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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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いつもより遅い時間にベッドから抜け出したユイは大きく伸びを一つしてリビングへ向かった。
テーブルの上に置かれたメモ用紙に目を留めると癖の無い母親の字が走り書きされていた。”少し出てきます”と書かれたそれに小さく苦笑する。
大体に於いて母の少しは少しではない。
今日は帰ってこないかも知れないと思いながらふと首を傾げた。
「……、あれ」
何か忘れているような気がする。
「随分呑気に寝ていたな」
「あ」
気配もなく頭上から掛かった声に昨日の出来事が一瞬でフラッシュバックする。視線を上げれば腕を組み薄ら笑みを浮かべた月と視線が合った。
「おはよう」
「…もう十時だがな」
「……本当だね」
嫌味な口調にも一晩で大分慣れた。さらりと受け流してユイはテーブルの上にあったテレビのリモコンを手にする。
壁に掛かったテレビが朝のニュースを伝えている。
「相変わらずくだらないことだらけだな」
「そう? それがいいとこだと思うけどね」
ニュースは最近起こっている窃盗殺人事件について報道しているようだった。ナレーターが早口で捲し立てるのを流しながらユイはキッチンから適当に朝食を見繕うことにする。
「お前はこれがいいことだっていうのか?」
「別にそうは言ってないよ。…何、父さんって潔癖症なの?」
眉間に皺を寄せてテレビ画面を見詰める月にユイは訊ねた。
人を殺して良いも悪いもあったものではなく、利己で殺害することは須く罪でしかない。情状酌量があったのだとしても人を殺すと言うことはそれなりに罪となり得るのではないのだろうか。
「どうしてそうなる?」
「いや、何となく」
ロールパンに齧り付いて答えれば頭上から溜息が降ってきた。
ユイはテーブルの上にパンとグリーンサラダの入ったボウルを置いてフォークでサラダを突く。
「お前」
「どうかした?」
「食べなさすぎだ」
「起きたばっかりだから」
「小食は母親譲りか?」
揶揄する口調に視線を上げればどうやら本当に心配しているらしい、初めて見る気遣う視線にユイは戸惑った。
何というか慣れない。今時片親というのは珍しくないが、ユイは父親という存在を生まれた時から知らない。母と共に仕事をする人間にはもし父親がいたらこんな感じだろうかと思ったことはあっても、またそれとは違っている。
死んでいるとはいえ、姿が若いとはいえ、本当の父親であるらしい存在だと言うだけでこんなにこそばゆい気になるものだろうかと思う。
「母さんは本当に食べなさ過ぎだと思うよ。僕は普通」
「そうか?」
「うん。だから大丈夫だよ。ありがとう」
笑ってユイは開いたままのノートパソコンに電源が点いているのに気付いた。自分は消して寝たのだから点けたのは母か、或いは。
「物にも触れるんだっけ?」
「ああ、それか」
「触れるの?」
「触れる。けど、それは僕が点けたんじゃない。ニアだ」
「………消し忘れ? 珍しい」
最後の一口、とパンを飲み込むとユイは慣れた手つきでキーボードの上に指を滑らせる。待機状態だったのかパソコンは直ぐに反応しメールボックスが開かれたままのデスクトップが表示される。
「……?」
「どうかしたか?」
「ううん、何でもない。…いや、何でも無くないけど」
「どっちだ」
画面に見入ったままのユイは横に音もなく移動し同じように画面を覗き込んだ月の様子を全く気に留めずキーボードを叩いた。幾つかの窓が表示されてプログラム言語が所狭しと並べられる。
「……これ、外部からアクセスされてる」
「悪戯か?」
「出来るわけ無いじゃない。ここのセキュリティなんだと思ってるの?」
隣でとぼけた問いをする月をじろりと睨み上げる。一応普通に生活するには気付かないよう配慮されているが、この居住スペースには厳重すぎるほどのセキュリティシステムが敷かれている。
全世界の警察を動かせる存在”世界の切り札”としての”L”の名を継いだニアが居を構える場所としては当たり前の措置だった。
「それはそうか」
「……うーん」
「放っておけ」
「でも」
「ニアがそのパソコンを出掛け際に点けていったんだ。間違いなくあいつが仕掛けた何らかの手だ」
キーボードの上に置かれたユイの手に重なるように月がキーボードの上に指を滑らせる。
淀みも迷いも無い慣れた仕種。
「手…って」
「……まぁ。これを囮にでもする気なんだろう? ……ほら、既に此処のセキュリティシステムの外に設定されてる」
とん、と画面の一点を指差した月は人の悪い笑みを浮かべた。
「全く意地の悪い手だな。あいつらしい」
「………気付かないよ、こんなの」
「気付かないからこその囮だろう? 相手に気付かれたら囮の意味はない。敢えて相手が乗ってくる場合にはまた別だろうけどな」
「父さん」
「うん?」
画面を見詰めていた視線を首を傾げることによってユイを見詰めた月が、じっと窺う視線を受け止める。
自分をそのまま幼くしたかのような容姿のユイが唯一ニアから受け継いだ深い色合いの瞳を向けていた。
それは、一切の感情を浮かべることなく事象を見極めようとする、ニアと同じ瞳。
「……ユイ」
「父さんは何者だったの?」
名を呼んだ月に返った問いは過去形。少しだけ違和感を覚えたが、次の瞬間に月はその違和感を打ち消す。
過去形なのは当たり前だ。死んでしまっている月は既に何者であるではなく、何者であったかでしかないのだ。
「どうしてそんなことを聞く?」
「母さんのこと、良く知ってるんだね」
「あいつの手くらいはな」
肩を竦めて答えた月はしかし本当はニアのことなど、現在の”L”である白さばかりが目立つあの存在の個人的な事は全くと言っていいほど知らない。存命だった頃でさえ通称とワイミーズハウスで育てられてきた候補者だったということしか知らなかった。
「それに、お前の父親なんだ。知っていても不思議じゃないだろう」
だからこう嘘ぶいて、子供の問いを誤魔化したのは。
「………そっか。そうだよね」
素直に頷いたユイに月は笑う。
全く自分らしからぬとは思う。しかし今まで父親の名さえ知らせずに育ててきた、―昨晩相手が月の姿に気付くことは無かったが、記憶よりも落ち着いた印象を纏い大人びたニアの為だった。


***


午前十一時。
休日の昼間とも言える時間帯にしては室内は仄暗く、まるで世間一般の雰囲気から隔絶されたような空間でニアは首を傾げた。
小さく電子音が鳴り傍らの携帯型の通信端子が鳴る。
「………ニア、通信か?」
不安そうに声を掛けて寄越したのは傍らでキーボードを叩いていたレスターだ。ゆっくりと白い指が通信端子を目線まで持ち上げ、空いた片方の手が考え込むように口元を覆った。
「…ニア?」
「……………」
通信端子の画面には一通のメール着信が示されている。
差出元は自宅のパソコン。朝、出掛け間際に一つ保険としてIPをセキュリティシステムの外に出し囮としたパソコンだった。
電源を態と落とさずに出てきたので、息子が不思議に思い使いパソコンが外部からアクセスされていた場合、何らかの行動に出ることは予め可能性として予測していた。そうであっても寧ろ構わないと置いてきたと言って良い。
どう上手くハッキングを試みようが、あの子の所に危険が及ばぬよう細心の注意は払ってきている。
「どうしたんだ? 何が…」
「いいえ、何でもありません」
返事をせず黙りこくったニアに不安を感じたのかレスターが気遣うような声を掛けたが、ニアは首を横に振った。
そしてまた沈黙に伏してしまう。
酷く珍しいその様子が気になりつつも結局言及するきっかけを掴めずレスターは自分の作業に意識を戻した。
そんなレスターの様子をちらりと窺った後、ニアの視線は自然と端末の画面に落とされる。
(こんな馬鹿な悪戯、)
あのパソコンをハッキングし、それ名義でメールを出すにしては余りにも無意味で馬鹿げている。これが”L”に通じるものだと認識しているのなら尚更のこと。
しかし現実はその馬鹿げているはずの、ある種非現実的とも取れるメールがニアの心を揺さぶった。
くらりと感じた目眩は一体何が起因か。
知らず額を抑えて軽く天を仰ぐ形を取ったニアの視界には、壁に埋め尽くされたモニターに映る様々な映像が飛び込んでくる。
普段ならば全てを見通せるものの、今は何も考えたくないと瞳を閉じた。
未だニアの手の中にある通信端子の画面にはメールの内容が映し出されている。

『これを囮にするのは如何にもお前らしく嫌らしい手だが、子供に危害が及ぶとは思わないのか? 及ばないよう配慮していたとして子供がする心配には無関心か? 母親だというのならもう少し考えるべきだ』

(……………夜神、月…)
ニアは心の内だけで小さく問いかけるよう呟いた。
昨晩息子が少しだけ躊躇いながら問いかけてきた言葉の裏にある何かが見えかけた気がした。


>>三話目。
   最初考えてた時は、月とニアはもっと後にならないと関わらない筈だったんだけど…(汗
   予定は未定だなぁ。どうなることやら。
   オチどころは決まっているから、書いてみるしかない…(苦笑

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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