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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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強く握り合った手の温もりを覚えている。
さらりと指を通した滑りの良い髪の感覚を覚えている。
怜悧な刃物のような視線が時に、何かを求めて頼りなく宙に浮く様も躊躇って呼ばれた声も全部。
鮮明すぎて怖かった。いつか薄れて消えてしまうのなら尚更。
ただ毛利元就という人間が自分は好きだったのだと、すとんと気持ちに整理を付けることも、さらりと笑って言える過去になることも怖くて仕方なかった。
小さな背中が背負っていた全てのものを代わりに背負うことは出来なくとも、蹌踉けたときに支えてあげられれば良いと思っていた。

「会いてぇなぁ」

だからこそ。
あの時、不意に見せた脆さに手を伸ばすのを躊躇った自分を今更に愚かだと思うのだ。
この時世、いつ誰が突然死ぬやも分からないというのに彼だけは別だと思っていたのか。
凛として其処にある姿はいつだって儚いくらいではなかったか。
笑うのにも理由が居ると言いたげな瞳は、いつだってそれでも眩しそうに世界を見ていた。
守るのは此だけでよいと呟いた唇は、それでも時には穏やかに自分の名を呼んだ。

「嗚呼、可笑しいとは思わねぇか。毛利」

もう居ないはずの名を呼ぶこと程滑稽なことはない。沈黙ではなく虚無に投げかけられた問いに答え得る声は無いはずであった。微かに揺れた空気は開け放った障子戸から入る風であったか。
さらりと衣擦れの音が耳に滑り込む。
それさえも幻覚だろうと自嘲して言葉を絞り出す。

「俺は今になって、本当に…お前が好きだったって思うんだ」

少しずつ思い出になり痛みは褪せるはず。
喪失感は薄れて少しずつ踏み込めない思い出となり得るはずなのに、幾程の時が経ってもふと探す人影に喪失感は薄れない。
鮮明すぎる残像はいつまで経っても元親に痛みを与え続けた。
望みはんなんだと聞いたことがある。
寂しくはないのかと問うたことがある。
最初はその度に怒っていた気がしたが、ふと或る日寂しそうに落とされた言葉があった。
自身の幸せよりも毛利を選んだと言ったその言葉が不器用なくらいに真っ直ぐで、反射的に抱き締めてしまって困らせた。
家を、国を背負うのはその家に生まれたものとしては当たり前のことだ。けれど全てをその為に自分の全てを捨ててしまうような生き方が余りにも不器用すぎて、自分のことなどそれでいいと告げる彼を思って泣けば、おずおずと背中に回った手があやすようでもあった。
そうして嗚呼、そうだ。彼もまた自分と同じ血の通った人間なのだと元親は思った。
思い出せと言われれば際限なく、本当に些細なことまでもが思い出されるのである。
喪いたくないから守りたいとは冗談でも言える関係ではなかった。
彼を庇護するなどという選択肢は元親は持ち合わせてなかったし、対等な立場だからこそ得られた関係でもあったからだ。
ふらりと立ち寄って、他愛の無い話をし、そしてまた去っていく。
寄せては返す波のように。
けれど海無くば生きられぬように元親の中で毛利元就という存在は大きくなり過ぎた。

「……出来るならばもう一度、会いてぇなぁ」

呟いた言葉は本心だ。
また、と言った言葉に少しだけ穏やかに笑って頷いた彼は、一月もしないうちにこの世を去った。
呆気ないと言えば呆気なく、当然と言えば当然であったのかも知れない。
何か予感めいたものが彼にはあって、だからこそ最後に会ったときに少しだけ戸惑いがちに元親の言葉を受け入れた。
あの時にどうして―。

「喧しい。お前がそうやってぼやく度に我は起こされて、…静かに眠るのさえ適わぬ」
「…毛利」

とん、と襖の開く音と共に呆れた声が耳朶を打つ。
振り返った先に陽光を受けて溶けるような柔らかな髪の色と細身の影。逆行で顔はよく見えなくともそれが誰かなど元親には一目瞭然であった。
声も間違えようがない。
思いすぎて幻覚でも見ているかのような心持ちで動けない元親に更に呆れた声が続けた。

「久しぶりに見る顔は矢張りどうしようもなく阿呆面よな。元親」

姓ではなく、名で読んだその声は非道く懐かしい。

「本当に?」
「仕方あるまい? お前が五月蝿すぎてほとほと困っていた頃合いでもあったし、誰もがお前を迎えに行けというのだから」
「……迎え?」

とん、ともう一度軽い音で襖が閉められる。
少しだけ俯いた彼が、

「…そうだ。不本意だが仕方ない。もう少し…長生きをして貰いたかったのだがな」

笑う。
そうして優しく告げる言葉に妙に納得して元親も笑った。
たくさんの見知った顔が彼岸の住人となっていた。にも関わらず迎えに来たのは彼らしい。
言葉もなく伸ばされた手が、そっと元親に差し伸べられた。

「悪ぃな」
「全くだ。もう少ししぶとく生きてくれるものと思っていた」

その、男にしては細い手を掴んで立ち上がった元親は自身の足下にもう一人の自分を見る。
眠ったままの自分の顔などこれ限り見ることはないだろうとぼんやりと思うと、掴んだ手に僅かに力が込められた。

「……元親」

諭すような声音に「大丈夫だ」と首を振った。
今更、生が惜しいと暴れ回るには少し気概がなさ過ぎたし、何よりも迎えに来たのが彼であればこそ、この手を離すのが惜しい。
そんな元親の気持ちを読み取ったか、小さく呟かれた言葉は余りにもらしくなく笑ってしまう。
思わず握られた手を引いて小柄な彼をすっぽりと自身の腕に収めると久しぶりの感覚に元親は屈託無く声を上げて笑った。
咎める声が返るのかと思ったら小さい溜息が一つ聞こえただけで、躊躇いがちに顔を覗き込んで元親は言葉を失う。
なんて顔をするのか。
慌てて俯いた彼が器用に元親の腕の中から逃れると、微かに手を引いて歩くようにと促した。
手を引かれる形で数歩、彼の後を歩く元親がゆるりと振り返れば布団の中で眠る自分の姿。
もしかしたら今、手を振り払ってあそこにいけば戻れるのかも知れない。
けれど戻る気はもう無かった。

 

 

申し訳なさそうに、泣きそうな顔で笑った彼が此処にあったから。






>>おむかえです。 とまぁ、そういうこと。
   何だか死にネタが多いなぁ。逆に元親がお迎えにくるパターンも
   考えていたりします。

   ありきたり…!(馬鹿

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サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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