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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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色鮮やかな鞠が宙で弧を描きながら白い頼りない手の平に収まる。
桜色を掃いた頬を弛めながら綺麗ね、と言う。言葉を返せずに口を噤めば、不思議そうに首を傾げ、柔らかな髪が控えめに揺れた。其れを見てまたきつく唇を噛む。
どうしてこうも、と血の滲み始めた唇を気遣う余裕もなく俯くと、そっと伸ばされる白い手。

「……駄目だよ」

窘めるようで気遣う声は少女とも少年とも付かない中世的でありながら透明さを持っている。
ふるふると控えめに頭を振った髪に挿してある簪が華奢な音を立てる。
男の身でありながらもその辺にいる姫より余程姫らしい洗練された動きに得も言われぬ感情を覚えて眉間に皺を寄せれば、敏感に其れを感じ取ったのだろう…伸ばした手を引っ込めて小さく「ごめんなさい」と呟く。

「……謝る必要なんて無い」
「けど」
「何も悪い事なんてされてない」
「…でも松寿も、私のことを気味悪いと思ったんでしょう?」

怖々と聞いてきた声には怯えさえ滲んでいた。

「……そうじゃない」

もう一度そうじゃないと呟いてまた俯いた。
気の利いた一言など浮かびはせず目の前の少女のような少年を傷つけてしまう。
所在なげに膝の上で組まれた白い指がそわそわと動いて、結局は何も出来ずに色鮮やかな袖の中に隠れてしまった。
俯いた視界の中でじっとそれを見詰めていれば、するりとか細い声が耳に入り込んでくる。

「いいのに」
「…何?」
「無理なんてしなく、ても、いいの、に」

声は震えて妙に途切れて、はっとして顔を上げる。
晴れた日の海の色を映した片方しか見えない瞳から、まるで海が溢れてしまったように透明な滴が頬を伝って落ちた。

「弥三郎」
「松寿も変だって思うんでしょう? 私は男なのに戦が嫌いで…出来るならこうやって居たいだなんて」

確かに戦国の世の、大名の嫡子としては致命的だ。
武士の嫡男として戦うことを厭うなど本来であるならば許されるわけがない。

「弥三郎は優しいのだな」

辛そうに瞳を伏せた少年に笑う。
極端に色素の薄い癖のある髪が揺れて、少年が驚いたと目を丸くしているのに松寿丸は微かに笑ってみせた。
この時代に生まれてきたのは、彼にとっては辛いことなのかも知れない。
今はこうやって姫のように振る舞い過ごせるが猶予期間は少しずつ削られていく。
姫のような少年でもやがては剣を取り乱世を生き抜いていかねばならない。
それは松寿丸とて同じこと。
嫡子ではないとはいえ、武家の子として育てられている。いつかは兄を支えて戦わねばならぬ日が来る。

「ううん。…私はただ、臆病なだけ」

ふるりと首を振って控えめにそう言った少年がじっと見詰めてきた。
余りにも真摯な眼差しに言葉は言えずに続きを待つと意外な言葉が少年の口から滑り落ちる。

「優しいのは松寿の方」
「……? 我は別に」
「だけど強がりだから…私は自分よりも松寿が心配なの」

やんわりとそう言って当たり前のように笑った少年を松寿丸は不思議な面持ちで見るしかない。
別に戦が怖いわけでもないし、守るもののためなら戦うことは厭わないだろう。
なのに。

「………ね、松寿」
「うん?」
「…心までは壊さないでね」

掛けられた言葉が誰の、と訊けるような雰囲気ではなくて頷く。
幼い故に敏感で繊細な感覚で少年は数年後の真実さえも読み取る。
そっと向かい合わせで座っていた少年の腕が伸びて松寿丸の頭を包むように抱き込んだ。
怯えていたのは彼の方であったというのに、反対に松寿丸があやされているようで、鮮やかな着物を見詰めながら松寿丸は苦笑する。
腕に松寿丸の頭をすっぽりと抱き込んだまま、ゆったりと悲しげに閉じられた瞳は誰にも知られない。

 

ただ、互いに可哀想だと。
けれど結局、可哀想なのは誰なのだろう、と。
答えは二人には出せず、幾年も経った後に答えは結びつき導かれるように。




>>姫松。
   でも未来の二人は、もうどちらも可哀想だとは思わなさそうな気がする。
   それは大人になった強さ故に
   それは大人になった狡さ故に

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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