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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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ゆるりと情事の後の火照った身体を冷ますために褥を抜け出した元就が、夜風に髪を掠われるままにして縁側の柱に寄りかかった。遠くからは潮騒が聞こえ、風は潮の香りを運んだ。
時間が停滞したのではと錯覚を覚えるほど緩やかな時間。
さやさやと葉末の音は心地良い。
雲に隠れていた月が途切れた合間から控えめな光を地上に降らせた。
振り返ると褥で眠る男の髪が柔らかに月影を弾いている。少しだけ身動いだ男が、小さく何事かを漏らすのを感慨も無しに眺めて元就はまた視線を庭へと向けた。
遠く闇の濃い部分に目を向ければ、これが天気の良い晴れた昼であるのならば海が見えるだろうに、とどうでも良いことを思う。
澄んだ青は先程まで睦言を交わしていた男の瞳によく似ていた。

「何を考えてんだ?」

控えめに声がかけられる。
褥で横になりながら、男が問うてきた声だ。

「…何も」

そう答えればきしりと張り板が音を立てる。
だらしなく乱れた夜着をおざなり程度に整えながら、元就の隣にまで移動してきて得心したというように「ああ」と呟く。
男の声にゆるゆると顔を向けると、月影の中で男の瞳がじっと闇の中に紛れた海を向いた。

「元親」

名を呼ぶ。何だ、と視線を元就に向けた男が首を傾げた。
元就よりも頭一つ分は優に高い上背の男は、海を挟んで向かい四国を一代で平定してみせた長曾我部元親という。
彼とこのような関係になったのは何時のことだったか、と思い返して元就は小さく息を吐いた。
切り結んだ時の、彼の声が、その言葉が、不要なものは切り捨て、切り捨てられなかったものは深く閉じこめてしまえとばかりに心を閉ざした元就の、厚かったはずの壁を、氷の面を簡単にすり抜けて心を揺さぶった。
苛立ちばかりが募ったのに、暫くすれば其れが痼りのように残り得も言われぬ気持ちにさせられた。
失くした時の気持ちなど思い出させないでくれ、と小さく呟いて、既に氷の面が剥がれかけているのに気付いて自嘲する。
そして意図的に無理にもう一度面を被る。
繰り返すその愚行に、たった一言。
「俺も寂しいなぁ」と鬼はたった一言で、中国の覇者の面を剥がした。
自然と滑り落ちた涙を止められず呆然とする元就の横で、原因を作った鬼は戸惑いながらおろおろと所在無げにある。
その姿があまりにも立派な体躯と似つかなかったので元就は笑った。
泣きながら、それでも笑った。
捨てたと思っていた感情は、確かに残っていて。
簡単とはいかぬがさらりと風が氷を溶かすように、元親は元就の氷の面を溶かしてしまった。
それが幸いとは思わない。
元就は酷く其れを怖がったし、元親も自衛本能から来る無意識下での行動だと理解していた。
今も未だ元就は氷の面を被る。
昔よりは薄くなってしまった其れを。
元親は、元就の素顔に触れてから彼の其れを全て否定することはしなくなった。
捨て駒と臣下を言い切るときでさえ、昔のように純粋な嫌悪感を覚えることはなくなった。
勿論、簡単に臣下を切り捨てる策を弄する元就の全てを許容できるかと言ったら否と答えるだろう。
理解は時に苦しみをも生む。
二人は分かっていながら結局、どちらともどちらを拒むことを選択しなかった。
否既に出来なかったのかも知れない。
曖昧に、けれども確実に、相手を相手と認識し、互いを互いとして求める。
だからこそ身体を重ねるのに大した時間は掛からなかった。

「魚は…」
「…うん?」
「……忘れてしまっただろうか」
「何を?」
「海、を」

何を言っているのか、と数度瞬きを繰り返した元親の顔を見てくすりと元就が笑む。

「何でもない」

そう言って再び視線を庭へと投げた元就に、なんと答えたらいいのかと元親は頬を掻いた。
魚は海に棲まう、水に棲まう生き物だ。
海を忘れてしまうことなど本来有り得ない。
だというのに元就は問うた。とすれば、それは一般的な考えではなく何かの喩えであるのだろう。

「忘れねぇよ」

思いついたままに元親は言ってやる。
言葉が欲しいのだ。こういう謎かけ染みた問いを元就がするときは。
はっと顔を上げた元就に視線を合わせて笑えば、少しだけ眉を寄せて不機嫌そうに顔を逸らされる。

「…忘れるかも知れぬ」
「忘れるもんか」
「…何故?」
「魚は海に生きるが、魚の中にも海があるからさ」
「………」
「俺たちが此処にあるみたいに、俺たちの中に此処があるみたいに。そして、どんなに離れてしまっても」


「完全に忘れることは無い。………そうだろう? 元就」

海から遠く離れた魚は海を忘れるだろうか。
その頃の本能は必ず残り、何処かで生かされていくのだろう。
切り捨てられず閉じ込めた感情と、切り捨ててしまった感情と思いと、元就はそれの所在を問うたに過ぎない。
だからこそ元親は答えてやり、逆に問うた。
暫く思案した元就が観念したというように長い、長い、息を吐き出す。

「そうだな。…その通りだ」

言って微かに笑った元就が、ついと向けた視線の先。
薄っすらと空の色を変えて日輪が上ってくる様が見えた。





>>どんなに何をしても、結局は捨てられないものもあると思うって話。
   それを大事に抱える人と、どうしていいのか分からない人。

   アニキは色んな意味で強くて、其れで弱いといい。
   元就は色んな意味で弱くて、其れで強いといい。

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