忍者ブログ
謂わばネタ掃き溜め保管場所
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

教育実習生の男は人好きする性格で直ぐに学校に馴染んでしまった。元々此処の卒業生であるから校舎の案内は必要なく、自然と歩く様は違和感を感じさせない。
そんな男が或る教室の片隅、窓側の机に腰掛けて「懐かしいなぁ」などと呑気な声で言いながら、グラウンドで行われている運動部の様子を眺める様は確かに制服を着て数年前此処にいたことを感じさせて、元就は扉の前、先客のいる教室の入口で立ち尽くす。

「どうした? あ、邪魔だったか?」

全然気負いのない声で教育実習に来た大学生は笑いながら元就の方を向いた。
今まで会ったことのない人間なのに耳に馴染むその声に、感覚に、元就は気付かず持っていかれそうになる。
夢の中でいつもこの男と似た声で必死で呼ばれる。
呼ばれて、呼ばれて、名を呼びたくなって、そして泣きながら「すまない」と言う声を聞く。遠のく意識の合間に、そんなのは気にしなくて良いのにと思いながらも彼らしいと笑うのだ。
夢の中で敵同士の相手を自分はどうやら好きだったことだけは分かる。
「……えーっと、毛利? どうした?」
立ち尽くした元就を不審に思ったか声がまた掛かる。それに緩やかに首を振った。
反射的な行動に内心苦笑しながら教室の中に一歩踏み出す。
開け放した窓から運動部の掛け合いが聞こえる。それが教室の静かさに穏やかさを添えた。
「忘れ物が」
「ああ、そっか」
元就の素っ気ない一言に教育実習生は合点がいったと頷く。
視線をグラウンドに戻し目を細める横顔を視界の端に捉えながら、元就は自身の机に辿り着き置き忘れていた本を取り出した。図書館から借りた返却予定の本を危うく忘れてしまうところだった。

「その本、面白いよな」

ふ、と視線も変えずに男が言う。
一瞬目を丸くして視線を本の表紙に落とした元就が、ゆっくりと口を開いた。
「長曾我部先生も、読んだことが?」
「おお。丁度、毛利くらいの時に」
視線をゆるりと向けて笑いかける教育実習生の声が耳に触る。
意識を揺さぶられるように、鮮明すぎる夢との境目がぶれるような感覚に元就は無意識に額を押さえた。
「毛利?」
目眩。
霞んでいく視界に反射的に机に手を突いた。ばさりと本が床に落ちる音、合わせて机の上に腰掛けていた男が機敏な動きで駆け寄ってくる音が続いた。
「大丈夫か?」
そっと気遣うように肩に触れてきた男の腕を掴んで、元就が暈ける視界を持ち上げる。
心配そうに覗き込む瞳の色は穏やかな海の色だ。
「声、」
頭がおかしいと思われるだろうか。
知らず口を突いて出た言葉は掠れて、それ以上続かない。額を覆った手を下ろして先を待つ男を見詰める。
「俺も、知ってるよ」
「………え?」
「お前の声、良く知ってる」
元就の思考回路が、男の口にした言葉を理解するのが一瞬遅れた。
その隙を突くように元就が続けなかった言葉を男の声が告げる。

「よく、夢で見る。その中で聞く声と同じだ」

―その夢は真実味のある、しかし現実とは掛け離れたもので。
「その、夢は」
「いつもその夢を見た後は不思議と泣いてる」
喪失感と一緒に。顔もよく分からない、ただ誰かを呼ぶ行為に、喪ったとだけ分かる夢の内容は起きる度に現実に溶けて暈けていく。
置いていかねばならない夢に、元就が現実に溶けていく想いへと涙を落とすのと同じだと男は言外に語る。
「夢は其処で?」
「いや。続く時もある」
どんな風にとは訊けなかった。奪うことで続いたものと奪われたことで途切れたもの。直結しながら結果として相反する夢に続きがあったとして、元就には推し量る尺度が無い。
「……歩けるか?」
「はい」
唐突に現実に戻される質問に元就は頷いた。目眩は既に治まっている。
差し出された手を無碍に払うわけにもいかず手を借りて体勢を整えた元就が、ひょいと床に落ちた本を拾う男を不思議そうに見詰めた。
「ほら。頁は折れてねぇみたいだ」
「……ああ、はい。ありがとうございます」
ぱらぱらと捲ってから差し出された本を受け取って元就は言葉を探る。
夢は余りに同位置で、平衡感覚を取り戻し自立出来る様になった元就の様子に微かに笑った男が言う。

「元就、だったっけか。名前」

それはまるで夢と被らせ態と混ぜ返されたようで、不思議なことに自然と元就の中に落ちた。
「はい。長曾我部先生」
「先生…ねぇ。俺、あと三日過ぎたら先生じゃなくなるけどな」
実習期間の終わりを示唆して男が笑う。
「……早いですね」
だから元就は正直な感想を口にした。あっという間だった。元就の言葉に僅かに目を瞠った男が窺うように首を傾げる。
「三日過ぎて何処かで会ったら、毛利…。お前、俺を何て呼ぶ?」
質問は少しだけ会話とずれ、元就は眉を顰めて正直に答える。
「たぶん、長曾我部さん、と」
「元親」
「……は?」
「余所余所しいのは好きじゃねぇんだ。そう呼んでくれ」
何でもないことのないように告げた男が踵を返した。
すっかり顔色も良くなった元就を見て大丈夫と判断したのだろう。呆然と立ったままの元就に教室を去り際、こう付け加える。

「俺も、名前で呼ぶ」

何処かで会う、そんな保証は無いし、会ったとして声を掛けない可能性だって高い。数年後にはもう忘れてしまうかもしれない。
学校だけで後は知らない人間だ。けど、元就は否とは言えなかった。ただ一つ、これはフライングみたいなものだと感じ取って小さく舌打ちする。
―確証も確率もない、しかし二人がまた出会うだろう確信だけが其処に存在していた。



>>久しぶりに瀬戸内。
   前に書いた教育実習生元親の設定のまま。一週間半ほど過ぎた辺り。
   心のままに捏造製造。
   夢で同じものを見てるのに、得るのは正反対とか、そういう個人的好みを入れてみた。
   もっと色々、上手く書きたいんだけどなぁ…!

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
08 2024/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
プロフィール
HN:
くまがい
HP:
性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

ブログ内文章無断転載禁止ですよー。
忍者ブログ [PR]