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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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見た瞬間に、それが人ではないと本能で悟った。
鮮やかすぎる炎に似た髪に見事なまでの鍛え上げられた身体。
それだけであれば南蛮の人間のはこのような者もいよう、で済まされた。だというのに金の虹彩の瞳が見下ろし、知らぬ声で知らぬ言葉を紡いだ。
それは元春の与り知らぬ地で<美しい夜>を意味した。問いかけではなく呟いたのだ、と理解するまでに数秒。
危険を告げる臣下の声が鼓膜を振るわせたとき、矢張り元春は本能で刀の鞘を抜いた。
鍔が軋む嫌な音と、力の押し合いでは圧倒的に不利だと瞬時に結論を出した頭が絶妙な時合いでもって、間合いを取る。
押し負けもせず、姿勢を崩すこともなく距離を取った元春にそれは口角をつり上げる。
笑ったのかと思えば、もう一度知らぬ言葉を紡いだ。
それはまるで元春の名を呼ぶような仕草であったので、元春は刀を構えたまま動けない。

「元春様」
「来るな」

人ではない。
瀬戸内の海を越えた先、四国の国主である男が鬼と名乗った。しかし彼は人でありながらの鬼であり、矢張り人でしかない。
けれど目の前の、それはどうだろう。人の定義から外れたような威圧感を醸すのだから、矢張り本物の鬼なのだろうか。
ただ理屈ではない深い部分でそれは人ではないと自身が告げる。

「……お前は、誰だ」
「……君ハ」

不意に。その口から知った言葉が流れた。決して上手いとは言えないが、確かに知る言葉。
困惑したように構えた手を下ろしてしまうそれに元春が眉根を寄せる。
一度は斬りかかってきた、それを簡単に下ろしてしまうと言うことは侮られていると取って良いのだろうか。

「俺が先に訊いたんだ。答えろ。お前は、誰だ。…抑も、人か?」

その言葉に、男は奇妙に嗤う。

「ソウカ。ナルホド」
「…答えろ」
「デハ、代償トシテ私ノ質問ニモ答エテ貰オウ」
「………何だ」
「君ハ何故、コノヨウナ場所ニ居ルノカ?」
「…はぁ? 何、莫迦な」
「君ハ女子ダロウ? 何故、ソノヨウナ格好デ戦場ニ…」
「黙れ」

遮った。
ひゅっと刀が宙を裂く音と共に、男に剣が突き付けられる。
じっと覗い見る瞳と、元春の敵を見据える視線が交錯する。
耐えきれぬほどに張り詰める緊張の糸に、小さく喉が鳴った。

「……理由ガアルノダナ」
「そんなこと、どうだっていい。俺の質問に答えろ」
「言ッタダロウ? 答エヲ求メルノナラ代償トシテ私ノ問イニモ答エナケレバナラナイ」
「俺は、吉川の当主だ。それ以外の理由はない」

言い切った元春の、途端姿勢が崩れる。女子であることを見抜かれたことに驚愕するよりも、そちらの方が元春本人も周りで見守っていた臣下も信じられなかった。
性別で言うのなら女子である元春の、けれど天賦の才というのか―戦での強さは並の男よりも遥か上を行く。
その元春が全く反応出来ずに姿勢を崩した事実が、何を意味するか。

「お前…」
「答エヨウ。君ノ言ウ通リ私ハ人間デハナイ」

突き付けたはずの刀身を、迷うことなく掴み引き寄せたことで近くなった元春に低く声が落ちる。
見上げた視線は穏やかとも諦めとも取れる色を含んでいた。
するり、と自由となる手が元春の頬を撫でた。

「君ハマタ、争イノ中ニ居ルノダナ。―…  」

悲しみさえも含むような、声と同時に、
高い音を立てて刀は地に落ちる。
それは解放されたが故で、咄嗟のことに元春が対応しきれず重力に任せるままに刀を落としたからだ。


「……それは、誰の名だ」

焼け空に溶け入るように姿を消した、その所業こそ既に人のものではなかった。
呆気に取られ言葉を失う臣下を背に元春は眉根を寄せて呟く。
呼びかけの名は自分の知らぬ言葉で為された。
その名が元春のものではなかったことも、簡単に退いたことも、自身が簡単に相手に後れを取ったことも、何もかも全て。

「気に入らないな」


まるで断罪を行うような沈痛な声で、非難めいたことを言ってのけた存在が、人ではないと肯定したあの存在が。
珍しく全て気に入らない、と元春は毒づく。
陽の落ちる寸前、空に残った一差しの朱が人ではないあの存在を肯定するようで目を逸らした。


本来ならば在るはずのない邂逅の一つ。
元春に美しい夜の名は、無い。



>> 元春とアホ悪魔の出会い。
    天然アホ悪魔はやっぱり天然で強いんだろうなと思います。
    それに元春は少しイライラしてたらいい。

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