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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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砂嵐の中、はたはたと着込んだ外套が風に膨らみ宙を舞う。
肩から提げた箱状の機械を砂から守るように抱え込んだ少年の髪の色は青。柔らかそうな髪も宙を舞う。
一歩一歩確実に進む足取りに迷いはなく、抱え込んだ箱からは優しい音楽が流れていた。
ふと抱え上げてくれた手と声を思いだす。
起き出してから命令を聞いたのはたったの一度。そしてたぶん最後であるだろう事は分かっていた。
ゆっくりと少年は顔を上げる。
汚染されてしまったはずの世界の空は、綺麗な青をしていた。

 

***


「カイト」
呼び止められて青年は、誰だったかと声にあたりをつけて振り返る。人の良さそうな笑みを浮かべて手を振る中年の男性は確かに顔見知りだった。
「こんばんは」
「親父さんの葬儀は終わったのかい?」
「……家族っていっても、僕しかいないですからね。簡単に済ませましたよ」
「そうか。そりゃ、ご苦労だったなぁ」
「別に」
そう笑ったカイトに男性が少しだけ訝る視線を向ける。当たり前か。父親が死んだというのにまるで何事もないよう笑う相手を不審がったとして何らおかしくはない。
寧ろおかしいのは自分なのかもしれないとカイトは世間話をしていく男性に適当に相槌をしながら思った。
「それじゃ、気をつけてな」
「ああ、はい」
適当に切り上げて家路を急ぐ。
特段広くも狭くもない部屋に上着を脱ぎ捨てて、カイトはふと男性との会話で手に残った感触を思い出しそっと両手を握り込む。
幼い時分の姿をした人形。
最初に目を開けた時、じっと窺う視線を寄越し「ご命令は?」と訊いた声は人間と間違う程であった。
結局受け取って欲しかった荷物は何であったのだろう、とカイトは思案する。
あの見たこともない仕掛けの音の鳴る箱だったか、それとも自分の幼い頃に良く似た姿の人形だったのか。
実際の所よく分からない。
ただ記憶に埋もれて面影さえも忘れていた父は、記憶の中よりも小さく感じた。
葬儀はただ弔うだけの簡易なものであったし、亡くなった父に対面した時に悲しいとも思わなかった。
受け取った紙切れは主旨を余り得ていない遺言で、らしいといえばらしいと思って内心笑ったくらいか。
熱く淹れたコーヒーを飲みながら窓を見上げる。分厚いフィルター越しの空は青。本当に空がその色かは知らない。
「…、苦い」
考え事をしていて分量を間違えたらしい。想像していたよりも苦い液体にカイトは顔を顰めた。
”荷物を引き取れ”というのが遺言であって、その後どうすれば良いのかは書かれていなかった。
音の鳴る箱も自分に良く似た人形も、カイトが生まれる前にあった争いで失われた技術で作られたものだ。
父がどうやってその技術や、モノを手に入れたのかは分からない。
しかし漠然と自分も父と同じ末路を辿るのかも知れないと思った。
苦すぎるコーヒーを飲むのを諦め、流しながらぼんやりとカイトは抱き上げた人形の軽さを思い出す。
機械で出来ているのか、違うモノで出来ているのか。
自分の腕で持ち上がるくらいには軽かった。
『命令は、たった一つだ』
生まれ育ってきた街と、汚染され人が住めなくなってしまった世界とを隔てる壁の前で告げた。
カイトを見上げ、黙って次の言葉を待つ少年の頃のカイトと同じ姿の人形は一度だけ、笑った。
渡された歌う箱を大事そうに抱えて、誰もが越えようとしなかった壁を軽々と飛び越えて宵闇に紛れて消えていった後ろ姿。
箱から聞こえた知らない言葉で紡がれた音楽はカイトにふとした憶測を構築させた。
見たことがないのなら調べればいい。
大体の形状は分かっている、と葬儀を終え人形が壁の向こうに姿を消した後、父の部屋に残っていた古い文献を片っ端から漁った。傍目からは父の遺品を整理しているようにしか見えず不審がられない。
そして知った。
嘗て一定の周波数を介し音を伝える機械があったこと。人形に持たせた箱と機械の説明としてあった図解の絵は良く似ていた。
ならば、矢張りいつか。
この隔絶されてしまった世界は繋がるのではないのだろうかと思う。
ラジオは拾える周波数が無ければ、音を紡がない。
カイトの住む街に電波塔は無い。
この街にしか人が住む場所がなくなってしまっているのなら、ラジオから音が流れるはずが無かった。
ならば、他の場所で同じように人が住んでいて、一つの音が、歌が、それを持った”あのこ”がいつか其処に辿り着くだろう。
何年かかるかは分からない。
若しくは自分が死んだ後かも知れないと小さく笑みを零す。
それでも大事に抱えた箱と、カイトの意志を読み取ったように頷いた”あのこ”は世界をきっと繋いでくれる。
カイトはそう思った。

 

***


肩から提げた箱が、流れる綺麗な旋律と相反した雑音の混じった歌が、突然鮮明になる。
それは彼の主人が望んだことに近づいた証拠のようだった。遠く蜃気楼のように揺らめく鉄塔が見える。
弾かれたように少年は視線を箱に向けた。箱の様子は特に変わってはいない。空は呆れるほどに快晴。
「…マスター」
少年は知らず呟いた。肩から箱を下ろし両手で大事に抱えて空を仰いだ。
果ての見えない青空を眩しそうに目を細め見詰めた少年が、もう一度「マスター」と遠い、声の届かない相手に言い聞かせるように呟く。
少年が大事に抱えた箱からは、ノイズの途絶えた優しく綺麗な歌が流れていた。




>>KAITO。オールドラジオネタ。
   mixiにもサイトにも上げる前にこっちにちょとあげておきます。
   本当はもう少し練って色々一悶着とか、そんな話で書こうかなと思ったら…
   本一冊作れるくらいのネタだったという話。なので雰囲気重視で。

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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