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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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雲海を渡る。朝の清々しい風は心地良く、眼前に迫ってきた王宮の影に目を細めた白く神聖な獣は音も少なに庭院に降り立った。
まだ朝早い時間で起き出しているのは朝餉を作る者達くらいだろう。無理を言って泊めて貰い、全て心得たとばかりに朝日が昇る直前に送り出してくれた隣国の麒麟を思い出しながら、ニアは用意していた衣に袖を通した。
白い容姿の中で唯一深い色を持つ瞳がそっと伏せられる。いつもと違い、用心深く選んだ服は首が隠れるくらい長襟のものにした。
それとてそこまで気にされるものではないだろう。ニアの影から気遣わしげに柔らかな雰囲気をまとった腕が着替えを手伝う。
女怪の気遣いに「ありがとう」と小さく告げて、そっと最後に帯を結んだ間違いない女の手にニアが触れる。
(主上は未だ自室におられるかと思います)
「……、そうですか。何とか間に合ったようです」
(良いのですか、台輔?)
「余計な心配は掛けたくありませんから」
きっぱりと言い切り足音も少なに回廊を歩くニアに、その影から声が尚も掛かった。
(…台輔、どうせ後でご報告に上がるのですから、隠すのは難しいのではないのですか)
「大丈夫です。心配は要りません」
迷い無く言いながらもニアの指は襟に隠れた自身の首に残るであろう痕を無意識になぞった。
くっきりと残ってしまっている絞められた指の痕は、白いニアの肌では暫く消えそうにない。今日誤魔化せたとして長い間、誤魔化せるとはニアも思っては居なかった。
元々麒麟の本性は仁。虚偽も良しとしない。
ただ心配であるのだ。急ぎの用である故に王の遣いとして赴いた先で国で唯一無二、王を選定する麒麟がどんな理由があるにしろ危害を加えられたとなれば、国交問題になりかねない。
そうでなくともニアが赴いた国は既に王朝の終わりが見え始めている。王は道を失った。その証拠に彼の国の麒麟は失道し、精神を病んでしまっている。
狂気を内包し、呪詛を吐き出すように絞り出された声を思い出してニアは顔を伏せた。
締め上げられた事による呼吸の侭為ら無さよりも、彼が今まで抱え込んできた痛みを吐露した言葉の方が堪えた。
王は民のもの。王は人でありながら王となった瞬間に人ではなくなる。王という名の神に近い存在になる。
選定は神獣と呼ばれる国の麒麟が、その唯一無二の存在が行う。麒麟は王から人の道を奪う。ささやかに自らの為に生きる生を奪ってしまう。
言うなれば王は民の為にある。そして麒麟は、その民の為にある王の為に唯一あるもの。
「……景台輔は、ずっと苦しかったのですね」
王の隣で執政を助けながら、何でもないように振る舞いながら、王の為にあるべき麒麟は本質ではなく虚像を投影されていたのならば、自分がそんな風に居たのならばどんなに苦しいかと思う。
耐える日々ばかりにささやかに安らぐ日の思い出さえ蝕まれていってしまうだろう。
心はないまま、本性が仁である故にそれだけは捨てられぬ侭に生きる。仁を捨てることは出来ない。人ではなく麒麟として生まれた故に根本は覆せない。
考えただけで生き地獄のようだと思った。
するりと白い指が首に残された痕に触れた瞬間に走ったひりついた痛みに僅かに眉根を寄せて、ニアは足音もなく自分の房室に入った。
後ろ手で扉を閉めた瞬間、声が掛かる。
「随分と急いで帰って来てくれたようだな」
その声に何故王気を辿った後、慎重に動かなかったのか後悔した。
普通、麒麟と王は寝所が設けられている殿が違う。
しかし幼い頃に王を選び、胎果で世界にも不慣れであったニアの為、王は同じ殿に麒麟と王の寝所を設けさせた。成獣化した後も寝所はそのままにしてあり、殿が同じであるが故に簡単に互いの寝所を行き来出来る案配になっている。
「…主上」
咎める響きもなく普段通りの王の声にニアはそう呟くのが精一杯だった。
体格の良い男が房室の奥、もう一つの扉から迷わずに歩いてくる。
大きくなった今も華奢な印象を拭えない自国の麒麟の目の前で歩みを止めると労るように肩に手を置こうとした先、逃れるようにニアの身体が沈んだ。
「ニア」
膝を折り頭を下げたニアの表情は見えない。ただ長い襟の隙間から白く細い首筋が見え、そこに微かに見慣れぬ痕を目にして、王は何事かを察する。
しかし言及する言葉は飲み込む。何より額づいた麒麟が触れられたくないように身体を強張らせたのを見逃さなかった。
「まだお休みになってるかと思いました」
「何となく帰ってきた気がしたからな」
迷うことなく手を差し出し、ニアを立ち上がらせた王は穏やかに笑う。
「……報告は後で良い。疲れただろう? 休んでいなさい」
目の前の男を王に選んだとき、ニアは未だ幼かった。その時と変わらぬ口調にニアは酷く安堵する。
同時に首を締め付けられたときに聞いた慶国の麒麟の声が脳裏に蘇った。
誰しもが違う誰かや何かの代りにはなれない。麒麟は選んだ王に仕え、その国の為の存在である。鏡像である訳が無い。
しかし麒麟は王の命に背くことは出来ない。王がそれを望めば享受し王と共に生きるしかない。
「…レスター」
笑って過ごしていた筈だ。初めてあの国を訪れた時、慶国の麒麟は王を選べて良かったと笑った。
王が名を与えた時でさえ笑っていたのだ。隣国の台輔と同じ名を、今生きている存在の名を与えるというのはどんな意図があれ、自身ではなく置き換え虚像を映す結果となるのを知りながら笑っていた。
その思いを推し量れば、道を外し病んでしまった様子を目の当たりにしてしまえば、苦しくて仕方ない。
もっと他に何かなかったのかと思わずにいられない。
「…ニア?」
「少しだけ、」
甘えると言うよりは温度を求めるような仕種で王の胸に寄りかかったニアは瞳を閉じる。
胎果であるニアにとって幼い頃過ごした世界とは隔絶された本来あるべき場所は酷く不安に満ちたものだった。
聡明で感情を抑える術を心得ていたとしても不安は拭えなかった。無言で堪えるしかなかった筈のニアにその時伸ばされた腕は優しく温かかった。その腕で王はニアの柔らかな癖毛を撫でる。
王の命で出向いた先で何があったかは話さねばなるまい。
何よりも言葉にしないだけで気遣う王の態度に大体を悟られてしまったのをニアは感じている。
順序立てて話せば物分りのいい王の事だ。危害を加えられたとはいえ、不可抗力であったことは理解してくれるだろう。
「少しだけ、こうしていて下さい」
消え入るような声は王に確かに届き、苦笑を返されはしたが拒まれることはなかった。
ただどうして哀しいのだろうと、ニアは身体を半分預けた先で思うしかない。
始まりがあれば例外なく終わりはある。胎果であるが故に永遠など無いことをニアは誰よりも知っている。その時、自分と王の辿る道も偏に失道でしかないだろう。
同じ結末でなかったとしても其処にあるものが何であったとしても、と考えて止めた。分かる筈も無い。
麒麟は王を選定し、王に従う。なればこそ最期も一緒でありたいのだと思うのだ。
この優しい腕が優しさを間違え、聡明さが傲慢に満ちてしまい天に見放される時が来るのだとしても。


―道を失った時でさえ、きっとこの人の温度は変わらないのだろうから。



>>久しぶりの十○国パロネタ。
   いつぞやの話のその後、としてリンク。
   十○国ネタは本編のキャラ(というかワイミーズの子達)のイメージと
   余り離さないようにしつつ、如何に麒麟っぽくするかを肝に置いてたりする。

   しかしこれ、途中で何が何だか分からなくなったとか、言わないよ。
   私の馬鹿…(いつものこと)

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そんなところです。

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