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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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夜半過ぎ宮殿内は静まり返り微かな物音でさえ響く時間帯に、こつんと玻璃の填められた窓を叩く音でメロは起きた。こんな時間に屋外から自分の部屋を訪れる者などそう居ない。
訝しげに眉を寄せながら上掛けを引き寄せ羽織り寝所から抜け出る。こつんとまた窓は叩かれた。
「…誰、」
「すみません。入れてくれませんか?」
窓を開けて相手を確認するまでもない。訊ねた声に重なる形で淡々とした声が返る。
極力物音を立てないように窓を開ければ月影に反射し白銀に光る髪と髪色に負けない白い肌を持つ華奢な姿が目に映る。隣国才の麒麟であるニアだった。
「…ニア? こんな時間にどうしたんだ?」
一歩窓から離れ相手が室内に入れるように空ければ、体重を感じさせない動きで部屋に入り込んだニアが微か困ったように笑む。この麒麟が夜中、他国を動き回っているのは非常に珍しい。
自室の周りに今の時間詰めている人間はいないだろう。念のため使令に辺りを探らせてからメロは椅子を無言で示し座るよう促す。察しの良いニアは何も言わずに座り、聞こえるか聞こえないかの微かな声で「すみません」と呟いた。
「…どうしたんだ?」
もう一度同じ質問を投げかけるとニアは徐に瞳を伏せる。
髪と同じ、色素の排された長い睫が震えて闇に近い深色の瞳がじっとメロを見据える。考え倦ねているような様子さえ珍しく、結局メロはニアが口を開くまで根気強く待たねばならなかった。
「今日、遣いで慶に行ったんです」
「……それはまた危ないところに」
慶の国は今、麒麟が失道し王の天命が尽きようとしている。風の便りでは辺境の地では既に妖魔が出始めているという。王朝の終わりを臭わす国に遣いを出すのは危険が増す。だからこそ雲海の上を越えられる麒麟を使ったのかも知れないが、だとして他国の王の書状や進言を受け入れられるほどの器量が王に残っているのだろうか。
「妖魔や治安の事であるなら見た限りでは、それほど乱れはありませんでした」
淡々と告げる言葉に偽りはないだろう。
メロはニアの向かいに腰掛け続きを待った。
「それじゃ、何が?」
「景台輔の失道です。あれは…、」
「酷いのか」
「………何と言っていいのか」
ゆるゆると首を振り言葉を探そうとする姿に慶国の麒麟の状態が芳しくないのを知る。
「ニア、お前それは?」
ふと夜闇の中でも白さの際立つ細い首筋がきっちり着込まれた襟から覗いているのだが、そこに赤く鬱血した痕のようなものが見えてメロは指し示す。細い指先がメロの言葉に導かれるように自身のその首に触れた。
しっかりと見えている訳ではないのだが、その痕がメロには首を絞められた痕に見えた。
「…景台輔にやられたんです」
「何で」
「現実と夢想の区別が…、付いていらっしゃらないようでした。突然のことだったので私も油断していたんですが」
失道に陥った麒麟が精神を病むということは珍しいことではない。過去にも何度か例があり、歴史書に記されたこともある。ただ、麒麟は慈悲の生物。その性質は仁である。無暗に他者を傷つける行為に出る事はない。
ニアの言った通りなら、失道に陥った慶の麒麟の精神状況は麒麟という性質を根本的に変質させるほどの厳しい状況下にあると言って良いだろう。
「首、あいつが絞めたのか」
「…はい」
頷くニアの瞳に迷いはない。
「思ったよりも早そうだな」
「……それまで景台輔の精神が保つのか分かりません」
暗に王朝の終止を言えば、的確に意味を掴んだ上で彼の国の麒麟を憂える言葉が返る。
襟の上から痕をなぞるように動く白い指を眺めながら、メロは何故この麒麟が夜半過ぎの常識外れな時間に自分の所に訪れたのかを察した。
「今晩だけで良いか?」
「ああ、はい。助かります」
「分かった。狭いけど此処で良いな?」
「構いません」
立ち上がり長椅子に柔らかな敷布を掛けたメロに倣って立ち上がったニアの、襟から覗く鬱血の痕をちらりと見遣って暫く痕は消えそうにない、とメロは冷静に思う。
鬱血の痕は白い肌のニアにとっては酷く目立つもの以外の何ものでもない。
こんな時間にメロの元に訪れた理由は一つだ。
遣いに行った慶には居れず、才に帰ろうにもこの時間では何があったのかと主上に聞かれるのは間違いない。挙げ句首には絞められた痕がある。下手をすれば国交問題になりかねない。
だからメロを頼ったのだ。
「気休めかも知れないが、これでも塗っておけ」
ふうと息を吐いて引き出しから探し当てた軟膏を放り投げる。ニアは、半分条件反射の動きで受け取ったそれをまじまじと眺めてから小さく「ありがとうございます」と返した。
先程メロが敷布を掛けた長椅子に腰掛けて襟を寛げると今まで隠されていた首筋が露わになる。くっきりと絞められた痕跡の残る首筋は痛々しく、想像していたよりも酷かった。
表情を変える事もなく、細い指で軟膏を擦り込んでいく様を横目で見ながらメロは思案する。
自分もニアも王に恵まれたか未だ失道には至らない。永遠というものがない事を知っている以上何時かは陥る状況と見て取るべきだ。いつまでも自分の王が続くと限らないこと位分かっている。麒麟とはいえそこまで物事が分からないわけではない。
だからこそ思うことがあるのだ。
「……悲しいですね」
思案に耽るメロの聴覚にぽつりと普段とは違う響きを持った呟きが落ちた。
「ニア?」
「失道がどんなものであるか…私は知りません。出来るならば知らない方が良い。けれど、あれは可哀想です」
落とした視線をゆっくりと上げたニアの瞳は珍しく感情が浮き彫りになっている。
この状況で一番精神的に衝撃を受けたのはニアなのであろう。きっともう加害者である慶国の麒麟にはそれが善悪かも分からない。
「あの人は…きっとずっと苦しんでいた」
ぽつん、ぽつんと落とされる言葉に「ああ」と妙な相槌を打つ。
「それを抑え込んで王に仕えていたのだと思います。失道して箍が外れてしまった。彼はもう、人の区別も付きません」
「…それは」
「物事の掌握なんて以ての外です。彼は自分の王以外の人間も麒麟も分からないんです」
消え入りそうな声でそこまで言ってニアは俯いた。想像すればどんなに悲しいことだろうと思うのだ。
白い手が首に残る痕に重なった。緩く自身の首を絞めるような仕草にメロが声を上げることはない。麒麟は自ら死ぬことは出来ない。
「手が掛かった時、彼はこう言った。”そんな名前は知らない。私は誰だ”と。私が死ねば主上の命も尽きてしまう。抵抗しなければならなかった。…なのに私はその手を振り払えませんでした」
するりと力無くニアの手が落ちた。
彼の国の麒麟の精神異常は失道だけが原因だろうかとニアは暗に告げている。出しようもない結論は推測で埋まりメロは苦々しげに眉間に皺を寄せた。
「ニア」
「…悲しいですね」
もう一度同じ言葉をニアは口にした。
ニアの思いは痛いほど分かる。だからこそ掛ける言葉は見つからずメロは牀から引き摺り下ろした衾褥の一枚を手渡す。
「明日には帰らなきゃならないんだろう? 取り敢えずもう寝ておけ」
「はい」
受け取り長椅子に体重を預けたニアが微かに微笑んだ。声は殆ど聞こえずただ唇だけが礼の言葉を形にする。
そして衾褥をすっぽりと被って長椅子に横たわったのを見守ってからメロも牀に潜り込んだ。
一度寝返りを打って溜息を零す。
他国に協力することは出来ても根本的な解決は本人達で行わなければいけないし、自分達は何も出来ないのだ。
だから傍観する以外に出来ることは無い。
「……遣る瀬無いな」
小さく誰にも聞こえぬように呟いた声は夜の静まり返った空気の中に上手く紛れる。
寝ろと言って置きながら自分が眠れそうに無いとメロは少し自嘲気味に笑った。




>>十二国記ですの。
   ナオミが王になる前。先王の頃、Bが失道した後の話。

   あんまり内容を決めず其の場のノリで書くから滅茶苦茶なことになります。
   纏まりが無い^^^^q^
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