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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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その日、急な呼び出し音に首を傾げた隆景は呼び出し相手が珍しい人間だったので素っ頓狂な声を上げた。

―――フィッシュ竹中さんだ。
―――《その勇気だけは評価に値するね。隆景くん》
―――ごめんなさい。えぇと僕に何の用?
―――《………こんなことを聞くのは誠に不服なんだけれど》
―――……うん?
―――《君、元就を知らないかい?》

その言葉にさらに隆景は首を傾げるしかない。
元就はミューズの職員であって、部署で言うなら管理部にいる隆景よりもミューズ所属である竹中の方が捕まえやすいはずである。
挙げ句、研究者としては割と律儀な方で事前に話しさえ通しておけば門前払いもボイコットも余りしたことがないので有名なのが毛利元就という学芸員だ。
それは調停者であるるアポロンの職員に対してもそうだし、同部署のミューズでも異部署のアテナ、デメテルであっても滅多に有ることではない。となれば―。

―――急な用だったの?
―――《違うよ。君が思ってるとおり珍しい事態なんだよ》
―――珍しい事態だから、僕にも珍しい人から通信が入るわけだね。
―――《まぁ、そういうこと。それで―?》
―――申し訳ないけど僕は知らないよ。他を当たって。何なら申請して貰えば権限を使って捜せるけど。

回線越しに盛大な溜息が聞こえた気がした。
どうやら自分に回ってくるまでにもう数人に連絡をしているらしい。

―――《そうだね。もう少しして見つからないようであればお願いするかもしれない。ありがとう》
―――いえいえ。此方こそお役に立てずごめんなさい。

気にすることはないから、と言って切られた通信。くるりと回ったもう一つの着信のサインに「はぁ…」と溜息を吐く。すぐに出なければなるまい。

―――もしもし?
―――《今、重治から連絡が入ったな?》
―――はい。読み通り。
―――《我はこれから接続を全て切る。………粘ってアポロンに捜索願が入ってお前に振られても突っぱねろ》
―――……………無茶言うね。
―――《頼む》

短くそう言われて隆景はもう一度溜息を吐く。この人のお願いには弱い。とことん弱い。
母親が早くに亡くなり祖母が扶養をしてくれたが、祖母はその道では知らぬものはいないと言われるくらいに医者として良い腕であったし、そんな状態だったから家に帰ってくることも幼い時分は少なかった。
そんな時なんやかんやと世話をしてくれたのが今の通信相手、―先程捜索されていた毛利元就という隆景とは親戚にあたる女性である。
毛利宗家は日本の中で芸保持者として多くの能の舞手を排出する名家ではあるが、元就自身は女性であるし上に兄もいたので宗家では肩身の狭い思いばかりをしていたらしい。いずれは同じような名家に嫁ぎ家の名を残す、今となっては古くさいしきたりを幼い頃から押しつけられ、それに対し抵抗はなかったのだと昔寂しげに笑っていたのを思い出す。
いつかは、と思いながら世界を知った彼女が選んだ道は何とも家族全員が反対をするほどのものであったのだが。
そんな中で祖母が「いいじゃないか。家は興元が守るのだし、今更名の残らない家ではあるまい」と彼女を庇ったのだ。
結果として家族全員を納得させた元就は現在アフロディーテの職員としてミューズに在籍しているのだが、今でも毛利方では彼女を家に連れ戻したいと思っている人間がいるらしい。
実兄である興元が「元就には元就の決めた道を、好きな人と一緒になって欲しい。当主である私の決めたことに対して意見がある者が有ればどうぞ遠慮無く言うが良い」と、その普段は穏やかな性分で知られる当主が凛然と言い放った言葉で静かになったとか。
続柄的には又従兄弟である隆景は、取り敢えず自分がそんな本家筋の人間ではなくて良かったと常々思うところである。何をするにしても自由にならないなんて。
それが嫌で家を抜け出すように医者になった祖母の気持ちが分からないでもない。

―――ねぇ。一つ、聞いても?
―――《なんだ? 簡潔に》
―――何から逃げてるの?
―――《音、か…。……済まないが時間切れだ。宜しく頼む》

最後は半分強引に通信が切られた。通信を繋げようとIDをコールしても未接続と出るのみでこれ以上のコンタクトは無意味と物語る。さて。

「………何から逃げてるの、お母さん」

”お母さん”。
幼い隆景は自身の母親が亡くなって暫くした後、頻繁に様子を見に来てくれるようになった元就をそう呼んだ。
まだ若い未婚の女性ならば気にするであろう呼び名であったのに彼女は一つも嫌な顔をせず答えてくれたものだ。窘めるときに「しかしお前の母親はちゃんとそこにいるであろう?」とすっと細い指で遺影を指す仕草は穏やかだった。
客観的に性格を比べたら母親と似ているところは余りないように思う。容姿は流石血縁者だからか多少は似通っていたが、それでも間違う程ではない。
ただ寂しくて家で蹲っていた自分にそっと差し伸べられた手の温かさが、母親が名を呼び抱き上げてくれた温もりによく似ていた。


「…………げ」

思い出に浸っていた隆景の脳裏に警鐘にも似た赤いサインが送られる。それは本当の音として表現されるものではないのに鮮明に隆景の感覚を揺さぶった。取り込み中のスタンバイ状態であるから通信はすぐに繋がらない。
通信元はアポロン。職員は―。

「無視…した方が良いのかなぁ」

途方に暮れた隆景の呟きに答えは返らない。ただ先程の通信で頼むと言ってきた元就の、間接的であれ味方の立場に回るしかないだろうと客観的に思った。

 

 

 

「……っかしいな」

いつまでも通信に出ようとしない相手にぼやく。重大なことがあるのに職員が一人出てきませんので捜索して下さいとミューズから依頼があったのはつい1時間ほど前だ。
いつもは問題を余り起こさない人物である。だからこそ意外と言えば意外なのだがかくれんぼは上手いらしい。
ミューズより上位権限のアポロンの職員が探し始めて今まで監視カメラにも移らず逃走しているようだ。

「隆景ちゃんに繋がらない?」
「ああ…はい。駄目っぽいです」
「仕方ない。とりあえず俺たちだけで捜すしかない」
「分かりました。慶次さん」

自分と同期で入った<ガイア>の少女であれば自分よりももっと上位権限で隅々まで見れるのでは…と思ったが、仕方ない。
もう一度と何度目になるか分からないセキュリティセンターの監視カメラのログにアクセスをする。
アフロディーテ内の様々な場所が映し出されるのに、捜し人は見つからない。

「……”ハルモニア”を捜せ…って容易じゃないぞ。これ」

ぽつんと呟きにも似たぼやきにまぁまぁと慰めるような慶次の声が掛けられた。

 

 

 

アポロンに緊急で依頼された内容は”ハルモニアを捜せ”ではなく、正確には”カドモスとハルモニアを捜してくれ”である。
漏れなく入る緊急のメッセージに同時に立ち上がったのは隆元と元春だ。お互い顔を見合わせると同じ部屋でお茶を飲み寛いでいる人物に視線を向ける。
来客用のソファに座って悠々と緑茶を啜っていた女性が口元に薄い笑みを浮かべる。

「その様子では、あやつらそろそろ手段を選ばなくなってきたな」
「……あの、それどころか私達にも捜索命令と、この部屋のカメラが機能してないので映像を早く回せと言われましたよ」
「仕方ない。そろそろ此処にも居られぬか」
「てか…なんでそんなに必死で逃げてんの?」

ソファから音も無く立ち上がって傍らに置いたショルダーバッグを肩に掛けた元就がふと思案するように顎に手を掛けた。
肩の手前で切り揃えられた癖の無い髪が揺れる。

「したくも無いことをさせられそうなので…な」
「はぁ…」
「邪魔をした。我が出て行ってから5分後にカメラと通信を入れよ。…であれば問題ない」

さらりと別れの挨拶をして堂々と部屋を立ち去る元就を見送って、隆元と元春は溜息を吐いた。
脳内では緊急を示す信号だけが流れている。極秘の緊急回線となれば一大事でもあるのだが…しかし一体どうして。

「今日は何かあったんだっけ…」
「ミューズで詩詠い達がなにかやるとか…そんな話は聞いてたけど」
「………関係ない、よね? 専門違うし」
「だと思うけどな」

肩を竦めた二人が通信を入れたのはきっかり5分後。
隆景同様この二人も元就には弱かったらしい。

 

 

 

今日は災難だなぁと明らかに見て取れる苛々した雰囲気を醸し出す人物に隆景はこっそり溜息を零す。
随分と粘って通信拒否をしてきたのだが、通信が出来なければ生身と割とあっさりと確保されてしまった。
脱色したかのような白に近い癖毛の髪を指先で弄びながら、不機嫌オーラ全開の竹中半兵衛重治はここぞとばかりに畏まって座っている隆景に畳み掛けるように言葉を浴びせた。
言葉遣いは丁寧だがかなり怒っているようである。

「………そんな事言っても」
「嫌でも捜して貰うよ」
「だからさ」
「もう限界なんだから」

一通り捲くし立てたからか多少肩で息をしている半兵衛を他所に隆景は首を傾げる。
たった一人。詩詠い達の会合に何故関係の無いはずの人間を、しかも躍起になって捜さなくてはならないのか。
未だ腑に落ちないと心中零せば、接続されたガイアが何かのデータを弾き出した。

「………何、これ。”Harmonia”?」
「君、僕が言ったことちゃんと聞いてなかったね?」

思わず呟いた言葉に冷たい半兵衛の言葉が返る。どうやらこのデータに関係することを先程話されたらしいが、如何せんとりあえず流しておこうと話は殆ど受け流してしまっていた。
改めて説明が欲しいかと聞かれふるりと小さく首を振った。
説明は必要が無い。接続されたデータベースが既に関する情報を検索し結果を表示している。

「つまりは何。……<アグライア>って相当負荷掛かってるってことじゃないの」
「そうだよ。データベース以外にアンプとしての役割も果たすなんて尋常じゃない」
「詩詠い達が回線を通して共有する擬似サーバーが<アグライア>内に存在してて、それは負荷が掛かれば少しずつ狂ってく。……でも毎年やってるんでしょ? 調整」
「してるよ」
「それじゃ今までの方法で良いじゃない」
「駄目なんだよ。今年は……負荷が掛かりすぎてる。君の詩詠いのせいでね」

詩詠いと呼ばれる学芸員は少し特殊だ。
歌、声を脳内で直接繋がったデータベースを介す事により、回線をアンプ代わりにして特定の美術品に干渉を引き起こす力を持つ。
ただ普通に機能しているデータベースを限られた詩詠い達が違う用途で使おうとすればデータベースの処理速度は比較するまでも無く低下した。
それで考えたのが、同じデータベース上に擬似サーバーを置くこと。専用回線を設けることであった。
歌の為だけに使われるサーバーは、どういう仕組みか矢張り音によって調整するらしい。
そしてその音が”Harmonia”。
調和と秩序の意味合いを示すその名の音。

「冬さん悪くないもん」
「悪いなんていってない。けど紡ぐ頻度が増せばね、負荷も多く掛かるって話だよ」

やれやれと肩を竦める半兵衛を横目にそれと今探す人物の関係性をガイアに求める。
しかしガイアの検索結果は0。データベースに乗らない情報だというのだろうか。

「ね、ちょっと良い?」
「何だい? そろそろ質問タイムを終えて捜してもらいたい所なんだけど」
「それなんだけど。何で元就さんを捜すの?」

目を丸くした半兵衛が、ゆっくりと口を開く。

「君、頭の回転は良いと思ってたんだけど。…普通気付かないかい? 元就がその”Harmonia”なんだよ」

―ガイア。最大限の権限を使って<アグライア>における”Harmonia”に関する情報を検索して。

投げられた言葉と同時に隆景はデータベースに指示を出した。
数秒後に検索結果が表示されていく。<アグライア>内における詩詠い専用サーバーの開設時に立ち会った学芸員の一人から得た音をサンプリングしたものをHarmoniaというのだと情報は伝える。
ならばその学芸員は?

「………ああ」
「納得してくれたかい?」

脳内ではガイアが検索した”Harmonia”が流れている。それは昔、寝付けずに布団の中で聞いた声に良く似ていた。
子守唄。そう、子守唄だ。

「でも詩詠いじゃないのに」
「僕も立ち会っていたから、あれだけど…当時から居た詩詠いの音では駄目でね。受け付けずに途方に暮れていたところで元親が持ってきた音源を使ったのさ」
「それが、これ?」
「そう、それ」

ともすれば夜のしじまにさえ溶け入ってしまいそうな音。
母親と同じ子守唄を歌ってくれた声と全く同じ―。

「……サンプリングした音で今まで調整してたんでしょ? 駄目なの?」
「だから負荷が今までの比じゃないんだ。サンプリングでは限界がある。だからこそ直接歌って貰うつもりだったんだけど」
「ボイコット…」
「何を考えてるんだか」

溜息は半兵衛のものだ。
サーバーの調子はどうやら本当に良くはないようだ。詩詠いの中にはその狂い始めたサーバーの状態の為か体調不良を訴える者まで出始めているらしい。しかし、頼むといわれたからには。

「あれ? そういや」
「うん?」
「元親さん、は?」

ふと過ぎった人物の名を出せば眉間に皺を寄せた半兵衛が「あの馬鹿」と珍しく悪態を吐く。
組んだ腕を組み直して

「あれも何でか行方不明なんだよ。本当に全くもう」

その言葉に笑ってしまう。
成る程。だからアポロンからガイアに送られた緊急回線のメッセージは”カドモスとハルモニアを捜してくれ”になったわけだ。
カドモスは調和の女神の夫となった英雄。
調和の女神には呪いの品が送られ子供達は不幸な死を次々と迎える。二人はこれ以上自分達の国に神の呪いが降りかかるのを恐れ放浪の旅に出たという。最後には人の姿ではなくなるが、二人はその後至福の島に送られたとされる。
此処は、ならば二人にとって至福の島となっているのだろうか。

「…あ」

その時。
丁度その時、声が聞こえた。
声とも言い難い微かな音が鼓膜を震わせる。回線を通じたその音は、確かに。そう、確かに。


「お母さんの子守唄だ」

呆然と呟いた隆景に、同じように視線を上げた半兵衛が苦笑する。
同じように隣接していた部屋に集まっていた詩詠い達もその音に聞き入る。その中に自分の想い人が居て、その人が視線を合わせて穏やかに笑ったので隆景も笑い返した。

 

 

 


風が強い。
この場所はアポロン管轄でアポロン職員以上の権限がなければ入れないブロックであるため、自然と捜索を免れた場所だ。
それに監視カメラの死角でもある。
滅多なことが無い限り見つからない絶好の隠れ場所に座っていた元就がゆるりと振り返った。
近く潮の香りがする。

「ったく。もう本当お前のかくれんぼの上手さには呆れるぜ」
「良く言う。共犯であろうに」
「まぁな」

笑って隣に腰掛けた元親が今まさに沈もうとする夕日に目を細めた。赤く、紅く世界は染まる。
それは調整された中でも美しい。

「……んで?」
「専用回線のパスは我も持っておるのでな。……とりあえずこれで問題ないだろう?」
「どうせ歌うんなら素直に歌ってやりゃ良かっただろ?」
「……見世物になるのは好きではない」

きっぱりと言い切った元就が視線を赤く染まった海へと向けた。
端から宵闇の藍が混ざっていく、刻一刻と色の対比の変わる景色を眺めながら波の音を聞く。

「……ハルモニアってぇのは大層な名前だよなぁ」
「母親の名前だろう」
「うん?」
「ミューズの母親の、…これは所謂子守唄なのだから」

隣で笑った元就の言葉の真意が取れず元親は条件反射で自身の回線を繋げてしまった。途端、回線を遮断していた間の通信履歴がリストになって押し寄せてきて思わず唸る。
その中に一つ。緊急と位置づけされて何名かのアポロン職員に渡っていたメッセージがあった。
”カドモスとハルモニアの捜索を依頼する”。

「…どうした?」
「いや。俺達、夫婦って思われてんのな。って思ってさ」

思わずにやけた元親が、素直に問いに答えれば一瞬目を丸くした元就がその後ついと視線を逸らした。
その顔が赤く染まったように見えたのはきっと夕日のせいだけではない。






>>BASARA寄り分類不可博物館惑星パロ。
   ハルモニアはアフロディーテの娘。一説ではミューズの母親。

   しかしハルモニアと聞くと 「ねぇ、きこえますか」の印象が強い(笑

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性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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