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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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全ての色を拒絶したような真白な子供は、あどけない幼さを含んだまま深い知性を宿す瞳で確かに相手を見定めた。一瞬の沈黙の後、面白くも無さそうに「至日までご無事で」と告げる。拝顔した者は項垂れて辞した。感情の浮かばぬその瞳に影に潜んだ女怪は心配そうに声を掛ける。
「大丈夫ですよ」
淡々とした声がそう答え、次に参内した者に子供は視線を向ける。
数分後にはまた先程と同じ言葉を相手に告げるのだ。躊躇いはない。そしてふと遥か遠くもう戻れない場所を思う。
帰りたいと口に出して言えるほど真白な子供は子供らしくなかった。

 

 

「馬鹿だな、お前」
「………五月蠅いです」
熱の残る身体を起こして書簡を手に取っていた房室の主に声が掛けられる。声のした方に視線を遣れば逆光で表情までは見えないが線の細い年の頃二十程の青年が立っていた。
相手に聞こえるか聞こえないか位の溜息を零し白い指先が書簡を器用に巻いていく。
「一体何の御用ですか? 宗台輔」
隣国の麒麟を見据えて床に半分伏せっている状態の室の主が問う。
さして気にも留めずつかつかと室の半分まで歩みを進めた青年の髪は癖のない金糸。
「怪我をして、自分の血にあてられて寝込んでる馬鹿な麒麟が居るって聞いて見舞いに来ただけだ」
「嫌味を言いに?」
「お前じゃあるまいし」
嫌味で応酬される会話に青年が区切りを付ける。
それ以上は嫌味を返さず床についていた麒麟は隣国から見舞いに来たという麒麟を見遣った。
「大丈夫か?」
「大丈夫そうに見えますか?」
「お前は胎果だ。通常の麒麟よりも血の穢れに弱い。…無理はするな」
気遣った言葉に素直に頷いて巻き終えた書簡を傍らにある台座に乗せる。
不幸中の幸いか現状は平穏そのもので、通常の執務を無理せずこなせば床で仕事をするような必要性はない。
「そういえば、落ち込んでいたぞ」
「誰がです?」
「お前の王」
「……ああ、」
放り渡すように果物を投げて青年は身近にある椅子に腰掛けた。
嘆息混じりで漏らされた言葉に少しだけ意地悪気な笑みを浮かべて、言葉を続ける。
「お前が庇ったんだろう?」
「当然の事です」
「それで怪我して寝込んでいるようじゃな」
「……それは、私も…反省してます」
怪我をするつもりではなかったので、と付け加え床に伏せった麒麟は微かに笑んだ。
白い何色にも染まらない容姿は青年よりも幾分か年下に見える。
「ニア」
「何ですか?」
名を呼ばれた麒麟が首を傾げるのと同時に椅子から立ち上がった青年が距離を詰めて、至近距離互いの声しか届かない位置で声を潜めて言う。
「伏せってるところ悪いが頼み事がある」
「…私に?」
「というよりは、采王に宗王から内密に頼みたい事があると言えばいいか」
「取り次げと言うわけですね。良いですよ。…私が聞いて良い内容ですか?」
「寧ろ耳に入れて置いて欲しい事だ」
「…分かりました」
「とりあえずこれを渡しておく」
青年が懐から取り出した書簡を受け取ってニアが視線を落とす。緘は宗王直々の印。
形式的な礼を取っておらずとも正式な宗王からの書状であるのには違いない。
「それは采王に渡して欲しい」
「はい。確かにお預かりします」
しっかりと受け取ったのを確認して奏国の麒麟はニアの耳朶に口を寄せた。
何事かを口早に告げていくのに感情を表さぬ真白な容姿の中で唯一深い色を持つ瞳が細められる。
一言一句違えぬように記憶に留めたニアは微かに頷き、癖のある自分の髪を弄う。
「それじゃ、頼んだ」
「はい。……メロ、」
「何だ?」
「これ、ありがとうございます」
先程放られ、受け取った果物を示して礼を言えば小さな苦笑が返り「じゃあ」と呆気なく別れの挨拶を告げて奏の麒麟は換気の為に開け放した窓から身を躍らせた。
声を掛ける暇もない。
開き掛けた口を閉じて空を掛けていく黄金色の軌跡を見送る。
丁度その時背中から声が掛かった。
「ニア、具合はどうだろうか?」
そのタイミングの良さに今度はニアが苦笑する。あの隣国の麒麟は自身以外にこの房に来訪があるのを知っていて早々に立ち去ったに違いない。
「はい。もう大丈夫です」
振り返って声を掛ければ控えめに室内に入るのさえ躊躇っていた男が一歩足を踏み入れた。
「主上、すみませんが…。その扉、閉めて頂いても良いですか?」
本来ならば自分が動き閉めるべきなのだが、血の穢れに当てられた身体は如何せん重い。
麒麟の言葉に主である男が回廊側の戸を音も少なく閉めた。
「宗台輔が来ていたようだが?」
「先程帰りました」
「そうか」
「主上…、預かりものがあります」
「預かりもの?」
メロから先程受け取った書簡を両手で掲げて男の眼前に差し出す。
それが何であるかと説明する前に緘が目に付いたのだろう、心得たと言う風に男は書簡を麒麟の手から受け取った。
ぱらりと解かれた書簡に目を通した男が量るように息を吐く。
「何か宗台輔から聞いているか?」
「書状には何が?」
「奏国籍の或る男が才に亡命したらしい。国境を抜ける前に確保したかったが叶わなかったようだ」
「犯罪者ですね」
「それでその男を見つけたら引き渡して欲しいとの事だが」
「……酌量の余地はあるのでしょうか?」
「それは当方からは何とも」
「捜し出すのは難しいかも知れませんね」
「しかし…内密にとはいえ台輔直々に来られるとは」
「一番足が速いからでしょう?」
「そんな理由…」
「メロにはそれで十分なんです」
くすりと笑みを零した自国の麒麟に王は困ったように視線を向ける。
「…で、どうしますか?」
「宗王の願い出だ。可能な限り応えたい」
「なら…命じて下さい」
「ニア?」
「私に使令で、その男を捜せと」
「しかし…」
「大丈夫です。本当に大分体調は良くなりましたから…。それ位では負担になりませんよ」
男が考え込んだ為に一瞬の沈黙が降りる。
「…す」
「すみませんでした。レスター」
男の言葉を覆うように麒麟が頭を下げる。麒麟が叩頭出来るのは自国の、自身が王と選んだ存在だけだ。
床についたままのニアの顔色は決して良くはない。
口で心配は要らないと言っても主上が安心できるものでは無いのは本人が一番よく分かっている。
「ニア、私は…」
「レスターが気に病むべきではないんです。私がいけなかったんですから。……心配ばかりを掛けて本当、」
言い終えないうちに不自然に言葉は途切れる。
華奢なニアを抱き締めた王はただ囁くように「すまない」と言う。
「……いいえ」
ゆるりと抱き竦められた麒麟は首を振った。そっと自身よりも一回り以上大きな背中をあやすように手を回す。
応えるように腕に力が籠もったのに委ねて瞳を伏せた。

 

 

生まれ育った場所は異世界なのだと教えられた。
人の形を為しながら自分は人ではなく本性は獣なのだと伝えられた。
その言葉を疑わなかったわけではない。しかし年齢の割に聡明すぎた子供は自分が生まれ育った場所では奇異であったのを良く理解していた。だからこそ妙に心で納得したのだ。
同時に今までの居場所にはもう戻れない事を知る。
生まれ落ちたその時から存在自体に大きな意味を与えられているのなら、戻るという個人の我が侭は通らない。
穏やかな父にも優しい母にももう会う事は叶わない。暖かなあの家には戻れない。
子供は泣きはしなかった。けれど何処か虚無感は抱いたのだ。元々感情の乏しい子供ではあったが、本来の世界での知識を教わり国を挙げ昇山が始まった頃には一切の表情を浮かべなくなっていた。
特に理解力に優れていたらしい子供は、神にも同義の王を自分が選定するなど何と馬鹿馬鹿しいと内心思っていたし、自分が王を選ぶ事はないような気がしていた。その際の寿命は短いと伝え聞いていたが別に構いはしないとさえ思っていたのだ。
幸せも暖かさも与えられるのが、感じるのが生まれた世界でないのならと何処か達観していたのかも知れない。
その余りの感情の起伏の無さに乳母にあたる女怪は酷く心配した。親身になり身を削って守ってくれるその存在が心を痛めるのは流石に気が引けたがどうにも出来なかった。
謁見する人間は後を絶たず、しかし子供は王を見出す事は出来なかった。既に諦観していた。
だというのに。
子供は酷く驚いたものだ。感情は表情には出なかったが存在自体が揺らぐかと思った。そんな出会いだった。
バランスを崩し頽れた子供に手を差し伸べてきた相手、直感した。理屈など必要がない。彼が王なのだと存在自体で理解した。
額ずき教わった誓約の言葉を一言一句間違えずに口にして子供は、突然の事に息も継げないでいる男に促すように言葉を投げつけた。

―許すと言って下さい。…貴方が、私の王だ。

その言葉を十分に咀嚼した後、男は返した。短い、男の運命を変えることになるには余りにも短い一言を。
成獣に程遠い幼き麒麟に手を差し伸べて男は笑う。
賢い子供は人の良いその笑みを見て理解した。此処は、確かに自分の在るべき世界であり居場所なのだと。



>>十二国記ダブルパロ。
   才国主従は、王がレスター。麒麟がニア。
   ニアは胎果なので血の穢れに普通の麒麟よりも弱い。

   しかし思ったよりも長くなって間延びしたような良く分かんないような。…まぁ、いいか(良くない

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そんなところです。

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