忍者ブログ
謂わばネタ掃き溜め保管場所
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

細い音を伴って柔らかに溶ける青がある。じっと見つめた一点に濃紺の服を纏った少女の域を抜けていない容姿の女が一人。極端に薄い色彩の髪を纏め上げてある、簪の飾りが華奢な音を立てて揺れた。視線を落とせば女の傍らに横たわるもう一人。

「姉さん」
「ああ…、静」

呼ばわった抑揚のない声に返される言葉は凛とした響きを持って、落としていた視線をあげて女は微笑んだ。泣きそうな笑顔に時が来たのだと声を掛けた静は納得する。するりと魂の声が、この蒼の海に沈み込んだ城にいつも絶えないその声が途絶えた。この時だけは誰も何も言う権利は認めぬと世界が定めたかのようにぱたりと音が止む。
一瞬、瞬きするのも忘れて静はその場に立ちつくした。

「……身罷られてしまいましたか」

とそこに静かに空気が落ちる。入り込んだ気配に静が口を開く前に姉である女が鋭く声を投げた。

「何用か? 精霊王。門は閉じていた筈だが」
「これは厳しい。私はただ、友人が亡くなったので最後の別れに来たまで」
「……精霊王」
「寂しいでしょう?」

呟かれた言葉は即座に否定で消される。

「莫迦なことを」

一歩と足を踏み出した女が幾分と自分より目線の高い相手に、恐れることなく視線を合わせた。

「嬉しいこととは言い難いですが、ご即位を祝福します。冥王」
「……受け取りにくい言葉だが受け取っておこう、精霊王」

毅然と返し魂の管理者である王になったばかりの女はふと一言も話さない弟に視線を向けた。
先程逝ったばかりの父譲りの白さと容姿の弟が何かを探すように視線を彷徨わせる。
魂の声は未だ聞こえず静寂でともすれば気が狂ってしまいそうだ。

「……静?」
「精霊王。……父から言伝です」

口を開いた静が目を伏せる。父親譲りの容姿の中、唯一とも言える母譲りの夜空を思わせる深い色の瞳が隠れた。

「何て? 漣はなんと?」
「…”責めてはいけないよ。世界も自分も、何もかも”」
「…そう。ありがとう」
「精霊王アシェア、今日はどうかお引き取り下さい。……明日には門を開きます。改めてお越し下さいませんか」

ゆっくりと礼の形を取った静に歩み寄った精霊王が一度と女を振り返った。

「いえ。もう良いです。ありがとう。………無粋な真似をした。許して下さい」

白い外套を翻して空気に溶けるようにいなくなった精霊王の姿を見送って女は小さく息を零した。
気遣うように視線を投げる弟に気付いて微かに笑いかければ、静も同じように微かに笑いかけて寄越す。
音を立てぬように姉に近づいた弟が寝台に横たわり眠る父の顔を窺うよう覗き込んだ。穏やかに眠りにつく顔はまだ若い。冥王は人の身として生まれながら人としての輪を外れ、全ての魂の輪廻を管理する世界の仕組みの中で唯一揺るがない立場を持つ。父の姿は先々代から名を継いだ時から長い間、一つも変わりない。
王の座を降りる時は輪廻に戻る時。
王の引き継ぎは先代の死を持って為される儀でもある。

「………静」
「怒らないでくれますか、姉さん。少しだけ力を使いました」
「…父様が望まれたことか」
「はい。そして僕も望んだことです」
「ならば責めようがない」

苦笑する女が労るように眠る父親の顔に掛かった髪を払う。
静寂と波の音、今はそれ以外の音の排除された城は二人には広すぎた。
泣くことは出来ない。定めであるから。予め知っていたことであったから。
黙って父の顔を見守る姉の手を弱くはない力で静は握った。一瞬驚いた女が支えをずらすように弟の肩により掛かる。海上に存在する魂の管理者の居城にこの日、終ぞ常響く魂の声が一つも上がらなかった。



>>久しぶりに100題の冥王さんち。冥王さんちは書きやすいのです。
   実は漣お父さんが一番性質が悪い人なのかもしれない(笑

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
08 2024/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
プロフィール
HN:
くまがい
HP:
性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
忍者ブログ [PR]