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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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「いつものようにジェバンニを迎えに回しましょうか? …一人で大丈夫ですか?」
『うん。大丈夫。母さんが家に着くまでにはちゃんと帰ってるから』
「………分かりました」
『それじゃ、また後でね』
ツーツーと通話の切れた音が受話器から流れるのを聞きながら、一拍置いてニアは通話終了のボタンを押した。
床に放り出せば少しだけ鈍い音で床に敷かれていた絨毯が受話器を受け止める。全体重を座っていた椅子にもたれ掛けると背中から小さく笑い声が聞こえた。
「何です?」
「…いいえ、振られてしまったわね」
そっと肩に置かれた手は丁寧にマニキュアの塗られた女性の手だ。見事な金髪で長身の女性はニアが”L”の名を継ぐ前から捜査員としてニアの下で働いてくれている。年を重ねても衰えることのない美貌を持つ彼女はニアが無類の信頼を置く人間の一人だ。
「子供は難しいですね」
「あら? ニアにも難しいと思うことが?」
素直に弱音を吐いたニアに女性、―ハルが少しおどけた様子で問い返す。見上げて視線の合った先でニアがふっと力を抜くように笑んだ。
「私は人間性が人より無いらしいですからね。難しいことだらけですよ」
幾ら難解な問題を苦労することなく解けようが、人より優れた思考回路を持ち合わせていたとしてもニアには社交性の薄さという欠点があった。加えてこれは元よりなのか、自己の感情を表すことも他に比べて希薄である。だから誤解されるのだ。無機質で人間ではないようだと心無い人間が心無い言葉を浴びせる。
しかしニアも人間である以上決して感情がないわけでも人間らしさを損なったわけでもない。人よりも表に出ないだけ、それだけのこと。言い換えれば強く傾向が現れた個性の一つである。
ニアを良く知るハルにしてみれば、ニアの言葉に異論を覚えて当たり前だった。
「それは卑屈ね」
「……事実ですよ。良く言われるんです」
くすりと微かに笑ったニアが肩に置かれたハルの手に自身の白い指先で触れた。
ハルの爪に塗られた赤のマニキュアとニアの肌の色は幻覚を見たかのように良く映える。
「…本当、難しいですね。……母親というのは難しい」
「……ニア」
「私は、あの子に………辛い思いばかりをさせているんじゃないか…。そう考えると、いつもどうしていいか分からなくなる」
表情には困った様子などおくびにも出さずそう言ったニアに、ハルが年下の姉妹をあやす仕種で頭を引き寄せて優しく撫でた。極端に人との接触を嫌うニアはそれでも拒絶を表さない。
一つ、態度で確認出来る信頼の証でもあった。ふわりとした癖毛の感触を指で感じながらハルが呟く。
「そうね…。親子の問題は難しいわ。一人だけの問題じゃない」
「…はい」
ハルの言葉に頷いてニアは瞳を伏せる。
如何なるロジックを組み上げられる天才的な頭脳を持つニアは時折途方もないとそれを持て余すのだ。
親子の何たるかを客観的に見ることは出来ても主観的にどうしていいのか分からない。……ニアは親から貰った愛情を倣って子に与えられる程、親の愛情を十分に貰ってはいない。
「……感謝してます。リドナー」
「…えっ?」
「貴女たちには本当に感謝している」
家族を良く知らないニアが子供一人、しかも世界の切り札としての役目を果たしながらこれまで育てられてきたのにはハル達の存在が大きい。
言外に含ませた意味を誤ることなく受け取ったハルがにこりと笑う。
「どういたしまして」
言葉と共に引き寄せていたままだった頭を抱き締めて大丈夫よ、と言ったハルをニアが不思議そうに見上げる。
「………リドナー?」
「大丈夫よ、ニア」
軽く片目を閉じて静かだが自信たっぷりに言うハルにニアは否定の言葉ではなく微かに笑って「そうでしょうか」と言うだけだった。


***


月がユイの前に現れてから既に二週間が経った。
学校に行く際も時折ついてくる月は今日もユイと共に学校で一日を過ごした。
大丈夫なのか、と背後から掛かる声に答えず肩からずれ落ちてきた鞄をかけ直してユイは足早に道を歩く。
母が帰宅する時間が何時になるのか、具体的な時間は分からない。
だからなるべく早く用事は済ませねばならない。
「おい」
「………」
「聞いてるのか?」
一本路地裏に入ったところでユイが振り向く。そして溜息一つ、
「あのね、僕が誰もいないのにぶつぶつ会話してたら変な人に思われるでしょ」
「……お前本当に可愛くないな」
「貴方の子供なんだから仕方ないんじゃない?」
やれやれと肩を竦める月にユイもまた眉間に皺を寄せることで不機嫌を表して踵を返した。
特別な養育施設ではなく、普通の子供と同じ学校にユイが通うのは何より母親たっての希望だった。
才覚があるのならその分必要なことは学校でなくても教えられるとさらりと言ってのけた母親が、ただ普通の子供と同じ学校にと思ったのは、ユイの特別な家庭環境と母の自分のコミュニケーション能力の低さを危惧してのことだったのかも知れない。
確かに父と母の才能を多少なりとも継いだユイにとっては、通っている学校の学習プログラムは低レベルだ。
母の知り合いや、ネットを通じて特別に講義を受けたりもするのだが、その知識は既に大学レベルであったから、学校には寧ろ友人達に会いに行ってるようなものだった。
「……学校、楽しいか?」
ふと月が迷わず路地を歩いていくユイの背中に声を掛けた。
その声は神妙だった。だから月が今どんな表情をしているか知りたくなってユイは振り返る。
「楽しいよ」
「馬鹿ばかりだろう?」
「…それ、学力の話? それなら確かに僕の方がずっとずっと上だけどね」
月の表情は真剣だ。ただユイに真剣に問うている。
「人間って学力とか、頭の良さだけではかるものじゃないでしょ? 馬鹿だけど凄くいいやつとか、いるでしょ」
「退屈だろう?」
「退屈? しないよ? 確かに学校で同じレベルで話せる友達はいないけど…、面白いこといっぱい知ってるよ。僕の目に映る世界はきっと、その子達と同じなのに少し違うように見えるんだって思ったら面白いよ」
「……お前、変わってる。その考えはニアとも僕とも似てない」
ふるりと力無く月が首を横に振った。
声音には不思議と寂しさとも悲しみとも取れる何かが滲んでいる。
「父さん?」
「………僕は、退屈だった」
ぽつり。
何か大切に埋もれていた真実を掘り起こしたような言葉だった。言うなれば告白だ。
そしてその言葉が何を指しているのかユイは簡単に思い至る。初めて学校に着いてきた時から、月は観察するよう感情を余り浮かべずユイのことを眺めていた。何故? と思ったが理由は今の月の一言で十分理解出来る。
月は自分とユイとを量ったのだ。若しくは同じような思いをしてるのではないか。
学校の中、社会の中、誰とも寄り添えず、本当の意味で理解されず出来ず、孤独と退屈を持て余していた月と同じ思いはしていないかと。
俯いてしまった月が泣いているかも知れないと不思議と確信に似た思いで手を伸ばす。月が望まなければ触れられないことは承知だったので、きっと宙を掴むだけだと思ったが、ユイは父親の自分によく似た顔に指先を届かせた。
「きっと、僕も。………一人だったら退屈だって思ってたよ」
そして、指は月に触れた。
ユイの手を月が拒まなかった確かな証拠に内心ユイは安堵する。
「理解してくれる、……そんな人がいなかったらそう思ってたよ」
同じレベルで話せないと壁を作る前に、きっともっと幼い頃に、月には物分かりが良いから分かるだろうと突き放されてきた事実があるのだ。幸いなことに頭の出来が良いからと言って心まではそうはいかないと今の”L”であり母であるニアはユイを突き放さなかった。そして、色々と手の回らないニアの不慣れな全てを助け支えてくれた存在があるのをユイは知っている。
「参ったな」
「……え、何?」
「あいつ…、ちゃんと子供を育てられるじゃないか」

―こんなに良い子に。

最後の一言は掠れて、片手で顔を覆い隠してしまった月の表情は見えなかった。
僅か鼓膜を震わす程でしかない小さな声は手を伸ばしたユイには届き、ただ黙って今度こそ泣いてしまった父親に笑いかける。
暫くして指の隙間から顔を覗かせた月もまた、ユイに少しだけ不器用に笑いかけた。
初めてユイが見る不器用で優しい笑顔だった。
だからこそ母に感知されないよう少しずつ調べて見えてきた事実に心を痛める。
目の前にいある彼、父親である存在である月が何者であったのか。
(……、本当にそうなの、父さん)
幾ら巧妙に隠匿されていても真実があるのなら見つけ出す術はある。母親が昔言った言葉だったか。
そしてユイは一つ、母が隠し通そうとしていた父親の存在を紐解く鍵を当の父親本人から与えられている。
―名前。日本人にしては珍しい、響きのその…。
(父さんがあの”キラ”なの?)
月に触れた指先が感じた微かな温かさを確かめるように、指先に視線を落としながら声には出来なかった問いは、ユイの心に痛みを伝えただけだった。



>>4話目。
   落としどころを決めているのに、そこにいけない。
   なんか…非常に先行き不安な気になってきましたあれれれれ…(汗

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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