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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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鞄の中から鍵を取り出す。ディンブル錠の中でも特殊加工された鍵はセキュリティ上必要だから仕方なかった。鍵穴に差し込み回すと、軽い感触と裏腹に重い解錠の音が扉の合間から聞こえた。
「いつもありがとう、ステファンさん」
そして直ぐ後ろまで送ってくれた人に声を掛ける。母の部下だというこの男は年齢の割に若い印象を常に纏い人好きのする笑みを浮かべて「どういたしまして」と言う。
「それじゃ、また」
「はい。気をつけて帰って下さいね、ステファンさん」
「ああ、ありがとう」
片手を振って黒い車に隙も少なく乗り込んだ男が見えなくなるまでその場に止まって一つ溜息を吐いてから、少年は見た目からは想像も付かない幾重も張り巡らされたセキュリティゲートをくぐった。
視界の端で承認される光信号を見て取って小さく息を吐く。
「……ただいま」
誰もいないと知っていながら少年は辿り着いたリビングで帰宅の挨拶をした。
肩に掛けていた鞄をソファに放り投げ、リビングから続くキッチンに入っていく。冷蔵庫を開けて一番左端のペットボトルに手を掛けてからふと首を傾げた。
シンクの金属部分、歪みを伴って映った鏡像に見慣れぬものが映り込んでいる。一つは歪な見慣れた自分の顔、その後ろに少年と似た面影の、男。
「………?!」
此処には少年と少年の母親、そしてごく限られた人間しか入ることが出来ない。必然的に少年は此処に来る人間の顔全てを記憶している。それに自分よりも先に誰かが入った形跡はない。少年が出て行った時のままだ。
母親は自分よりも先に此処を出ている。だから誰も居るはずがない。それに気配もない。
―なら、これは一体、
「…誰、」
振り返った瞬間、間近から覗き込まれた瞳は榛の柔らかな、それでいて暗い闇を含んだ色だった。
「ふぅん。目だけは母親譲りか」
やけに涼やかに通る声は酷く冷たい印象を孕む。シンプルなスーツに落ち着いた色のネクタイを締めた二十代前半に見える男の容姿は端正だった。
「…貴方、誰?」
視線を逸らさず何とかそれだけを言った少年に男は笑う。
少年と同じ指通りの良さそうな亜麻色の髪が拍子に揺れた。
「”ママ”から聞いてないのか? 僕はお前の父親だ」
何を馬鹿な。
少年は咄嗟に口を突いて出そうになった言葉を飲み込んだ。一言で切って捨てるには少年と目の前の男の容姿が酷く似通っていることを、少年自身が信じられないと思うほど認識していたからだった。

 

***


「それで、貴方が僕の父親だとして信じろって言うわけ?」
「……可愛くない反応だな。流石僕とあいつの子供だよ」
その言葉に少年、―ユイは反撃はせずにコップに注いだジュースに口を付けた。
飲み物はいるのかと目の前の相手には訊いたのだが必要ないと断られたので用意はしなかった。男の存在に驚いてみたものの、歳にしては冷静な思考を持つユイは結局物事を見極めることを優先することにしたのだ。
ソファに腰掛け落ち着いたところで今ほどの一言である。
十歳そこそこの年齢にしては酷く子供離れしていた。
「だって現実的じゃない」
「確かに」
「僕のお父さんが死んでるのは知ってるよ」
目の前の男は現れて早々ユイに自分が父親だと告げた。
よく見ずとも一目で似ていると分かる位に似通った容姿に血の繋がりを思わぬ人間は居ないだろう。
だから男にその言葉を告げられて違うと完全否定出来るほどユイは幼い思考を持ち得ては居ない。しかしそれならば母親は嘘を吐いたのだろうかとふと心の端で引っかかったのだ。
父親を知らず育ったユイに「貴方の父親は死んでしまったので」と言ったのは他でもない母親だった。
「ああ、お前は…」
ふと思考に沈み込みそうになったユイの耳に男の通りの良い声が滑り込んだ。
「あいつが自分に嘘を言ったのかどうかと疑っている訳か」
くすくすと意地の悪い笑いを含んだ声に思わず眉間を寄せる。
それさえ男の思う壷なんだろうと思ったが我慢出来なかった。
「安心しろ。あいつはお前に嘘は言ってない」
「僕をからかってるの?」
「生憎、子供をからかう趣味は持ち合わせてないさ」
大袈裟に肩を竦める男にユイがこれ見よがしに大きな溜息を吐く。
どうやって見た目には分からない厳重なセキュリティをいとも容易く抜けたのか、今はそれだけでも訊いておかなければと思っていたのにどうにも上手く切り出せないのだ。
「もう、いい。とりあえず、どうやって此処に入ったの?」
上手く切り出せないのなら単刀直入に訊けばいい。ユイが訊ねれば男が笑う。
「今の僕には厳重なセキュリティなんて意味がないんだ」
「だから」
「だから父親は、――僕は死んでいるんだろう?」
自分の言ったことをちゃんと覚えているのかと軽い口調で言われてユイは言葉を失った。
矢張りからかっているのだろうかと思案する前に男が形の良い指を宙で輪を描くように回す。その軌跡を追ったユイが息を呑むのと同時に男がこれみよがしにそれを頭の上に乗せた。
「………僕、疲れてるのかな」
「子供ならば、”死んだお父さんが会いに来たんだね、嬉しい”位言ってみせたらどうなんだ?」
「……”わー、本当にお父さんなの? 僕に会いに来てくれたんだね、嬉しい”」
「下手くそ。棒読みだ」
「わざとだからね」
男の頭の上には仄か光る輪が存在している。良く絵本や宗教画で見られる天使の上にある輪。一つの死者の証として描かれるそれ。
手品だとしたならばどうやって宙に浮いて存在しているのか分からないし、この男が何か仕掛けたにしては余りにも自然過ぎた。注意深く見ていたが引っかかっる節もない。
俄に死んだ存在が目の前に居るというのは信じ難いが、それを仮説とするのなら何の問題もなく現状の筋が通る。
「それ、触れる?」
男の頭上の輪を指で示すと男が視線を輪に向けた。
「どうだろうな。試したことはない」
「それじゃ、貴方には触れる?」
「試してみたらどうだ?」
死んでいるのなら肉体は既に土に還っているだろう。父親が死んだのはユイが生まれる前だと聞いていたから十年程前になる。本来死んだ人間を目視することは出来ないし会話など正気の沙汰とは思えない。
「……ああ、やっぱり」
手を伸ばしたユイが声を漏らす。
「お前からは触れないんだ」
「それじゃ、貴方からなら触れる?」
「色々規制みたいなものはあるけど、一応は」
「ってことは貴方が望めば僕からも触れる?」
いよいよ夢か現実としてこの現状を認めるしかなくなったようだ。
ユイが伸ばした手は男の姿に触れることなく透過した。何事もなく男を突き抜けてソファの布の感触だけを指先に訴える。
「少しは頭が回るみたいだな。そうだ。僕が望めば」
「もう一つ訊いて良い?」
「どうぞ」
「……姿もそうなの?」
「いいや」
ふるりと横に首を振った男にユイは「そう」と小さく相槌を打った。
彼が仮に父親だとして、十年も経った今になってわざわざ会いに来た意味を考える。どうせなら死んだ直後に来たとしても構わない。そうでなければ自分が物心ついた時でだって構わないはずだ。
「ずっと…居た?」
「質問はあと一つじゃなかったのか?」
「成る程、貴方…死んでから今まで、こっちには干渉したことない。そうなんだね?」
「へぇ?」
「違わないでしょう?」
にこりとユイが笑って促せば男も笑う。
「ああ、正解だ」
「とりあえず貴方が父親かどうかは別として、生きてる人間じゃないのは認めてあげる。夢じゃなければ」
「本当可愛くないな」
「それはどうも」
皮肉にはこうやって返すのが一番良い。肩を竦めて飲み終えたコップをテーブルに置く。
少し高い硬質な音がリビングに響いた。
「……で、今更なんだけど」
「うん?」
「名前を教えて貰っても良いかな、お父さん。…僕、お父さんの名前知らないんだ」
ユイの言葉に始終余裕を感じる態度を決め込んでいた男が初めて、それを崩した。目を瞠り何か考え込むように口元を手で覆う。
その仕草が今見てきた中で何より男を人間らしく見せた気がして、じっとユイは男の様子を見守った。
やがて男が一つの名を告げる。

「…夜神月」

どこか静かな響きを持った音を、その初めて聞く名をユイは不思議な面持ちで記憶した。



>>ifが二つ重なった延長線上のパラレル話。
   ネタ的に少し長いので分けます。まだ書き途中で、ユイ手探り状態中(苦笑

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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