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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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人気のない敷地内に滑り込んだ黒塗りの車がエンジンを停める。
「此処は?」
サイドブレーキを引く軋んだ音を耳にしながら、ユイは見覚えのない外の景色について運転席に問いを投げかけた。
肩越しに振り返ったステファンは緩く首を振ったのみで言葉は返さない。答えを口にすることのない仕草にユイが小さく溜息を吐く。つまりは自分で、ということだろう。
「下りて平気?」
「ああ」
やけにすんなりと了承したことに首を傾げながらユイは車を降りた。おざなりに打たれたコンクリートの割れ目から雑草が生えている。
古びた墓ばかり並ぶ場所は気味が悪い印象よりも先に閑散とした寂しさを抱かせる。余り管理されていないのだろうか。
「……」
ぐるりと一通り見渡したユイが、遅れて車を降りたステファンに視線を向けた。朝起きたらテーブルの上に母親のメモが残っており、書かれた通りに迎えに来た車に乗り込んで今に至る。何か意味があるのだけは分かるが、何も知らされてはいない。
挙句、今日は朝から月の姿が見えなかった。
月が自分に着いて回っていた僅か数週間が、非現実的だというのに当たり前になってきていた事実に人間の順応性を思い知った気がしてユイは内心淋しく思う。有り得てはならない事象。いつ醒めるかも知れない夢だと思いながら過ごしていたのが、ニアに話したことで現実に確実に繋がった。
年齢にしては大人びた思考と両親から継いだ才覚によって、既に死んでいる筈の月が何らかの形とは言え世界に在る事が現実的に有り得ないと初めて会った時に結論を弾き出した。今も頭の中で考えが変わることはない。
有り得る筈の無い出来事が現実に起こったとして、それがいつ元の状態に戻っても不思議ではないのだ。
寧ろ、死んだ筈の存在が限られた人間のみとは言え認識出来る現状の方がおかしい。ある日突然夢から醒めるように何事も無い日常に戻る方が自然なのかもしれない。
しかし頭で弾き出す答えと心が望む事は不一致である場合は少なくない。
保証のない毎日、朝が来る度に月が何らかの声を掛けて寄越す。数週間のうちに、それに慣れてしまったのだ。出来ることなら、このまま続けば良いと子供らしい希望さえ持って。
「母さんは、」
「暫くしたら来るよ」
知らない場所に連れてこられ、無闇に歩き回るのは如何なものかと思案したが、車から降りて平気だとステファンが言ったことを考慮すれば安全なのだろう。
「少し、見て回っていい?」
寂しさだけが漂う墓地の何を見て回るのかと訊かれれば、何とも答えようが無かったがステファンは頷くだけだった。
土と砂利の混じったコンクリートの上を歩けば幾ら音を立てずにと思っても音が上がる。
敷地内にある古い墓は注意深く見れば、一応管理されてはいるようだ。墓の状態は悪くない。
寂しさを感じたのだとすれば、きっとどの墓の一つにも弔花が無いからだ。誰も訪れない、そんな世から隔絶されたような感覚。
名前さえ彫られていない墓もある。時間と共に少しずつ薄れて今はもう判別出来ないものもある。
この墓地は既に殆どの人から忘れ去られている、そんな場所なのかもしれない。
「……父さん」
そんな中で人影を見た。亜麻色の癖の無い髪にシンプルなスーツを着込んだ、正しくそれは月だ。
墓の立ち並ぶ場所から少し距離の在る所に立つ姿にゆっくりと近づく。
影になって見えなかったが、月の目の前にも一つ墓標があるようだった。
「あいつなりの最後の嫌味だと思うか? これは」
静かな声が言う。
月の言葉に歩みを止めたユイが首を僅かに傾げた。意味が分からない。
「何が?」
「いや…、お前なら僕よりは分かるだろうと思っただけだ」
何より一緒に過ごしてきた母子だろうと呟かれた声が風に浚われていく。
肩越しに振り返った月が微かに笑った。
有り得なかった筈の日々に終わりが来たと言外に告げられたような、消え入りそうで優しい笑みだった。
「父さん」
「名前なんて残さないと思っていたよ」
視線を前に戻し墓標をなぞる仕種に、ユイは一歩踏み出した。月の前には比較的新しい墓標がある。
それが誰のものであるのかなど言われなくても分かっている。
今まで来たことはない。けれどこれは父親の墓なのだ。本来ならば墓標の下で月の身体は疾うに朽ちている筈だ。
生前の面影などは見える筈も無い。尤も墓を暴こうなどという考えは微塵も起きないし、その為に此処に連れて来られたのではないとユイは確信している。
今日、此処に来た意味は違うのだ。
「お前、誕生日だろう」
ごく自然に月の口から零れた言葉にユイは瞬時に返せなかった。
一拍充分な間を置いて瞬きを繰り返した後、振り返らない背中に返す。
「うん」
「僕からやれるものは少ないが、たぶん最初で最後だからな。何か欲しいものがあれば言うと良い」
「ねぇ、父さん」
「……ん?」
「今日でさよならなんだね」
言葉や態度の合間に見える事実に子供らしく我侭を言えたら良いのにと思う。
みっともなくても構わないから駄々を捏ねてみたって構わないとさえ思うのに、ユイは月の隣まで歩を進めて笑っただけだった。
複雑過ぎる思いもある。
今は自分にしか見えない父親は生前、世界中を脅かした”キラ”本人なのだ。
直接的な方法でないとはいえ、手に掛けた命は信じられないほど、償い切れぬほど多い。
「本当…可愛くないやつだな、お前」
大人びた返事と態度に月が苦笑する。初めて会った日にも同じようなことを言われた。
「だって父さんと母さんの子供だもん」
そう言えば一緒に過ごした数週間のうちにも何度か言われたなと思い返しながら、月が最初に可愛くないと評した時に理由にした言葉を口にしてやる。隣に並んで、月を見上げてユイは同じように苦笑した。
「ああ、本当…そうだな」
月の言葉が風に浚われるほど静かに落ちる。
「僕、此処には初めて来たよ」
風が揺らす遠い葉擦れの音を聞きながら、癖の無い髪を弄られながらユイは目の前の墓標を見詰めた。
特段変わったものでも無い墓標の下に眠る男が、嘗て世界の有り方を変えようと世界を揺るがせた人間であるなど誰が分かるだろう。
「知らずに育てられてきたんだろう? 此処に来ていたらお前は名前を知っていたことになる」
「そうだね」
「……でも、あいつの判断は間違ってない」
「そう?」
「父親が近年稀に見る大量殺人犯なんて知らなくたって良い話だ」
さらりと重い言葉を吐き出して月は小さく笑った。
「でも、父さんは自分が間違ったなんて思ってなかったんでしょ? 誰かがやらなくちゃいけない。それは自分だと思って、それで全て理解して覚悟した上で選んだことだった」
「ああ。それが僕の正義だと思っていた」
「……過去形なんだ」
「いや、今でもそれを過ちなどと認めるつもりは無い」
きっぱりと言い切る言葉には何よりも強い意志がある。認めるつもりが無いのではなく、最初に選んだ上の道が命を摘み取る覚悟を内包していたのなら、過ちと認めた瞬間、そこまで歩んできた自分と巻き込んだ全てを否定するに等しいのだと言っている気がした。
だから月は自分の行動を、選んだ道を、ただの殺戮であったなど認めない。
「父さんって、相当負けず嫌いだね」
「知らなかったのか? 僕はどうしようもない負けず嫌いなんだ」
「うん」
「………『私も、貴方と同じです』」
ぽつりと思い出すように、呟かれた言葉にユイが顔を上げる。
「…え?」
「あいつの言葉だ。…僕とあいつが会った頃にはもう世界はキラに傾いていた。正義という曖昧なものが一つの形になる寸前だったと言っていい」
「母さんはなんて?」
「何が正しいか正しくないか、正義か悪かなど誰にも分からない。……神という存在があり教示を示したとしても、一考し、正しいか正しくないかは自分で決める」
月の口から聞く言葉はいかにも母親らしい言葉だ。ユイにとって母親という存在はニア一人であり他がどうであるかなどは分からないが、ニアはそういう人間だ。
酷く頭の出来が良い割りに感情表現が苦手で、それでいながら自分の中に揺るがない意志がある。
「自分が正しいと思うことを信じ、正義とする。そこは僕と同じだといった」
しかし”キラ”として月の取った行動をニアが赦すわけがなかった。ユイにはそれがよく分かる。
「難しい話…」
息と共にユイの口から零れた言葉は正直な感想だった。難しいロジックを組み立てられるほど、他者よりも優れた読みの良さがあるほど、見失いがちになることもある。
人は個体差はあれ、考える生物だ。自身が触れた経験や思想を元に自らの価値観を見出していく。世界全体を見通す能力が無くても一人一人の価値観が存在するのだ。価値観は押しつけられ、抑えつけられるべきものではない。まして、たった一人の価値観の生んだ正義を基準として世界は築かれるものではないのだ。
だからこそ難しく侭ならず、もどかしい。
一人一人見えぬ努力が重ねられることによって、信じられないくらいに途方もない長い時間を掛けて社会はここまで歩み続けた。
自分たちの住む世界とは、そういうところだ。
「でもニアの言葉より、お前が前に言った言葉の方が堪えたよ」
とは言え人は弱い。誠実であり続けることは難しく、簡単に楽な方に流れていく。考えることは時に苦痛さえ斎し、何も考えない方が楽で良いと流される者も多い。無為に過ごすその時間、存在。けれど、それは全く何も考えていないと結論付けられるものでもない。
考え無しの凡人の考えが時に天才の考えつかぬものを見出す時さえある。
それこそが世界が等しく全てのためにある証拠とさえ思えるほど。
「…僕?」
「前に言っただろう? お前」
「何か言ったかな」
「自分の目に映る世界は、自分と同じ筈なのに他者には違って見えている。そう思ったら面白い」
首を傾げたユイに月が言い聞かせるような優しい声音で答えた。
「僕が目指した世界は、……いつからかは覚えてないが少しずつ最初に抱いた新世界の像から捻れたのだけは自覚している。人間は然るべき様、役割を持って生きるべきだとさえ考えていた。その世界ではお前の考えは生まれない」
「確かに最初に与えられたままに生きた方が簡単だし、幸せかもね」
「ユイ」
「考えて迷わなくて済む分、ある意味優しい」
分からなくなる。生きていて良いのか。生きる意味さえ、考えて自身の問うても到底答えなど出てこない混迷に迷うことさえある。
生まれた時から能力に応じ与えられた役割を全うして生きていけば、それらの苦しみは無くなる。綺麗に一寸の互いも狂いもない秩序の世界。
「でも、それって機械と同じだよね。生きてるけど…何だか本当に生きてるって言わない気がする」
空を見詰め目を細めたユイの言葉は淡々と感情を乗せない。
「どうやったって感情は捨てられない。僕たちは人間でしかないから。悔しくて前が見えなくなったり、悲しくて動けなくなったり、どうだっていいことでまぁいいか…なんて優しさを見つけて嬉しくなったり、理解されない思いを理解して貰った時に幸せを感じたり。……人間はそんなものだって母さんに教えて貰ったよ」
「ニアに?」
意外そうな声を上げた月にユイが笑う。
「そう、母さんが言ってた。大切なものを失くしてきて、そして色んなものを手に入れて、見て、普通子供の頃に気付くそんな当たり前で大切なことを、大人になってから気付いたって」
「…そうか」
「僕、だから」
ユイが少しだけ息を飲む。考え倦ねているような間に風の音だけが入り込んだ。
誰もいない。此処で二人の会話を邪魔する者はいなかった。
「父さんが”キラ”だと知った時、驚いたし悲しかった」
「ああ」
「でも、こんなの…おかしいかも知れないけど、会えて良かった」
死んだ人間に、ましてや認識のない人間と出会いを果たせるなんて空事のようだが。
「……もう少し大人になったら、父さんのことは話すつもりだったって母さんは言ってた。きっと母さんは自分の感情を抜きに事実だけを話したと思う。でも、それじゃ父さんの思いは聞けなかったから。これが夢のような出来事でも良い。僕、父さんに会えて良かった」

―それが一番のプレゼントだったって思うんだ。

ユイの言葉は月にとって酷く優しかった。それは人として月が最期に見た夢よりも優しい。
その言葉に月は今更だと思いながら、生きている間には理解出来なかった一つの幸福を理解する。



>>パラレルif12話目。
   此処も肝心要で、書いては読んで消して、また書いて…と繰り返した。
   そういえばユイは十歳になったばかりの子だけれど、こんな子供はありかしら。

   そして相変わらず不安なのはちゃんと、一つとして繋がって話は形になってるかしら(…)

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プロフィール
HN:
くまがい
HP:
性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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