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夢想か現実か、曖昧な浮遊感の中でいつも呼ばれる名に辟易するのだ。
その名前は自分のじゃない。自分のものではない。既にその名で呼ばれるべき存在がいるものと同一ということは自身を否定されたのと同義だ。
呼ばれる名に頭を振る。
それは自分の名前じゃない。その名前で―――、
「ビヨンドにしよう」
呼ぶな、と精神が叫ぶ前にぽつりと呟かれた声が耳に届いた。少し眠っていたらしい。無理矢理意識を覚醒させてぐるりと自分の置かれた環境を確かめようとして、頬杖を付いて此方を見詰めている女性と視線が合った。
艶やかな黒い髪を今は下ろし動きやすそうな服に身を包んでいる所を見ると執務は終わったのだろう。女性はじっと見定める視線を真っ向から受け止めてにこりと笑う。
「おはよう」
「……おはようございます」
意識の覚醒は未だ完全ではない。ぼんやりとした感覚を引き摺っていると女性が柔らかに問う。
「さっきの聞こえてた?」
「……え? ああ…、はい。何かにしようっていうような言葉ですか?」
「うん。貴方の名前なんだけどね」
いっそ清々しいまでにあっけらかんと言って女性は背筋を伸ばすために手を組み頭上に上げる。
その隙のあるようで、余り隙のない様子を見詰めながらじっと投げつけられた言葉の意味をこの国の麒麟は考えた。
深刻なまでに悪化した失道による失調は、前王が禅譲した後まるで何事も無かったかのように緩やかにではあるが回復した。
王が不在ならば国は衰退する。王と共に麒麟が斃れてしまったのであれば王の選定までに時間が掛かるが、前王は麒麟をこの国に残した。王を直ぐにでも選定出来れば被害が深刻になる前に現状の回復に務められる。
民は麒麟が残されたことを希望とした。当然のことであった。
そして麒麟は程なくして新たな王を選んだのだ。
「…私の名前、ですか。不要です」
「名前が無いと困るでしょう? 私が呼ぶのに」
「ならば前の名前を使えば良い」
その言葉に女性が柳眉を顰める。
二度目の王を選んだ麒麟は二度目の天啓を受けたときには少し精神が壊れていた。最初の王を選んだ時のようにはいかず、麒麟らしさの欠如した思考で、それでも目の前にいる女性が王気を持つのを見定めたのだ。
慶国では女性が王位について長く保った例が無い。残された麒麟が選んだ次の王が女王だと知るや、民の希望は落胆に変わった。
そんなのは言われずとも知っている。けれど天啓には、天命には逆らうことが出来ない。
「台輔」
「…はい」
「”竜崎”と呼ばれるの好きじゃないでしょう?」
麒麟は基本的に名を持たない。自国の国氏と麒麟であることの文字が王を選んだ時に自然と宛がわれる呼び名だ。
麒麟の名は王がつける。王の考えによって、その王が麒麟に名を与える。
「別にどうだって良いです」
「なら私が貴方に名をつけても問題ないでしょ?」
「………」
王が麒麟に名をつけることが出来るということは、禅譲され二度目の王を選ぶ麒麟には名が新たに与えられる可能性があるということだ。
そしてこの国の麒麟は正しく今その状況に陥っている。
「…台輔、何とか言いなさい」
「……なんだか貴女を主上に選んだのは間違いな気がしてきました」
強い口調で促され、げんなりと呟く麒麟を女性はじっと見詰める。
王として選定され即位式が済み漸く身の回りが落ち着き始めた頃である。元々前王の時には秋官府に務めていた身だ。国府内の情勢は多少理解していたが、自身が王となると話は別らしい。女王が疎まれるのは分かっている。自分も官吏として務めていた頃はそう思っていたのだから陰口を叩く者たちを非難するわけにもいかない。
しかし朝議の度、今まで自分と肩を並べていた者たちでさえ試すような馬鹿にするような視線を向けてくるのだ。堪ったものではない。
挙句彼女を選んだ当の麒麟が、―唯の喧嘩の掛け合いではあるが、あまつさえ選んだのは間違いと言ったのには正直参った。
盛大に溜息をついて視線を外し女性は雲海の下に見える城下町に目を遣った。
「取り敢えず、私が言えるのは一つ。…貴方、自分の名前好きじゃないでしょう? 知ってるのよ」
「何故そう思うんです?」
「塙台輔の名前だからよ」
即答に麒麟の目が丸くなる。
その反応に女性は笑う。思った通りだ。
「別に、私は…」
「隣の巧のように長く繁栄のある王朝とする為に」
「……主上」
「そうだったわね」
「はい」
大人しく頷く麒麟に女性は柔らかな良く通る声で話し掛ける。
「肖って竜崎、と」
「…ええ、そうです」
「それじゃ駄目なの」
「…はい?」
きっぱりと言い切った言葉にまた目を丸くした麒麟が、彼女の真意を探ろうと言葉を促す。
勝負事のように一種緊張感のある空気に怯むことなく女性は続けた。
「確かに治世七百年は立派だわ。…私も出来ればそれ程の朝を築きたいと思う」
「……はぁ」
「でも、目標とするだけでは駄目なの。肖ってそのようになるだけでは駄目。巧と慶は抑も国として気質も何も違う。同じようにやって成功するとは思えない」
隣国が歴史に類を見ない長い治世を敷いてるとなるとそれだけで重圧となるらしい。
先王は賢君と名高い彼の王と同じようになろうとしたのだ。それを表すように自国の麒麟に彼の国の麒麟と同じ字を与えた。
それを聞いた時、女性は内心憤慨したのだ。何という可哀想な事をするのか、と。それではまるで自分を選んだ麒麟に対し背徳行為ではないか。
麒麟は王を選び、王に生涯仕える。忠誠を誓えば決して違えはしない唯一の存在と言っていい。
その存在を唯一と思えず倣って個人を否定するような行為だと彼女は思った。しかし当たり前の事なのであろうが、王の意も何もかも受け止めて麒麟はその名を享受した。
けれど知っている。彼女は気付いていた。
国府で仕えていた時に、その名を呼ばれる度に慈悲の生物である存在が酷く暗い色を瞳に湛える事を。
「だから、取り敢えず先ず…」
顔見知りの麒麟が自分に額ずいた時、彼女は第一に思ったのだ。
彼に自分の考えを伝え新しく名を与えよう。これから共に道を行く彼には唯一の存在になって貰わないと困る。
”何か”の模造品であると諦められてしまったままでは困るのだ。
「ビヨンドでどう?」
「…は?」
「だから貴方の名前」
にっこりと元々美人であると評判であった女性が満面に笑めば見惚れる者は少なくないだろう。
そんな笑みを浮かべて言った言葉に麒麟はどう反応して良いのか分からない。
「……一応、聞いても?」
「どうぞ」
「何故、その名ですか」
「越えて欲しいから」
「……巧を?」
「ううん、違う。前の名前に対する劣等感やその他諸々を越えるの。他でもない貴方が」
「…私、が」
「さっきも言ったように、巧と慶は違うわ。同じようにやって全て上手くいくとは思えないし、私は彼のような王には成れそうにもないし、なろうとも思わない。貴方にも塙台輔みたいになって欲しい訳じゃない」
「……前の主上とは反対の事を言うわけですね」
「そうね。それに私は貴方の事、塙台輔と似てるなんて思った事は無いのよ」
自分が王と選定される前から、国府に仕えていた頃王も官吏も似ていると言っていた頃から。
「そんな事を言われたのは初めてですね」
ふと感慨深げに麒麟の口から言葉が漏れる。隣国の麒麟のように在れと名付けられて以来、ちゃんと意図を汲み取った麒麟はそのように振る舞った。その為の努力さえ惜しまなかった。
しかし模倣は本物を越えられるはずもない。越える事があるのだとすれば、既にその存在がこの世に存在していないか――。
「分かりました。…その字、有り難く頂戴致します。主上」
模倣を捨て自ら道を切り開くか。
そして新たな王は後者の道を与えたのだ。共に歩く存在として斯くあって欲しいと望み意志を伝え、名を与え得るというのならば、自分はこの王が見据える国を隣で見てみたいと純粋に思う。
「よし、それじゃ決定。今日からその名を名乗りなさい。―ビヨンド」
驚くほどあっさりと鮮やかに告げられた言葉に、彼女への忠誠を誓った麒麟は恭しく頭を下げた。

 

―慶国に新王が立った半月後の出来事である。




>>十二国記ですの
   慶国主従はナオミとB。Bは一度禅譲をされて、ナオミは二度目の王。

   前の王に付けられた字は竜崎。ナオミからはビヨンド。
   名前は漢字じゃなくていいんじゃね?と開き直っている所存。

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