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「ネェ、元就さん?」
背筋のぴんと張った姿勢の良い後姿に声をかければ、たった一動作滑らかな動きで中性的な面立ちの女性が振り返る。
音も少なく乱れない姿勢には成る程、彼女の国において彼女が優れた舞い手であると十分に感じられた。
「どうかしたか?」
ほう、と知らずに息を吐いたザークシーズに元就が訝しげに声をかける。
小首を傾げる姿はそれでいて狐のようで愛らしいので思わず笑みを浮かべてしまった。
「いえ、ちょっと聞きたい事がありまして」
部署は違えど時間の都合がつけばお茶を共にする関係にある二人は、それなりに仲が良い。
にこりと笑うザークシーズに元就は廊下に備え付けてあったベンチを示す。座って話す時間くらいはあるという意思表示に「ありがとう」と短く言葉が返る。
「それで?」
何を聞かれるのだろうと切り出した元就に、徐に手が伸びる。
白く冷たい指先が元就の肩で揃えられた癖のない髪に触れた。
「……?」
「日本人は髪が綺麗だっていうのは前から思ってるんですけどネ」
さらりと指通りの良い髪が白い指先から零れ落ちて元の位置で落ち着く。ザークシーズの甥の一人の想い人の髪も頓着が無いようで綺麗だと思うのだ。遺伝もあると言っていた気がするが、元就とその少女は血縁者だ。だから尚そう思うのだろうか。
「ザークシーズ、要点を得ないのだが?」
「ああ、すみません」
髪に触れたまま反応のないザークシーズに困ったように声が掛かり、はっと指先を離した。
「髪がどうかしたか?」
元就からすればザークシーズの持つ特有の色彩が綺麗だと思うのだ。
日本人にしては色素の薄い元就の髪だが、ザークシーズのそれは違う。少し紫の掛かったような白。その髪の毛は一定の光を浴びると不思議とハレーションを起こしたように見えるのだ。
そんな色は中々持ち得ないものだし、それこそザークシーズの生家の人間でも同じような髪の色を持つ人間にしか表れないらしい。親戚はここにも数人いるが、しかし彼女と同じような残滓を描く髪は見たことがなかった。
「お手入れってどうやってしてます?」
ふ、と。
真剣に問われた言葉に元就が呆気に取られる。
何を聞きたいのかと思ったらそんなことか、と思うのと同時にらしいと思ってしまった。
「……あ、笑いましたネ? 私、本気で聞いてるんですヨ」
「ああ、分かってる分かってる。ある意味お前らしいと思っただけだ」
元就が笑ってしまったのを冗談ととったのか、少しだけ機嫌を損ねた声にはたはたと手を振って元就が否定した。
何も彼女がふざけて聞いてきたとは思っていない。
矢張り姿勢が良く、普段は余り気にしてないような様相の彼女だが、元就は自分よりも彼女はずっとずっと可愛らしいと思うのだ。アフロディーテに来る前は軍人だったという彼女は王族でありながら女性的な格好はしてなかったが、それでもとても女性らしい。
「我よりもお前の方が洗髪料には気を使ってそうだがな」
「ええと、そうですか…? いや、髪質もありますから」
「普通だぞ。至って」
「矢張りそう答えますか。隆景君にも一応聞いたんですけど、同じような答えでした」
「何だ、隆景にも聞いていたか。あれは……我よりも無頓着だがな」
姉の末の子どもとは、今は縁あって同じ職場で働いている。
それこそ末の子は今になって大分女性としての自覚が芽生えてきたようだが、知り得る限り三人姉妹の中で一番無頓着だった記憶があった。髪を手入れするにしても何か拘りがあるとは思えない。
「うーん。隆景君も髪の毛綺麗ですよネェ。元就さんは置いても、彼女は確かに無頓着そうデスから秘訣があると思ったのになぁ」
「……秘訣か」
「矢張り何かありますか?」
「…………、いや」
興味深々に問われても何も思い浮かばない。
腕を組んで考え込んだ元就は、ふと顔を上げた。そういえば自分と隆景、共通する一つのことがあった。
「櫛」
「はい? 櫛?」
「ああ。そうだ、櫛」
「梳かすあれですよネ。それが秘訣?」
「あの姉妹には一人ずつ昔、櫛をやったのだ」
ちょっと待っていろ、と告げて元就はベンチから立ち上がる。言われた通り大人しく座ったままのザークシーズを置いて自分のロッカーに走った元就が無造作に鞄を引っ掴んだ。
そして元来た道を戻る。
大人しく待っていたザークシーズが首を傾げた。
「元就さん?」
「柘植の櫛はな、日本では昔からある櫛なんだ。髪を傷めず良いといわれていて、我はずっと使っていたし、あの子たちにも折を見て贈ったんだ。他の二人はともかく、隆景なんてあんまり櫛など気にしないだろうから貰って丈夫に使えるならずっと使っているはずだ」
鞄から和柄のケースに入った櫛を取り出して元就が指し示す。
柘植、と呼ばれる木が日本では櫛や印鑑に使われているのはザークシーズだって知っている。
昔から重宝するものであったらしいし、櫛に関しては大切に使えば一生物という話も何処かで聞いたことがあった。
目を細めたザークシーズの横に座り直して元就は笑う。
「他の櫛を余り使ったことがないので分からないが、静電気は起き難いぞ、それ」
「へぇ…。それは良いですネェ」
ケースから出された櫛は随分と使い込まれている。けれど使われ方が良いのか欠けたりはしていなかった。
まじまじと見詰める様子に元就が「そうだ」と声を上げた。
「……はい?」
「それは我がずっと使っているものだから、やれぬが。……今度お前に柘植櫛をやろう」
「え? いや。悪いですヨ」
「いつも土産やら何やら貰っているからな。気にするな、櫛を扱う店が実家に良く出入りしている」
何に置いても物には質がある。
元就の実家はそれなりの名家であるし、そんな家が懇ろにする店の品物は良いものばかりなのだろう。
それをさらりとやると言った彼女にザークシーズが苦笑を零した。どうにも矢張り悪い気がしてならない。
「でも」
「試しに使ってみると良い」
ふっと笑った元就はこれ以上の言葉を続けさせず立ち上がる。
用事は終わったとばかりに「またな」と手を上げて去っていく背中にザークシーズは肩を竦めた。
***
風呂上り。
無造作にそこら辺にあった輪ゴムで髪の毛が痛むのも構わずに一括りにしたヴィンセントは、するりと伸びた細く白い腕に捕まった。いつも通りに輪ゴムは解かれることなく、引っ張られるのを避けて切られる。
「ちょっとぉ、エノー」
「ハイハイ、駄目ですヨ。何度言ったら分かるんですか」
無頓着すぎるヴィンセントが邪魔にならないなら気にしないと輪ゴムで髪を結ぶのを、いつも止めるのはザークシーズだ。
手入れも何もしていない毛先はぱさついてしまっていてブラシを入れようとすると引っ掛かる。
それを嫌がるヴィンセントを宥めるのもいつも彼女だった。
「やだよー。ブラシ嫌いー」
だって痛いんだもの、と漏らしたヴィンセントに幼い子供をあやすような口調が返る。
「だったらもうちょっと気を使いなさい」
「別に必要ないもん」
「貴女は普通にしてたら美人なんですから」
大人しく座っていないと実力行使に出られてしまうため、大人しく座ったヴィンセントが唇を尖らす。
別に本当にどうだって良いと思っているのだが、周りの反応を見る限りそうもいかないらしい。
髪がブラシに引っ掛かって引っ張られる感覚が嫌で、憂鬱だなぁとぼんやり思いながら、
「あれ……?」
今更気付いた。白い指先が髪を梳かすのはいつものことで変わらない。
ただ少し固い材質なのだろうか。ブラシが入った瞬間頭皮に硬い感触があたり、それが妙に心地良かった。
櫛通りも滑らかで少しは引っ掛かるがいつもよりも抵抗もなくするりと毛先まで梳かされていく。
「帽子屋さん、ブラシ変えたの?」
「ええ。貰い物です」
するすると白い指が一通り髪の毛を梳かし上げ、赤い色のゴムで器用に髪を一括りに纏め上げる。
終わったのを見計らって振り向いたヴィンセントは、白い指が持つ見た目は質素とも言えるシンプルな櫛に目を留めた。
どうやら貰い物とはこれらしい。
「凄いねぇ、誰から貰ったの? いつもより痛くなかったよ」
「……元就さんからですよ」
「隆景のお母さんだね、良いの貰ったね、エノー」
にこりと笑ったヴィンセントに言わせれば、梳かしても髪に引っかかり辛い櫛というのがポイントになるだろう。
金の毛先が少し跳ねる髪に触れてザークシーズも笑った。
「そうですね」
いつもよりも引っ掛からず絡まなかった毛先は、静電気を起こして広がる事もなく落ち着いている。
さらりと指先から落ちた髪が背中で落ち着いた。
「これで貴女の髪のお手入れも少しは楽になりそうデス」
やだ、それって帽子屋さんの自己満足じゃない。僕別に良いもん。
そうぼやいたヴィンセントの声音が、そこまで嫌がっていないのを聞き取ってもう一度笑った。
>>個人的に柘植の櫛を頂いて使って感動したんで、その感動をエノアさんに代弁してもらったよ、っていうネタ。
そんだけです(笑
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サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
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