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その人は専用のシャトルから下りてくると一目散に駆け出した。金の髪に碧の瞳の端整な顔立ちの、どこか少年の域を抜けない青年である。
「アリス…!」
「……オズ」
そして艶やかな黒髪を持つ少女アリスの名を呼ぶと、心底ほっとした表情を見せる。
無理もない。彼の国では要人に当たる少女は、先日無断で家を抜け出し一時の間行方不明となったのだ。
ぽん、とアリスの頭に手を置いてオズが言う。
「もう、心配したんだぞ」
「む……、オズにも心配を掛けたんだな。済まない」
ぺこりと頭を素直に下げたアリスに目を丸くしたオズが笑う。今日はどうにも素直だ。
そして少女の後ろに控えていた二人の長身の女性に目を留め、声を掛ける。
「ギルも、ヴィンスも……お疲れ様」
***
帰りたくない。
ぽつりと呟いたアリスの声に顔を上げた隆景が、無理もないかと苦笑する。
幼い頃から憧れていたこの人工惑星にやっと来れたと思ったら、あっという間に滞在を許された期間が過ぎてしまったのだ。明日にはシャトルに乗って国に帰らなければならない。
「また学校の長期休みにでも来たらいいじゃない」
「許されるかどうか分からないんだぞ、今回限りかも知れない」
その言葉は彼女が今まで何度希望を言っても叶えられなかったという事実を含んだ。
頬を膨らませてそっぽを向くアリスの横顔を見詰めて隆景が首を傾げる。
「大丈夫じゃないかなぁ…?」
「今まで駄目だったのにか?」
「うん。だって僕からちゃんと招待状送るし。行きたい、ちゃんと帰るって言えば許して貰えるんじゃない?」
「招待状?」
「そうそう、長期休みになる時は教えてよね。それに合わせて展示の招待状送るから」
「……何! 本当か!」
弾かれたように隆景に向き合って身を乗り出してきたアリスの表情は輝いている。
本当に良く表情の変わる子だ、と隆景は感情表現の豊かな彼女に目を細めた。
嘘は言わない。彼女宛に自分が招待状を差し出すことは可能だろう。特別学芸員から招待状が届くとなれば無碍には出来ないだろうし、何よりちゃんと招待された上で来るのなら彼女はある意味管理下の中にあるということを意味する。
また家出されるよりはマシと判断されるに違いない。
「うん。本当、本当」
「隆景…! お前は良いやつだな…!」
「あはは。ありがと」
彼女に出会ってから六日目、既に彼女が喜ぶ時に抱きついてくる癖にも慣れてしまった。
一週間博物館惑星に滞在を許された彼女の案内役をほぼ任されたのも起因しているらしい。
「隆景、明日は仕事か?」
ぎゅ、と背中に回っていた腕に力が籠もる。
続く言葉は容易く想像出来て、隆景は回された腕に自分の手を重ねた。
「ううん。明日はお見送り行くよ」
幸いなことに特段仕事も忙しくない。
隆景がアリスの案内役兼世話役を引き受けた代わりに、仕事が余り回らないよう調整されているようだった。
明日も特に急ぐ仕事はなかった。
「……いや、……隆景。あのな」
少しだけ歯切れの悪い返事をアリスが返す。するりと腕が解けて、間近で見詰められた隆景は首を傾げた。
「悪いんだが、明日は―――」
***
カンカンと金属製のテロップを上がってアリスはターミナルを振り返った。
来た時と同じように晴天が広がっている。風が吹いて艶やかな髪が宙を舞った。
「……アリス、良かったの?」
そんな彼女の様子を見留めてオズが苦笑した。質問に小さく「何がだ」と返したアリスの表情は、しかしながら晴れることはない。心底名残惜しそうな様子に同じシャトルに乗り込むオズもギルバートも何も言えなかった。
「友達、出来たんだって? アリス」
「出来た」
暫く眺めていた景色を振り払うようにシャトルに乗り込んだアリスの背中にオズが声を掛ける。
ぶっきらぼうに短く返される言葉に、一週間ホテルの手配などで一緒に過ごしたギルバートが心配そうな視線を向けた。
大股で歩き、さっさと座席に腰掛けたアリスの向かい側にオズは腰掛ける。
「見送ってくれるっていってたんだろ?」
「……ああ」
「良かったの? 断って」
「お願いしたんだ」
膝の上で組んだ手に視線を落としてアリスは言う。
「……名残惜しくて帰れなくなるから」
「そっか」
アリスの言葉にふっと笑って小さな子供に親がするようにオズは頭を撫でた。
「良い子良い子」とわざわざ言葉付きで撫でた後、それを止めさせに掛かったアリスを見詰める。
「……なんだ?」
「ううん。アリスが楽しそうで良かったと思って。でも、もうこんな無茶はしないでくれよ? 大変だったんだから」
さらりと言われた言葉が、しかし大変な現実味を帯びていることくらいアリスにだって分かる。
誰にも告げず無断で家を抜け出し国を出てシャトルに乗ったのだ。家に帰ったらどれくらい叱られることだろう。もしかしたら暫くは謹慎かも知れない。
覚悟の上ではあったが考えれば気が滅入ることばかりでアリスはふるりと首を振った。
「もうしない」
「うん。約束だぞ、アリス」
神妙な顔つきで頷く彼女に、安心させるように笑いかけてオズはシャトルの窓から僅かに覗くターミナルに視線を移した。
簡単に”大変だった”と言ったが、本当に大事ではあったのだ。
貴族の中でもアリスの家は王家に連なる家である。随分と末席にはなるがアリスにだって王位継承権が下りてくる程には、繋がりがあるのだ。そんな彼女が何も告げず急にいなくなったらまずは誘拐が疑われる。
自国に反感を抱く他国の仕業か、それか内部の反政府勢力の仕業か。一時は本当に緊迫した事態に陥りそうだったのだ。
外交官として勤めているオズにとっても気の抜けない状況だった。
それがターミナルの監視カメラに残っていた映像と顧客情報で、この人工惑星に向かったらしいと推測出来た時には本当に胸を撫で下ろした。
今は小競り合いもなく平穏に過ごしてはいるが、サランダという国は数年前まで小競り合いが多発する地域に属していて、サランダも例に漏れず国境を争って小競り合いが絶えない国であった。
大分改善はされたが、国境付近の街に行けば治安はまだ決して良いとは言えない。国交間の問題にも大分慎重である。
そんな中でのアリスの失踪事件は、彼女が思っているより国の中で大問題となった。
結果的に何事もなく彼女の家出で済んだ訳だが、アリスが戻れば一端だけとは言え、こってり絞られるのは明白である。
それが分かっているからこそ、オズは強く非難することはしなかった。
「……ん?」
ふ、と。
ターミナルのガラス張りの待合室に隣接する通路で此方に向かって手を振る人影に目を留める。
距離にしたら大分あるのだが、今此処についてるシャトルはオズ達の乗り込んだ一機のみなので、間違いなく乗り込んだ誰かの知り合いだろう。
「どうかしたのか? オズ」
「いや、あそこにさ…」
じっと外を見詰めるオズに気付いてギルバートが声を掛ける。
それにつられてアリスもシャトルの外に視線を向けた。
遮られた分厚い保護ガラスの向こう側で手を振っている小柄な少女がいた。
白いパーカーに涼しげな色の半ズボンという出で立ちの少年じみた格好をした、
「隆景?」
見送りはしないでくれ、と頼んだはずの隆景がいた。その隣には控えめに手を振るヴィンセントも見える。
「お友達?」
「うん。来るなって言っておいたのに」
ぺたっと窓に張り付くように目を凝らすアリスには一生懸命手を振る隆景の姿がしっかり見えている。
何を言ってるかは全く聞き取れなかったが、シャトル内に繋がった外部用通信回線が開いて画面が映し出された。
”また、遊びにおいでね。アリス”
滑らかに文字が浮かび上がるのを横目で見て手を振る。その横でオズが驚いた表情を浮かべたが、アリスは気付かない。
ただ家に戻って一段落したら新しく出来た友達にメールしようと心に決めた。
***
「行っちゃったね」
「ていうか隆景、来るなって言われてたんじゃないの?」
シャトルがポートから出発するまで手を振り続けた隆景がゆったりと手を下ろす。
隣で呆れたように声を掛けたヴィンセントに隆景が言う。
「寂しいから来るな、なんて。また会えるのに、そうやって見送るのを諦めるのもさ」
「……そう。でも良く間に合ったねぇ。さっきまでアポロンにいたじゃない」
「ザクスさんを捕まえたんで、車かっ飛ばして貰った」
「帽子屋さんに? すっごい無謀」
アポロンに相談に来ていたザークシーズを捕まえてシャトルターミナルまで飛ばして、とお願いしたら何も理由は聞かず二つ返事で乗せてくれたのだ。確かに飛ばしてといったが、あまりの飛ばしっぷりに流石の隆景も内心肝を冷やしたことは確かで。
「うん。ちょっとドキドキした」
「でしょー。だからレイムさんいる時はエノーは運転させて貰えないんだよ」
何か秘密を教え込むように人差し指を立てて笑うヴィンセントが「姉さんに今度会えるのはいつかなぁ」なんてぼやく。
隆景にも姉はいるが、どうにも仲が良いことだ。
「よし、そろそろ戻るかなぁ」
「ねぇ、隆景? 本当にまたアリスは来れると思ってるの?」
くるりと踵を返した隆景の背中に、少しだけ落とした調子のヴィンセントの声が掛かる。
肩越しに振り返れば、いつもと違った温度の低い探るような視線を向けるヴィンセントがいる。
その視線を真っ向から受け止めて隆景は笑った。
「当たり前でしょ。だから”またね”って言ったんだから」
アリスが彼の国で決して軽んじられる立場にないのは既に知っているが、隆景は自信があった。
確かに問題を起こしたのだから暫くは大人しくしていなければならないだろうが、彼女はまた此処に遊びに来るだろう。
今度は招待状を持って太陽みたいな笑顔で、きっと「来たぞ!」と言うのだ。
それが容易く想像出来て隆景は、頭の隅で小さく疑問を示した自分のデーターベースに囁くように教える。
(――これが人間の、当てにならない確信だよ)
隆景を探るような目で見ていたヴィンセントもふっと表情を緩めて。
「ほんと……、隆景には参っちゃうねぇ」
と笑って呟いた。
>>ばいばい、またね、アリス…!
お転婆お嬢さんの続き。
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