに置いてください」
慌てて言い募るレイムに笑みを零したオズがトレイの水差しを置き、今まであった水差しをトレイに上げた。しっかり差し替えてトレイを両手に抱えたままベッド脇まで歩み寄ったオズが、大事を取って包帯が巻かれたレイムの腕を見る。
「あの時別れなきゃ良かった。ごめん、レイムさん」
「いいえ。私がふらふらとしてたからいけないんですよ」
レイムが違法契約者のチェインに襲われる可能性がゼロでなかったのに別れたことで、オズを責める人間は誰もいなかっただろう。大体予測不可であったと言って良い。相手は無差別に人を襲っていたのだ。
けどオズは途中まで送っていくと提案した手前、割り切れなかった。
「それに、申し出を断ったのは私ですから。気になさらないで下さい」
レイムの言葉にオズが苦笑する。怪我をしたというのに、その前に大切な存在を失くして精神的に余裕が無いだろうに、他人を気遣う優しさは彼らしかった。
「有難う。でも、レイムさん?」
「はい」
「無茶はしないで。暫くは本当休んで」
シャロンが握っているレイムの手に、シャロンの手の上から重ねるように手を置いて言うオズに素直にレイムは頷いた。
気遣って心配する二人にただ感謝する。
傷に障ると悪いと席を立ったシャロンに合わせて二人が部屋を出て行こうとするのをベッドから見送って、しかし部屋から退室したのは少女だけだった。扉に手を掛け背中を向けたまま動かないオズに声を掛けようとすれば、
「ねぇ、レイムさん。少し良いかな」
少しだけ落ちた調子の声が訊ねる。
肩越しに振り返ったオズに頷いたレイムに、再度言葉は投げられる。
「レイムさんを助けてくれたのは、誰?」
聡い質問だった。意識を失う前に自分が見たものを話して信じて貰える保証はない。だから誰にも話してはいない。
けど主から聞いた話では、チェインに襲われ意識を失ったレイムを最初に見つけたのはオズだという。なら少年はたぶん何かを掴んでいるのだ。何故チェインに襲われながら、対抗策を持たぬレイムが無事であったのか。違法契約者のチェインは掻き消え精神が崩壊した契約者だけ残されていたのか。
「……オズ様」
「ううん。話したくないなら良いんだ。……でも、あれは消えてたね」
何かを言わねばならないと名を呼んだレイムにオズが首を振る。
そして少しだけ首を傾げて、”消えていた”という言葉を使った。通常チェインとの契約を断ち切る際、チェインに致命傷を負わせアヴィスへ帰させることで繋がりを絶つことはあっても存在自体が消えてしまうことはない。
チェインも一応、世界に存在するのだから死はあるのだが、大体は致命傷のままアヴィスへ戻るのだ。そうでなくても、死という形になった際、何も残らないことはない。
消えてしまう―――、”消滅”してしまうことは稀だ。
「……それは」
「ちょっとお邪魔し過ぎちゃったな。また来るね、レイムさん」
トレイを持ち直してにこりと笑ったオズが扉を開ける。
見かけの幼さよりもずっと頭の回転の良い彼のことだから、レイムが何を言いたかったのか大体は分かられてしまっただろう。その確認のための問いかけだったのかも知れなかった。
自分以外に誰も居ない静けさを取り戻した部屋でレイムが瞳を閉じる。
路地で見た彼を見間違いじゃないと思いたい。しかし、だとしたら”あれ”は一体何なのだろう。確かに容姿は良く知った人のものだったけれど、彼の人が消息を断ち時間が経つにつれ分かった事実がある。何よりも認めたくなかったであろうシャロンの口が結論を出したのだ。
――彼はもう生きてはいまい、と。
では、彼に見えたあの存在は何だ? 問いかけても答えを与えるものは何も無くてレイムは包帯の巻かれた自身の手を見下ろす。
あの時に確かに掴んだ筈の、触れた温度は慣れた冷たさだった。


***


「オズ?」
「ああ、ギル」
廊下をゆったりとした足取りで歩き、やがて歩みを止めた少年に声が掛かる。
視線を上げて笑えば黒を纏った青年が近寄りオズの手からトレイを受け取った。
「何かあったのか?」
「……レイムさんに会ってきたよ」
「そうか」
「どうしたら良いかな」
どうにも問いかけに答えなかった彼の表情や行動から、彼が助かった寸前何が起こったのか大体読み取れる。
物音を聞きつけオズが駆けつけた時には、意識を失ったレイムと精神崩壊を起こした違法契約者だけが路地に取り残された状態だった。僅かに残された気配からオズは違法契約者のチェインが”消滅”してしまったのだと確信した。
砂のように崩れたチェインの残骸がまだ世界に溶け切らず残っていた。チェインをこのように”消滅”させる力など稀で、言い換えれば自分の持つ力ともう一人が持っていた力だけだったと思っていたから、直ぐに結論に辿り着いたのだ。
でも理解が出来ない事がある。
「ねぇ、ギル」
「うん?」
「人がチェインになる、って前に聞いた話。もし本当だとして」
それはオズの思考回路が導き出す一つの仮説。
「普通は残らない人格とか、理性とか、……そういうのを持ったまま存在する事は可能かなぁ」
そうでなければ、自分の他の存在が人を助けるためにチェインを”消滅”させるとは考え難い。でもオズ自身は力を行使していないのだから、”消滅”を望んだのは”血染めの黒うさぎ”ではなく、たぶん”イカレ帽子屋”なのだ。
アヴィスに関わる全てを消滅させる力は、その二つしか持ち得ない。
「……オズ」
「良いんだ。まだ決まったわけじゃないし」
小さな可能性が、限りなく有り得ないと分かっていても縋ってみたくもなる。
自分の他に”消滅”の力を行使する事が出来る彼が、人としてまだ存在しているのだと。



>>もしも設定三話目。
   どこまでやれるか分からないギリギリさが付き纏ってるんだぜ!

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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