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憎らしいと思ったのには間違いない。自身の臣下さえも容易く切り捨てる非常さに腸が煮えくりかえりそうになったのも間違いない。
遠く、向かい合うように陣を引いたその先にいるだろう敵方の総大将は、智将と名高い男だ。
彼は智将の名に恥じぬ付け入る隙のない、無駄を排除した策で戦に臨んだ。
その中で切り捨てられる敵方の兵に憐憫を覚えたのは言うまでもない。
主がそうであるために、失う命。
合戦の最中で死に物狂いで向かってくる彼らの、その向こうにいる敵大将に良いようもなく嫌悪感を覚えた。
何も此処まで、と思う。
だからこそ勢いのままに相手方の本陣に斬り入った瞬間、待ち構えていたかのようにゆったりと立ち上がった人物は想像と違っていた。
大凡武将と呼ぶには頼りない華奢な体躯と整った顔立ち。ただ、兜の下から覗く表情は一欠片も暖かい感情を抱いてはおらず、鋭く見る者を凍り付かせるような視線だけは強く、それ故か奇妙な不安定さを元親に抱かせる。
「あんたが毛利元就か?」
呼ばわれば、
「……こうも容易く此処まで踏み込ませるとはな…。使えぬ駒共め」
此処には居ない臣下の失態を責める口調で吐き捨て、姿勢を正して元親の視線を真っ向から受け入れる。
互いの獲物が届かぬ距離ではあるが、毛利元就という男は元親よりも随分と小さいのだけは見て取れた。
「…人が名を尋ねているってぇのに応えねぇたぁ、とんだ不作法者だな」
「海賊風情が何を。……そうだ。身こそ毛利元就である」
自身を示して言った男に、元親がにっと口角をつり上げた。
戦装束に毛利家の家紋を施してあるのだから、毛利の人間であることなど知れている。
「人違いじゃなくて良かった。じゃ、毛利元就。悪ぃがあんたを討たせてもらうぜ」
軽い口調で告げられた言葉は、しかし事実重い。
軽々と肩に担いでいた碇を模した槍を構えると同時、毛利元就もまた変わった形状の獲物を手にしていた。
ぐるりと身を守るように回る刃を持つ武器を手に、合図はなく二人は間合いを詰めた。
「あんたのやり方は気に食わねぇ」
言えば。
「ふん。貴様に何が分かる」
と返る。
その間にも一進一退の攻防は続き、敵本陣に一足早く駆けつけた長曾我部軍も、本陣が攻められたと知り戻ってきた毛利軍の兵も、総大将同士の斬り合いに割って入ることが出来ない。
ただ、固唾を呑んで二人の勝敗の行方を見守っている。
その最中にも交わされる言葉。
言葉が交わされる度に、湧き上がる疑問と得も言われぬ感情と。
そしてどこか記憶の底で引っかかるような不思議な感覚が元親に、目の前で切り結ぶ毛利がただ単に敵として討つだけの存在ではないとやんわりと告げているようだった。
はらり、と数房の髪と共に片眼を覆っていた眼帯が外れる。
傷を負った際から弱視故に極端に陽光に弱くなった瞳を守るための、それが音もなく地面に落ちる。
瞬間。
その原因であるはずの目の前の毛利が驚きに目を丸くした。
言葉は紡がないが、唇だけが動く。声なき声。
―弥三郎?
何故?
幼少に呼ばれていた自分の名を知ってるのだろうか、と問いかけようとして、しかし言葉を飲み込む。
一瞬出来た隙を見逃さず踏み込んできた毛利の獲物を紙一重で見切り、反射的に獲物を振るった。
上手く避けた筈の毛利が、低く呻いた。
感触があった。当たった。
じわりと滲む血液と、からりと乾いた音を立てて取り落とされた武具に「元就様!」と見守っていた臣下から悲痛の声が上がる。
立っていることが敵わず血に膝を付き、見上げてきた視線は矢張り凍るように冷たい。
けれど先程の、嘗ての名を呼んだ時の男の表情は酷く人間らしかった。
「……あんた」
「戦が、嫌いではなかったのか?」
問う前に答えは返される。
戦が嫌いだと厭うて部屋に引き籠もっていた幼少時代を目の前の男は知っているようだった。
「……よもや、"姫"に討たれようなどとは…思うても見なかったがな」
「…松寿?」
ふと口元を弛めた表情に、幼い記憶の面影が重なる。
嗚呼。確かに面影が残っていたというのに気付かなかったのか。
「…否。我は毛利元就。……中国を統べる毛利家の、当主。
おぬしの知っている松寿ではない」
返答は否であって肯である。その言葉が酷く不器用で、それでいて語尾が弱くなるので元親は思わず手を伸ばす。
触れる寸前で払われた手と、拒絶したはずの毛利の表情は至極穏やかなものだった。
遂に支えきれなくなったか身体がぐらりと傾ぐ。
深く抉ったのだろう。流れる血は脇腹から、鮮やかだった萌黄の装束を赤黒く染めていた。
咄嗟に伸ばして支えた身体は驚くくらいに軽い。
「……莫迦だな」
「うるせぇ」
「泣く必要はあるまい?」
「黙ってろ」
「……そう言うところは今も変わらぬ、か」
囁くような言葉は軽すぎて知らずに元親は頭を振った。
何故という気持ちが強い。
腕の中で整わぬ呼吸を繰り返す、それが段々と弱くなっていくのが手に取るように分かるのに。
―なんで、お前だって。
言葉を言う前に読み取ったのか、力の入らない手でそれでも毛利は元親の衣の腕の通されていない袖を掴んだ。
「何故、と問いたくば……黄泉路に来てからに、しろ」
「……毛利?」
「……しかし、簡単に来られては…困る。……我の屍を踏んでいくのだ。……天下を取ってからでなければ、問いには答えぬ」
しっかりとした口調で、それだけを告げると毛利は笑った。
自分の言いたいことだけを言って満足したのか眠るように目を閉じた、彼は二度と目を覚まさない。
その身体を今更大事に掻き抱いてただ元親は毛利の言葉を頭の中で反芻した。
中国を落とした長曾我部元親の勢いは、以前よりも加速し瞬く間に天下を平定した。
討ち取った将の縁者達を喪に服させる温情は忘れなかったが、自身がその為に喪に服したのは一度きり。
幼い頃に、特異な外見のために引き籠もりがちであった元親を軽蔑することなく接してきた幼馴染みとさえ言って良かったのかも知れないその人。
幼名を松寿丸といい、元服してからは毛利元就と言った。
知らずに臨んだ戦いで、気付かず打ち合い、気付いた時にはもう後には引けなかった。
最期の言葉はまるで呪縛のようだとも思え、それでいて予言のようだとも思えた。
「……なぁ、毛利」
返るはずのない言葉に。
「……あんた何であんな風に、戦をしてたんだ?」
幼少の頃の全てを振り切るように、否、全ての感情を振り払うようにただ冷酷に。
なのに何故、最期の瞬間にあれ程穏やかに笑ってみせたのだろう。
全ては、死に向かう時に分かるのかも知れない。
約束通り天下統一を果たした男が黄泉路に向かう時に、嘗ての幼馴染みは辛辣な口調できっと全ての問いに答えるのだろう。
それならばそれで悪くないのかも知れない、と元親は一人ぽっかりと浮かんだ月を見上げて思う。
黄泉路の入口で、また会えるという運命ならば。
>>生きて共に有る選択肢を持たない二人。
黄泉であれば如何なものだろうか…、と。
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そんなところです。
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