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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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色々非現実的過ぎる。
月との会話を思い出しながらユイは布団の中でこっそりと溜息を吐いた。サイドボードに置かれた時計は既に就寝時間が過ぎたことを告げているが、どうにも眠れそうにない。
話を聞けば月の記憶は死ぬ直前で途切れ、次に気付いたら今だったと言う。ただ漠然と自分が死んでいる人間なのだという認識はあり、その後で色々試したらしい。触ることに関しては自分の意志さえ伴えば触ることも触らせることも可能。但し、姿を認知させることは自身の意志ではどうしようもないのだと言った。
今のところ月の姿を見ることが出来たのは世間では大法螺吹きとレッテルを貼られた自称霊媒師とユイだけだったようだ。
一度寝返りを打ってユイは灯りの落とされた室内に慣れきった目を開ける。
父親のことは母から具体的に聞いたことはない。
何となく聞いてはいけない気がして聞けなかった。
名前まで知らないのはどうかと思ったが母の立場を考えれば有り得ない話でもなく、ユイはただ自分の容姿が父親似なのだということだけを教えて貰っていたのだ。
だから父親がどんな人間なのか。どんな仕事をしてきたのか。どうして死んだのか。ユイは知らない。
(…でも、あれは何て言うか)
特に身の上を明かすというわけでなく月は今の現状とユイの父親であるのは事実だと話しただけで何も語ろうとはしなかった。
まるで母の意思を尊重するようだったので追求することも出来ず、結局就寝時間になってしまい眠れないままベッドの上で思案する今に至るわけである。
「…ね、父さん。居るの?」
「ああ」
「父さんの姿、母さんには見えるのかな」
「さあな。尤もあいつは見えたところで見たくない顔だと言うだろうけどな」
「何で?」
「……色々あるんだよ」
「大人の事情?」
「そういうことにしておくか」
くすりと小さく笑いが零されて「早く寝ろ」とだけ声が掛かる。
眠れるのなら疾うにしていると言いたいのを堪えてユイは布団を顔まで引き上げた。
無理に目を閉じて何とか眠ってしまおうと試みるがどうしても眠れない。考えることが多すぎるからか、頭の整理がついていないからか。どちらにせよ明日が休日で良かったと思った。
月は死んでいるからだろうか。気配と言うより温度がない。当たり前だ。気配はそこに何となく居る程度には感知出来るのだが彼が気配を潜ませてしまえば全くと言っていいほど分からなくなってしまう。
被った布団越しに気配を探っても何も分からなくなってしまっていた。
(実は長い夢を見ているだけだったりして)
それにしては妙にリアル過ぎるとユイは布団の中で笑った。


***


一台の車がセキュリティゲートの前に滑り込む。運転していた男が直ぐ様降りて後部座席のドアを開けた。
黒塗りの車からゆっくりと現れたのは正反対の色。全ての色を排他した白である。
「ご苦労様でした。何かあったら直ぐに連絡を下さい」
淡々と感情の起伏の余り感じ取れない声が男に告げる。
「分かった。…しかし」
「大丈夫です」
「ニア」
「何かあったら連絡を寄越す。忘れないで下さい、レスター」
釘を刺すように笑ったニアが顔に掛かったふわふわの癖のある髪を無造作に払った。
「それではお休みなさい」
セキュリティゲートを潜ったところで肩越しに振り返り未だそこにいる男に挨拶を告げる。
「ああ」
小さく男が頷いたところで解錠し扉を押し開いた。リビングの間接照明だけが点いているのを横目に、既に寝ているだろう子供の部屋に視線を遣る。
羽織っていた落ち着いた色のコートをソファの上に放り捨てると一つ息を吐き、壁際に備え付けてあるセキュリティシステムの端末に手を伸ばす。全てのチェックコードとログを一通り眺めて異常がないのを確かめる。
「母さん? 帰ってきたの?」
そこに背中から声が掛かった。
気遣ったのか足音も殆ど感じさせずリビングを窺うように覗く人影を振り返ってニアは微かに笑う。
「はい。進展がないので少し休憩を入れました。…まだ起きていたんですか?」
「…うん。何だか寝付けなくて」
悪戯が見つかった幼子のように首を竦ませるユイが一歩リビングに足を踏み入れた。
「お帰りなさい、母さん」
そして迎えの言葉を寄越す自分の子供にニアは穏やかに帰宅を告げる。
「ただいま帰りました」
にこりと笑ったユイが首を傾げる。
「珍しいですね。貴方が寝付けないなんて」
「うん。本当だよね…、明日学校が無くて良かった」
本当にそう思っているらしく年相応の表情で安堵を示したユイにニアが小さく笑みを零す。
壁に掛かったデジタル時計の示す時間は深夜を回っており、子供が起きているには随分と遅い時間だ。
ニアの細く白い指が自身の子供の母親には似なかった癖のない亜麻色の髪を梳く。
「眠れないのなら、ミルクを温めてあげましょうか」
「僕そんなに子供じゃないよ」
「そうですか? 私は眠くなりますけどね」
「まさか」
肩を竦めてそう言って見せた母親にユイは苦笑して返した。規則正しく睡眠時間を取るユイと正反対に母親であるニアの睡眠時間は酷く不規則だ。寧ろ人として最低限の睡眠時間で活動していると言っていいのかも知れない。
「信じてないんですか?」
「どうだろう?」
「……そうですね。私も今日はもう寝ますから、自分の分を用意するついでに貴方のも作りましょう。それで飲んだらベッドに行く。どうです?」
良い提案でしょう? と付け足したニアにユイは頷くことにした。
髪に差し入れた指を引いて一度ユイの頭を優しく撫でた手が離れる。そして淀みない足取りでリビングから続くキッチンへとニアは向かった。
小振りのミルクパンに二人分のミルクを入れて温めている横に子供が寄り添う。
「ねぇ」
「何です?」
「幽霊っていると思う?」
「貴方はどう思ってるんですか?」
「…………いない、と思ってる」
「そうですか。夢がないですね」
ミルクパンをへらでくるりと混ぜたニアが苦笑する。その言葉にユイが食い下がるように質問を重ねた。
「それじゃ母さんはどうなの?」
「そうですね…。私も、貴方の歳くらいの時には信じていませんでした」
淡々と答えを返す母親の横顔を見ながらユイが思案する。その言い方では夢がないと自分に言えるような子供時代を母も送ってはいないではないか。
「もっと小さい時なら信じてた?」
「いいえ。たぶん信じていません」
「………?」
「私は今、信じてるんですよ」
言葉の意味をいまいち飲み込めず首を傾げたユイにどこかすっきりした声音で母は言う。
「えぇ…?!」
「らしくない、ですか? 笑っても良いですけど…。でも…死神だって存在するんですから幽霊くらいなんてこと無いです」
何とも想定外の言葉にユイは返す言葉も無かった。
世界の切り札の名を継いで迷宮入りと言われる事件を解決する母がまさか非現実的とも言える存在を信じていると口に出すとは思いもよらなかった。
「それで何故そんなことを訊くんですか?」
「…え?」
「信じてないけど、信じなければいけないような事態に遭遇しましたか?」
程良く温めたミルクを二つのカップに移し替えて、その一つをニアはユイに渡す。
素直に受け取ったユイの「ありがとう」にニアも「どういたしまして」と返した。しかしニアの質問にユイはどう答えていいか分からず母親の次の言葉を待つ。
「ユイ、私は……悔しいから認めたくはないんですが、人間が認知しない何かが世界にあって然りだと思ってるんです」
「さっきの死神?」
「信じませんか?」
「うーん…。どうかな。……よく分からない」
「それが普通です」
そう言って温めたミルクに口をつけたニアが小さく息を吐く。
倣って同じように一口飲んだユイは程良く甘味の加えられたそれに強張っていた身体が解けるのを感じた。確かにこれは眠れるかもしれない。
「私は見たことは無いですが、幽霊…居たって良いと思いますよ」
「……そう」
「尤も」
「うん?」
「そんな存在が事件を起こしたとなれば話は別ですがね。いつだって人を殺めるのは同じ生きた人間なんですから」
「……取り憑かれてしまったとかは?」
全く母らしい言葉にユイは笑った。
「まぁ…、それはご愁傷様ですが。でも一ついえることがあります」
「そうだね」
示すように人差し指を立てたニアにユイは頷いた。そして同じ言葉を口にする。
「「跳ね除けられなかった本人にも責任がある」」
一拍、キッチンに短い沈黙が下りた。顔を見合わせた二人が同時に笑いを零す。
「分かってるじゃないですか」
「言うと思った」
少し冷め始めたミルクを一気に飲み干してユイがシンクの上にカップを置いた。
「母さん、ありがとう」
「眠れそうですか?」
「うん。大丈夫そう」
「それは良かった」
「それじゃ、僕…寝るね」
素直に答えたユイが就寝を告げる。その頭をニアが一度撫で屈みこみ、一つ額にキスを落とした。
ユイが物心つく頃から母のその仕種は変わることはない。
「お休みなさい」
「うん、お休みなさい」
キッチンを抜け真っ直ぐ自分の部屋に向かっていく足音を聞きながらニアは手にしていたカップに再び口をつけた。
半分冷めてしまった液体に少しだけ入れたはずのアルコールの匂いが妙にきつく感じられて思わず眉を顰める。
「……幽霊、か」
馬鹿馬鹿しいと一蹴することはニアには出来ない。
あの時確かに非現実的とも言える死神の存在と、それが齎したノートの災厄を目の当たりにしたからこそ無碍に否定など出来るはずも無かった。
しかし何故息子があのようなことを口にしたのかは分からない。
通っている学校で例え怪談を聞いたのだとしても、態々自分にこんな風に質問したりするだろうか。
「それこそ心霊体験をした、とか…。……いや、それだって思い込みの産物が殆ど」
一つだけ会話の中でユイが答えなかった問いは”事態に遭遇したか”だった筈だ。ならばそれが一番核心を突いた質問だったに違いない。
そこまで考えてニアは苦笑して首を微かに横に振った。
話したくなったのなら話すだろうし、こんな仕事のように探ることはユイには出来るだけしたくなかった。
カップの温くなったミルクを飲み切りニアは視線を落とす。
連日最低限の休息だけで活動していた身体は矢張り疲れているらしい。まだ思考は暈けていないが自分も眠った方が良さそうだとニアはキッチンを後にした。



>>思いのほか書きづらいのは、この設定のニアじゃないのかと思いました。
   なんていうか苦しい苦しい(笑)

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サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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