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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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「少し出掛けます。リドナー、申し訳ありませんが車を出して下さい」
ニアがそう言って指定した場所に、その場にいたレスターとハルは少し驚きながらも頷くだけに留めた。
すぐに回された車の後部座席に大人しく座り込んだニアは防弾ガラス越しに空を眺める。偏光された空は本来の色を誤魔化して、灰色に近い色に見せる。
月と対峙した日は本当にどんよりとした空だった。季節も冬でいつも薄着のニアは特段平気な顔をしながら、それでも寒いと思っていた記憶がある。勿論、幼少を過ごした英国よりは寒くなかったからこそ出来たことだったが。
「……ニア」
黙って車を走らせていたハルが控えめに声を掛けた。気付けば車は停まっている。
「ああ、すみません」
いつもは直ぐに反応を示すニアが苦笑した。自分が指定した場所に着いたことに気付かぬほど思考を投げ出していることなど珍しい。
既に一台、黒い車が隣にあった。
「……ご苦労様です、ジェバンニ」
車から降りて声を掛ければ、車の側で立っていた男が「いいえ」とだけ返す。それにニアは緩く頷いて先程までステファンの見ていた方向に視線を向けた。小さな人影が一つ、其処にある。
「すみませんが、二人とも此処で暫く待っていて下さい」
それだけを言い置いて歩を進める。相変わらず閑散と、いやそれよりも寂しさばかりが積もるような場所だ。
風が癖のあるニアの髪を掠っていく。顔に掛かる前髪を押さえて、小さな人影を視界に捉える。
父親譲りの、亜麻色の癖のない髪が同様に風に攫われて揺れていた。じっと前を向いたまま動かない子供の眼前には一つの墓がある。
「母さん」
声をどう掛けようかと口を開いたところで、タイミングを計ったようにユイが振り向いた。
にこりと笑った表情をどう受け止めて良いのか分からず、ニアも曖昧に笑って返す。
「寒くないですか?」
季節は過去訪れた時とは違い冬ではないが、けれど吹き付ける風は体感温度を知らずに下げる。気遣う母親の言葉に子供は緩く首を振っただけだった。ゆっくりと沈黙が落ちる。
仕方ないことだと結論付けてニアはユイの側にまで歩み寄った。子供は拒む様子もなく目の前に来たニアの白い手に触れる。
幼い時のように手を繋ぐ。自主的な行為にニアも何も言わなかった。言えなかった。
「行っちゃったよ」
「そうですか」
誰が、とは言わないユイの言葉が誰に対して使われたものなのか理解している。ニアには見えていなかった。ユイには見えていた。―彼のことなのだ。
「笑ってた」
「……え?」
狡いよね、とユイは少しだけおどけて見せて笑おうとした。
「ユイ」
かち合った視線の先で泣くのを必至で堪える自分の子供の感情にさえ疎いニアではない。ただ普段通りに名前を呼んで、繋がれた手はそのままに姿勢だけを変え、そっとユイの肩を抱いた。聡い子供はきっと最初に有り得ない事象を受け入れた時から別れを覚悟していたに違いない。
見えないからこそ知らない、聞こえなかったからこそ知らない。
短い期間の中でユイと月が築いただろう関係は決して簡単にお終いだと言い切れるものではなく、幼い子供のように泣きじゃくるわけでもなく繋いだ手の力だけを強くしてユイは静かに涙を落とす。
笑ったから、ユイも笑って見送ると決めた。
居なくなったのか、自分が見ることが出来なくなったのか分からない別れ方だった。
輪郭が呆けるよう、結ばれた焦点が解けるように消えていく月はただ笑っていて、それ以外は何もなかった。不思議な感覚だがすとんと「ああ、時間なのだ」と納得してユイも笑い返した。
きっと間違っていない。
「母さん、」
「はい」
「僕、頑張ったよね」
「はい」
何を、と言わないユイの声は震えて嗚咽が混じった。本当に物心がつく前にあやしたようにニアは子どもの頭を撫でる。癖の無い髪がさらさらと指先を滑っては落ちていく。
簡単に数えられるほどの時間。一ヶ月にも満たない期間。その中で整理出来ないほどの思いや真実、全てをユイは受け取った。
今、出来る精一杯で理解出来るものは整理し、理解出来ないものは有りのままに受け入れた。
決して良いことばかりだったとは思わない。父親が世界を揺るがせ、恐怖にさえ陥れたと言って良い大量殺人犯であったことは矢張り子どもにとっては重過ぎる真実だった。
けれど最後に思ったのは本当に単純に”会えて良かった”だったのだ。
小さい頃から覚えの無い父親の姿も声も考えも、本来ならば触れられる筈も無かったもの全てに触れられたことが、切ない事だと理解しながらも嬉しかった。
嗚咽で震えていた呼吸を、少しずつ深呼吸をする事で押さえ込みながらユイは目を瞑る。
目を閉じればまだ笑っていなくなった月が目の前にいるような気さえした。
優しく何も言わず抱きしめるニアの体温は染み入るように温かく、ぼんやりとユイは先程言われた言葉を思い出す。
伝えなければならない。
今度は声が震えないよう、大きく息を吸って整えてから丁寧に言葉にした。
「簡単に死ぬなよ」
それは月を真似た口調で、まだ幼い声で。
一瞬ニアの頭を撫で続けていた手が止まる。それに合わせてユイが顔を上げた。
「伝言」
「……、そうですか。相変わらず勝手な人ですね」
見上げたニアが浮かべた表情は、今まで見たことが無い感情の混ざったもので、その後困ったように笑う。
「愛していたのか」と問えば「違う」と返って来るであろう感情の複雑さはユイにはまだ理解出来ない。もしかしたらこの先ずっと理解出来ないものなのかもしれない。でもそれで良い。全てを理解出来るはずが無いからこそ理解しようと努力しなければならないのだから。
ニアが浮かべた表情は月が最後に浮かべた表情に良く似ている。それが答えな気がした。
空いた方の手で目元を強引に拭うとユイは微かに笑う。無理に笑えば名残のように、涙が一筋零れた。
「……帰りましょうか。随分冷えてしまいました」
風に攫われそうな微かな声でニアが言う。頷いたユイは一度も自分から繋いだ手を離さなかった。
ニアもそれを咎めず二人でゆっくりと墓標から離れる。
「……さよなら、父さん」
肩越しに振り返って呟いた先、その墓標には”夜神 月”と名が彫られていた。


***


名を、どうしようか。
重いようで軽い腕の中の重みを見下ろしながら、ニアは思う。生まれたばかりの子どもはすやすやと寝息を立てていた。
片手でも抱えられる小ささと重みは、それでも一つの命で尊い唯一であると思えた。
子どもを生涯産みたくはないと思っていたはずだったのだが、思わぬ方向に捻れ今は存在している。それが可笑しいような気がしたし、温かい体温に当然かもしれないとも感じた。言い知れぬ不思議さでニアは子どもを見詰める。
たぶん外見は自分より父親に似るだろう。まだ断定は出来ない事だが顔立ちに面影が見えた。
「ニア?」
心配そうに声をかけてきた初老の男性にニアが「なんでもない」と首を振る。
じっと腕の中に視線を落としたまま、逸らさないニアの様子に言い辛そうに躊躇ってから初老の男性が声を掛けようとした。
「この子は私が育てます」
掛けられる言葉を予測していたのか、視線をゆっくりと男性に向けてニアが言う。無茶だと反射的に出かかった言葉を初老の男性は何とか飲み込んでニアを見詰めた。強い意志が込められていて、何を言っても無駄だと理屈ではなく本質で理解する。
「……子育ては楽ではないよ、ニア」
「そうですね」
遠回しに非難すれば、どこ吹く風の返答が戻ってくる。
「でも決めました」
きっぱりと告げたニアが笑う。今まで浮かべた事のないような笑顔で笑う。
数秒の沈黙の後、初老の男性は全てを理解したかのように頷いた。元々自分の生活さえ無頓着なニアのことだ。仕事面だけでなく生活面、子育ての面でもサポートしなければならないだろう。
それでも良いと思えた。腕にしっかりと生まれたばかりの赤ん坊を抱き、穏やかだが芯の通った笑みを浮かべるニアを見てしまっては、そんな思いは全て吹き飛んでしまう。
「分かった」
それだけを言ってニアの腕の中にいる赤ん坊を覗き込む。健やかな寝息を立てる表情は穏やかだった。
ふ、と子どもから視線を逸らしたニアの視界に、窓の外で本来の開花時期から少し遅れて咲く花が映り込んだ。風という言葉に由来する名前の花は微かに揺れて、何となく花の意味する言葉が頭に浮かべばもういない子どもの父親に似ている気がした。
「貴方は育てられないんです。名前くらい一部貰いますよ?」
病室を出る寸前だったロジャーが何事かと振り返る素振りを見せたが、声は認識出来たものの言葉は拾えず肩を竦めて部屋を後にする。
「――、貴方の名前ですよ」
ロジャーが出て行ったのを見届けてから、ニアは大切なものを教え込むように大人しく寝入る子どもに語りかけた。
それが、名だった。




>>パラレルif13話目。デスノが13巻なんでそれに奇しくもあって良い限り(苦笑)
   ユイの名前は漢字一文字で「月」。
   そして風に由来する花の名は「アネモネ」。
   花言葉は「期待」「はかない夢」「薄れゆく希望」「はかない恋」「真実」「君を愛す」。

   無事に終わらせられて良かった。一先ず幕を下ろします。

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そんなところです。

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