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レン。
短く二文字、たった一文字しか違わぬ名前を女王は呼ぶ。
先日までは王女の肩書きを持っていた幼い女王は、声につられて顔を上げた少年従者に笑いかけた。
「ああ、其処にいたのね」
「はい、リン女王」
女王よりも幾分か低い声は、同じ年回りとはいえ女王に良く似ていた。
いや、声だけではない。
柔らかな金の髪も、南国の海を映したような瞳も、愛らしいといえる顔つきも、他人とは言えぬ程に良く似ている。
若干少年には女性が持つ丸みが無く、身長が少女より高い。それくらいが違いだった。
腰を折って礼を取った従者を困ったように女王は見る。
「ねぇ、レン」
こつこつと磨かれた床に足音が木霊し、少年の前に立ち止った女王が首を傾げる。
「私のことは、リンって呼んで頂戴?」
ねぇ、お願いよ。そう付け足して笑う少女の笑みは少し寂しさが滲んでいた。
姿も似通っていれば名前も一音だけ違う二人は、正面から向かい合えば鏡を映したように他者には見えただろう。
服装は主人と従者。けれど二人には全くと言っていいほど、形だけは典型的なその関係性が無い。
「二人の時に」
「今は二人だわ」
「……此処は公の場ですから」
「レン」
女王が名を呼ぶ。従者は僅かに苦笑で答えた。
小さく、本当に聞こえない、音にはならない、そんな音を少年の唇が象る。
――リン。
名を呼ばれて、女王は年相応の笑みを湛えたまま背後に控えていた兵士に鋭く声を掛ける。
「出て行って頂戴。今日の職務は終わりだわ。私は部屋に戻ります」
無駄な所作もなく踵を返した女王に兵士は一礼し、退室していく。それを見送って少年は「良かったの?」とだけ呟く。
従者のものにしては砕けた口調を女王は責めない
「疲れたわ」
「まだ、……女王に代わったばかりだからね」
「病んだお母様が務められるくらいだから、楽だと思ったけど、そうでもないみたいね」
磨き上げられた燭台に触れながら、女王が笑みを零す。
お母様と呼んだのは先代の女王。つまりは今幼い仕種で燭台を弄いながら、それでもこの国を統べる少女の母親だ。
「リン」
「……全く厄介だわ。色々何を決めるにも承認が必要なんて」
肩を竦める女王の纏う黄色のドレスに施された絹のリボンが揺れる。
「法律、変えてしまおうかしら?」
歌うようにとんでもない事を言う少女を、従者は僅かに首を傾げるだけで許容した。
ただ女王と同じ色の瞳が細められ、女王が軽やかに広間を歩く姿を捉え続ける。
「変えて、どうするの?」
ふと。
踊るような足取りが止まる。従者の問いに女王は淡く笑みを履き、さらりと返した。
「そうしたらこの国は私とあなたのものだわ、レン」
「僕にその、資格はないよ」
「いいえ…!」
足早に歩み寄ってきた女王が少年の手を取った。ぎゅっと握って、縋るように顔を近づける。
手を合わせるだけであったなら本当に鏡に映した自分を見るようなのだろうと倒錯を起こしそうな中で、握られた手を握り返しながら従者は首を振る。
「僕はただ、の」
「血を分けた唯一の姉弟だわ。私とあなたは同じ血が流れてる」
「リン、それでも」
「要らないなんてことない。それならレンを要らないと言ったお母様や国が間違っているのよ」
「リン」
「だって、あなたが要らないなら私も要らないわ」
少女の手を握る力が強くなる。
俯いた顔ははらりと落ちた髪が隠し、よく見えない中で、少年は堪えるように目を伏せた。
分かっている。彼女の言いたいことは分かる。立場も与えられた姓も違えど紛れもなくリンとレンは血を分けた姉弟だ。
双子であったが為に忌み子としてどちらかを市井に下ろす際、先代の女王である実母が手元に置くのは女子が良いと願い、結果リンは王女として、レンはただの少年として育ってきた。
本来の習わしであれば男子が国を継ぐべきであり、正当な後継者はレンにあたる。
何より生まれた時さえ同じくとした双子であるリンにとって、レンを不要と見なすのは耐えられないのだろう。
最初に従者として後宮に上がった時、顔を合わせた時、目が合った瞬間に何かを悟ったように笑った少女の顔が忘れられない。
「ごめん、ありがとう、リン」
だからこそレンは少女の食い込みそうなほどにきつく握られた手を、なだめるように優しく握り返した。
顔を上げた女王の瞳には涙の膜が薄く張り、綺麗な湖面のようにも見える。
「リンの気持ちだけで嬉しいよ」
「でも」
「……良いんだ、本当にそれだけで」
立場なんて要らない。
少女のやりたいことは分かっている。誰にも邪魔をされない、彼女の王国を作るという彼女の夢はあまりに幼い。
国は間違いなく破綻する。分かっている。
そうなった場合、女王として最後に待つ責務も、予想がつく。
出来ればそういうものをリンに背負って欲しくはない。出来れば、ただ笑っていてくれさえすればいい。
きっと母は選択を誤った。リンは施政者になるには弱くて、ただの普通の少女でしかなかった。普通の少女として育っていたなら幸せになれたのに。
「ねぇ、リン」
「なぁに?」
「笑って」
「……え?」
「笑って、リン」
少年の言葉におずおずと笑みを浮かべた女王に、そっと伸ばされる手に。
擽ったさを覚えたのか小さな笑い声が上がり、リンは先程の弱さを内包した少女とは打って変わった言葉を告げる。
「レンこそ有り難う。でも、私はね、私が王女として育った限り、その立場に縛らさせられ続けた分の清算をするわ」
「……リン?」
「だって私は、もう既に悪の、女王ですもの」
にこり。
笑った少女の瞳には何の感慨もない。
言われた言葉を少年が理解するには数秒を要した。南国の海のような碧の瞳が何度か瞬きを繰り返し、やがて言葉の意味を咀嚼したのか、ゆっくり瞳は伏せられた。
既に破綻への幕が上がっているというのなら。
重なったままの少女の手の温度を確かめるようにもう一度握って、レンも笑う。
「そうだね。そうしたら、僕は悪の召使いだ」
>>久しぶりのボカロ。悪シリーズはずっと好き。
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