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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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お前、また無理をしただろう。
広い廊下の端で呼び止められて振り返った瞬間に投げつけられる言葉にブレイクは思わず目を丸くした。
生真面目を絵に描いたような短く切り揃った髪の、まだ少年の域を抜けない相手は一動作で眼鏡の縁を押し上げるともう一度口を開こうとするので、それをひらりと片手で遮る。
「こんにちわ、レイムさん。いきなりどうしたんデス?」
「こんにちはじゃない」
「……不機嫌そうですネ?」
挨拶を跳ね付ける様に返したレイムがじっとブレイクを見詰めた。そこまで何かを疑うように人を見なくても意味もない騙し事はしないというのに、信用されていないのだろうか。揶揄う行為さえ出来ず自責の念に沈んでいた頃の自分を知っているなら無理もないのかもしれないが、何だって今日は全てを疑ってかかるような目をしている、とブレイクは内心思う。
折り目正しく着込まれた制服の襟が珍しく倒れていて、無意識に手を伸ばした。
「……何?」
「珍しいな、と思って。襟、変になってましたよ」
するりと器用に指先が襟を正した。
それを追う様にレイムの指も襟に触れる。確かに乱れていたのかもしれないと眉を下げたレイムの様子は先ほどの刺々しさが少しだけ薄れて、僅かに残った少年らしさが覗く。
「で、何の御用ですか?」
呼び止めたのだから用事はあるだろうとレイムの様子を窺いながら訊ねられた声にまた彼の眉間には皺が寄った。
失敗したかと瞬時に距離を取ろうとしたブレイクの行動を読んだのか、いつでも逃げられるように距離を離される前に先ほど襟を直した腕が捕まる。
運動は余り得意ではないくせに妙な時に反射が良い。
「レイムさん」
「ザークシーズ、あのな」
振り払う事は簡単なのかもしれない。
所詮物心ついた時から騎士として剣を握ってきたブレイクにとっては、例え力が敵わない相手でも上手く呼吸を合わせれば僅かに拘束された位であるなら振り解くことが可能だった。けれど躊躇う。ぎゅっと力を込めたレイムの手は布越しでも十分に温かいと知れた。
心配されているのだと理解している。だから振り払えない。
いつからか憎まれ口と軽口で冗談交じりの会話ばかりをするようになったのに、彼はいつでもブレイクを気にかけた。
時間を越え、自分の居場所も何もかもを取り戻す事も出来ず跡形もなく失って、絶望と後悔に沈みそうだったあの時から、彼はずっと変わらず一点の曇りもなく気にかけるのだ。人のことより自分を気遣えと言えば、そっくりそのままお前に返すと言われるようになってしまい言葉を失った事もある。
「具合が悪いんだろう」
「そんなこと、」
「嘘を吐け」
空いた方の手が気遣う優しさで失くした瞳を隠す長い前髪を掻き分けて額に触れる。
温かい指先が触れた瞬間、レイムがはっと息を呑んだ。
「休め」
「嫌ですヨ。これくらい平気です」
元から身体が弱かったわけではない。性別にしては、騎士として小さい頃から剣を握ってきた割には華奢だと言われた事もあるが、寧ろ丈夫だった方ではないのかと思う。こんな風に身体に無理が利かなくなってしまったのは、偏に自らの過ちの代償だ。
時折身体がどこまで平気なのか見誤るのも、今では大分減ったけれど。
「……平気なものか」
溜息混じりにレイムが呟く。
久しぶりに無理を強いてしまった身体は確かに不調を訴えているのだ。そんなの自身が一番良く分かっていると思いながらもブレイクは首を縦に振らなかった。暫くすれば治まると言い聞かせるのにも慣れ始めてしまって、気遣う相手が彼の他に少なからず存在してくれる事に感謝しないわけでもないが、自分にそんな価値は無いと思うのだ。
口にしたらきっと怒るだろう。目の前の彼も、気に掛けてくれるここの主人達も。
「レイムさん、あの……そろそろ離して貰えませんか?」
気が済むまでと思っていたが、どうにも離してくれない手を指し示せば唇を引き結んだレイムが腕を引っ張る。
突然の出来事に驚いたブレイクが姿勢を崩す事はなかった。腕を強く引かれて歩き出す。
「レイムさーん?」
無言で腕を引く相手に声をかけても返事は無い。
為すがまま引かれて大人しく後ろを歩きながら、強く掴まれた腕が少しだけ痛みを訴えて、ふと大きくなったなと思った。
手はブレイクの腕をしっかり捕まえてしまっている。初めて触れた時はまだ小さかった筈なのにと思ってレイムを見た。
当たり前になりすぎて気付かなかったが、いつの間にか視線を下に落とす事がなくなっている。いつからだったろう。一言も話すことなく廊下を歩き一室を空いた手で開けたレイムが、無抵抗のブレイクを部屋に引き入れた。
そのままソファの側まで進んで手を離すと、大人しくしていたブレイクの肩を掴んで座らせる。
意外に簡単に座り込んだブレイクを見下ろして腕から書類を奪った。
「ちょっと」
非難の声が上がり腰を浮かせようとしたブレイクの肩を押してもう一度座らせ、書類を持ち上げると一度目を通した。
簡単な内容だから片手間でも出来ると判断する。
「休んでいろ。これは持って行く」
「まだやってませんよ、それ」
「そんなの見れば分かる。やっておいてやるって言ってるんだ」
「それは嬉しいですけど、私、本当に大丈夫ですヨ?」
見下ろされた視線を真っ向から受け止めてへらりと笑えば、小さく溜息が落とされた。
「あのな、ザークシーズ」
「はい」
「気付いてないのかもしれないが」
レイムの指が長い前髪越しに額に触れる。くすぐったくて少しだけ身動ぎをしたブレイクが視線を上げた。
「嘘を吐けない位には具合が悪いだろう」
「……は?」
思わず間抜けな声を上げてしまった。
確かに具合は悪いけれど、一体どういうことだろうと首を傾げたブレイクに準備の良いことでそのままクッションが投げられる。上手く受け取ると同時に困ったような声が落ちた。
「他は知らないが、私にはそんな下手な嘘は通用しないぞ」
一体何年の付き合いになると思ってる、と呟かれた言葉に思わず笑ってしまった。
そうだ。数える事などしなかったが、ずっとずっと小さかった彼がいつの間にか身長を越してしまったくらいには年月が経っている。こんな風に振舞う前の姿を彼は知っている。
「……可愛くないなぁ」
ブレイクの口が紡いだ言葉に眼鏡を押し上げたレイムがじろりと視線を返した。
今まで自覚してなかった自分も自分だが、簡単に身長を抜かしてしまったレイムにブレイクが笑う。
「レイムさんったらいつの間に、そんなに大きくなっちゃったんだろう」
「……何の話だ」
「あんなに小さかったのに」
歳の割には分別の良く付く大人びた子どもだという印象はあったけれど。
まだ子どもだった彼は出会った頃から、周囲が扱いかね距離を取ったブレイクを気にかけ、時に叱り付けては主人達と同様ブレイクの閉ざされた心の扉を叩いた。
いつの間にか歳の離れた友人となったレイムに、どこかしら甘えてしまっているのをブレイクは自覚している。
クッションを両腕で抱えて頭をそこに預けながらブレイクは言う。
「ねぇ、レイムさん」
大人しく座って動かないブレイクに安心したか、少しだけ距離を置いたレイムが首を傾げた。
「これ以上、大きくならないで下さいヨ?」
「は?」

――だって、何かと頼りたくなってしまいそうだ。


意図を図りかねて困惑するレイムにブレイクは苦笑する。



>>気付いたら本編よりの二人は久しぶりな気がする眼鏡と帽子屋さん。
   掬って救われて、掬われて救ったような二人な気がするんだという話。

   うちのレイムさんは色々お小言が多い気がする。いいんだよいいんだよ。

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