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今日は厄日かもしれないと流れる緩やかな沈黙と共に佐助は思った。
今日は人の出も少ないから早めに店を切り上げてしまって、ゆっくりしようと思っていたのに。
がらんとした店内は切り上げるに十分な様相を呈していたが、カウンターの端に腰掛けた一人の男の存在で叶わない。
月の光を思わせる冴える銀色の髪を肩よりも伸ばした細身の男は、もう何杯目になるか分からないウィスキーのグラスを空けた。
「バーテンさん、もう一杯下さい」
しっかりとした口調は酔っていなく感じるが実際はそうではないだろう。焦点の呆けた眼差しで店内をゆったりと見渡して男が小さく笑う。
さてどうしたものかと佐助が肩を竦めたとき、裏口が控えめに開いた。小さく防犯に付けてある鈴が鳴る。目敏く佐助が視線をやると見慣れた顔があった。
客が居ると雰囲気で悟ったのか口だけを動かして「まだ客はいるのか?」と聞いた幸村に手振りだけで「まぁね」と答えた佐助が客に気付かれぬよう器用に溜息を吐く。
からりとグラスの中の氷が崩れる音と、合わせてグラスを持ち上げた男。
開店して一時間もしない内からその場所に座り酒を呷り続ける男は今まで店には来たことがない。旅人なのかもしれないと思ったが、それにしてはヤケ酒にも程があると思った。
そっと裏口から足音を立てずに移動してきた幸村が物陰から男を覗いて、同じように思ったのだろう眉根を珍しく潜めている。
「そろそろ止めておいた方が良いんじゃない?」
やんわりと飲み過ぎだと遠回しに諫めて佐助が男の手からグラスを受け取る。
そうはいっても客が猶も強請れば出さざるを得ないのが実情だが。
「おや…私、酔っているように見えますか」
「あんだけの量を飲んでるにしちゃあ、そうは見えないけどね。飲んだ量を考えればそろそろストップでしょ」
「……困りましたねぇ」
「そうは言われてもね。何があったのかは知らないけどこれ以上のヤケ酒はお勧めしないよ」
「バーテンさんは優しいですねぇ」
冗談とも本気とも取れぬ口調で笑った男は、けれどふと寂しそうな視線を店内に彷徨わせ今度は小さく自嘲する。相当参っているのかも知れないと感じるも、佐助は何かを聞き出す気はなかった。
沈黙が上辺を流れすぎていく頃に、小さく本当に小さく男が言葉を口にした。
「妹のような子がいたんですけどね、その子がね、私の手元を離れてしまったんですよ」
「はぁ…」
「恋愛感情なんて物は存在してなかったんですが。甘えるようなことも余りしない子でしたけど、でもやっぱり寂しいですねぇ」
溜息を深々と吐いて男が力なく頭を振る。佐助はどういって良いかも分からずに受け取ったグラスに氷を入れ直した。話をする間の一杯はおまけで出してやろうという思いである。
「随分と酷いことも言ったし、私も彼女も関係性的にはドライでしてね…でもやっぱり他の誰かの所に行ってしまうのは寂しいもののようです」
「妹みたいな子、なんでしょ? なら仕方ないさ」
「頭では分かってますよ。ただ心がついていかないんですよ」
「はぁ」
気の利いた言葉でさえ今の彼には不要であろう。
佐助は参ったと内心呟きながら男の前にグラスを置いた。勿論とろりとした香りの強い酒を入れて。
置かれたグラスを一瞬呆けて見た男が、佐助の意志を汲み取ったか口角を上げて微かに笑った。
小さくありがとうございますと呟くとグラスに口を付けて味わうようにして嚥下する。
「人の感情っていうのは本当に厄介だ」
ぽつんと呟いた男が残った酒を一気に飲み干した。ことんとテーブルにグラスが当たる乾いた音。項垂れるようになった男の手から離れたグラスが抗議のように氷と音を立てる。
これは相当だなと思いながら佐助は思案する。
さて追い出すのは簡単だと思うのだけれど、人でなしではない故無碍にそうするのも躊躇われる。
これではいつまで経っても店は閉められないだろう。
小さく参ったねと呟けば、裏から様子を覗いていた幸村も困ったように首を傾げた。
「私たちは孤独です」
静かな空間に男の独り言が落ちる。不思議な響きを持った言葉に何も返せるわけがない。
佐助も奥にいる幸村も男の言葉が何を意味しているのか、全てを知らずただ沈黙を守るしかなかった。
「幸せになれるなんて保証が全くない、のに」
からり、氷が音を立てる。
「だから此処でぐだぐだと腐っている、と?」
不意に。穏やかに、けれど鋭い言葉が割り入った。驚いたのは男だけでなく佐助と幸村も同じ。
店の扉が薄く開いて来客なのだと告げたが、佐助にとってその人物は幸村同様に見慣れた顔だ。
ひょこりと声に反応して顔を出した幸村が目を丸くする。
よく見れば幸村と似た面影の青年が確かな足取りで店内を移動した。気怠そうに視線を上げた男を一瞥して、佐助に声を掛ける。
「迎えに行くと幸村が出て行って思ったよりも時間が掛かっているから様子を見に来たのだけど」
「あ…、信幸の旦那」
「うん。厄介な客が残っていたんだね」
さらりとそう宣って笑った青年は幸村の実兄だ。
幼い頃に引き取られて別の場所で過ごしていた故に、性格は似ても似つかないが顔立ちはどことなく似ている。
独り立ちしてから幸村の居るこの街で過ごすことを決めた彼は音を紡ぐことの出来る存在でもあった。
「………久しい、というべきですか」
「久しぶりにあったというのに、この為体と思うと悲しくなるけれど」
「相変わらず手厳しい」
「……貴方がどうしようもないから、とは考えないのかな。…光秀」
言葉の厳しさの割りにやんわりと名を呼んだ信幸は仕方ないといった風に溜息を吐く。
知り合いだったのかと佐助が驚いて目を丸くすれば、視線だけで肯定をして信幸は光秀と自身が呼んだ男の腕を取って立ち上がらせた。
ふらり、と覚束なく立ち上がった男に視線を合わせると何かを確認するよう頷いて佐助に視線を向ける。
「もう、店終いをしても良いよ。彼は送っていくから」
「え…? ああ、どうも」
半ば引き摺るような強引さで男を店の外へと連れ出していく背中を呆然と眺めて、佐助と幸村は顔を見合わせる。
「ねぇ、旦那」
「うむ」
「あの人、知ってた?」
「いや……某は分からぬ」
「それじゃ、昔の……」
「かも知れぬ」
二人の視線は依然、幸村の兄と男が消えていった扉に向けられていた。
>> ちょっとした光秀のお話。
捏造お兄ちゃん登場。私は真田信幸殿も大好きです(笑
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