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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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夜は長い。随分と前から自分にとっては長いのだなぁと思う。逆に昼間は家で寝ているばかりで、休日晴天に恵まれて外出したりすると不思議な気分にさえ陥るのだ。
生まれつき色素の薄い肌は夜に良く映える、とこの街に来て直ぐに言われた言葉だった。
褒め言葉にも思わなかったが特段嫌味とも思えず素直に頷いた。
真実でも虚実でも構わない。実際これから自分が口にする大半は意味もない言葉ばかりなのだろうし、掛けられる言葉もそうであろうと思っていた。
けれど虚飾の中でさえ誠意は存在し、そこに生きる人間には温かさが通う。
寧ろ自分が足を踏み入れたこの街は酷く人間味が強かった。
この街に足繁く通う人間の、この街で生計を立てる人間の、欲が渦巻いているから。
「エノアさん」
夕焼けに染まる空を眺めながら落ちかけた髪を結い上げたところで、本来此処で呼ばれるべきでない名前で呼び止められる。
淀みのない通る声だ。
つと腕に付けていた時計に視線を移せば出勤までの時間があまりないことを告げている。素知らぬ振りで立ち去るべきだと判断して歩み去ろうとした瞬間、
「……エノアさん」
やんわりと腕を掴まれて引き留められた。声のした方を振り返れば幾分も高いところから見下ろす視線とぶつかる。
「名前」
小さく溜息を一つ落として仕方なく足を止める。
遅刻してしまうのは間違いないだろうが、その時は目の前の男なり他の男なりを掴まえて同伴出勤すれば咎められることはないだろう。
「……名前?」
不思議そうに首を傾げる男の顔に張り手の一つでもしてやりたいと思いながら、何とか踏み止まって言葉を繋げた。
「それ、呼ばないで下さい。私のことはザクスと呼んで下さいネ」
男が呼んだ名前は自分の名、そして告げた名前もまた自分の名。
指摘に気付いたように男が笑う。そうして言い直される名前に、不思議と名残惜しさを感じた。


***


「あんた、やばいんじゃないの?」
向かい側でジュースを飲みながら何てことも無く話す女性にエノアは首を傾げる。
道路に面したカフェテラスで一緒にお茶をする相手は、明るい薔薇色の髪を持つ華やかな雰囲気の女性だ。
「何がです?」
「最近、変なのが付き纏ってるって聞いたわ」
「……変なの」
考えながらテーブルに置かれたケーキを突くエノアに痺れを切らしたように相手は話す。
「このところ良くあんたに指名入れてくる、あの…! えぇっと、ほら、警察の、」
「ああ、レイムさん?」
「そう、それ!」
身分のきちんと証明された仕事だというのに変呼ばわりとは可哀想だなと内心思いながら、エノアは頷く。
確かに変と言えば変だと思うのだ。
「何か悪いことでもしたの?」
「まさか」
どうやら本気で心配しているようで、身を乗り出してくる女性に苦笑する。
「してたとしてもしっぽを出すようなヘマはしません」
夜の街に潜む非合法な実情を知らぬ二人ではない。一度手を出してしまえば泥沼に填ったように抜け出せず、身の破滅を招いた人間を何人も見てきている。
小耳に挟んだり一端を垣間見ることはあっても自ら進んで手を伸ばすことはあり得なかった。
「ふぅん。それじゃ、なんだって気に入られたものね」
「珍しいんじゃないんですか?」
頬杖をついた相手がじろりとエノアを見遣った。何をとは問わず視線だけで何が悪いと言わんばかりである。
喧嘩を売った訳ではないのだが彼女にとっては地雷だったか。
「なに? 水商売の女が?」
途端鼻白んだ彼女にやんわりと笑って、何でもない事のようにさらりとエノアは言う。
「そうじゃなくて、私が…じゃないですかね」
押し黙る女性にまた笑いかけてエノアは切り分けたケーキをもう一口頬張った。
沈黙に耐えきれず
「確かにあんたは変わってるけどね」
話し出す女性は眉間に皺を寄せている。
自分を卑下するような言い方は止せと言外に告げる様子に、本当にお人好しなんだからとぼんやりと思うのだ。
この街で生計を立てる人間として自分が少し毛色が違うことをエノアは十分承知している。
良く言えば欲が少ない。
人並みに欲はあるつもりだが、周りから言わせれば希薄らしいのだ。
極端に色素の薄い容姿も相まって珍しがられることはよくあることだった。
「珍獣ってわけじゃないでしょ」
「おや? 私のことよく”悪女”だなんだと言う癖に優しいんですね」
「それとこれとは話が別よ!」
テーブルに勢いに任せて手をついたせいで盛大に音が上がり、何事かと店員が様子を伺ってくる。
それにひらりと手を振って愛想笑いで返し女性は座り直して大きく溜息を吐いた。
夜になれば綺麗に結い上げる髪を手を付けず下ろしたままにして、毛先を見るように両手で長い髪を掴んだ彼女は視線を戻さずに続ける。
「とにかく気をつけなさいよ」
ぽつり。
「ええ、有り難うございます」
小さな呟きも聞き逃さず笑ったエノアに女性はばつが悪そうに微かに笑った。
飲み物をほぼ飲み終え、新しく注文するか店を出るか口を開こうとしたタイミングを計ったように携帯の着信メロディーが鳴り出す。
顔の目の前に手を移動させ無言で詫びながら、女性が鞄の中から携帯を引っ掴み電話に出た。
「もしもし?」
音も少なく席を立ち会話を聞かれないよう移動していく姿を見ながら、残されたエノアは手慰みにテーブルの上のメニュー表を手で弄う。
会話は殆ど聞こえないが、彼女の様子からするに店ではなく客からの電話のようだ。
少し我が儘に思われる態度を取ることもあるが女性は気が利いて器量も良い。金持ちでは無いにしろ気性面で質の良い客がつきやすいのは頷けた。
談笑を交えながら電話を切った彼女が駆け足で戻ってきてテーブルの上にあった伝票を掴む。
「ゴメン、私ちょっと用事が出来たから」
「あ、はい」
「今回は私が持つわ。もうちょっとゆっくりして出なさいよ。折角の休みでしょ」
伝票に伸ばし掛けた手から逃れるように伝票の掲げて女性が笑った。会計は持ってくれるらしく、伝票を手にそのままレジへと向かってしまった女性を見守って一息吐き、背もたれにもたれ掛かる。
これからの予定が無くなってしまった。
今日は休日だから仕事はしたくないし、家にでもこのまま帰るべきだろうか。
空にしたカップの縁をなぞりながら考え込んでいるとテラスの外から声が掛けられる。
「エノアさん」
そんな風に名前を呼ぶ人間は少なく、顔を上げたところで手を振る人間と目が合う。
先ほどまで同業の女性との話題に上がっていた男だ。
「名前、」
ふっと息を抜く軽さで笑う。
「幾ら言っても駄目みたいですネェ」


***


からからと自転車の車輪が回る音が耳を擽る。
すっかり紅く染められた夕空を見上げて首を傾げた。
「そういえば、何かご用事があったんじゃないんですか?」
隣を歩く背の高い男が小さく相槌の声を上げた。自転車を引きながら男が笑う。
「済んだ後だったから」
「そうですか」
「エノアさんこそ」
「私は休みですし、丁度予定が空いた所でしたから」
無理に仕事でもないのに誰かに付き合うことは無いし、断れないような性格はしていませんよと付け足してエノアは黙る。
お茶の後に買い物に付き合うはずが相手に振られてしまい、予定が空いた所で隣の男に声を掛けられこの時間までふらふらと街を歩いた。
特段買い物の用事も無く時間を潰すための行為に付き合った男は本当は用事が有ったのではないのだろうか。
自転車の篭には何も入っていない。
「付き合せちゃいましたね」
「え?」
「ねぇ、レイムさん。本当は用事済んでないんでしょう?」
その言葉にゆったりと首を振った男が笑い、ハンドルから離した片方の手が伸ばされる。
さらりと白銀の髪先にだけ触れた手を見詰めながら言葉を待っていると、酷く落ちた調子の低い声が聞こえた気がした。
「……え?」
聞き取れなかった言葉を聞き返そうとしたところで、いつの間にか移動していた指先がエノアの唇に触れる。なぞった指先に薄く口紅が着くのを見詰めて数秒経って意識が引き戻される。
これではセクハラだ。文句を言ってやろうと思い見上げ、しかし言葉は飲み込んでしまった。
「行こう」
何事も無かったように自転車を引く男の言葉にエノアは頷く。
夕闇が混ざる空模様を男が仰いで本当にどうだって良いことを呟いた。
「ねぇ、レイムさん」
隣ではなく数歩後ろを歩いてエノアが声をかける。肩越しに振り返る彼の表情はいつもと変わらない。
「どうか?」
「いいえ、すみません。何でもないです」
だからこれ以上何も言えずに隣に追いついてアパートまで大人しく送られることにした。
他愛の無い会話は殆ど頭に入りそうに無くて、だから途中で会話が尽きて沈黙が続いたことだけが有り難かった。
「それじゃ」
「はい。レイムさんも気をつけて」
アパートの前で別れた背中に手を振り、角を曲がって消えたのを見届けてから階段を上がる。
扉を開けて靴を脱いだ所でエノアは額に手を宛てた。
「……ああ、もう」
ぐしゃりと前髪を崩して肩から落ちた鞄を引き摺るようにベッドに倒れこむと小さくスプリングが悲鳴を上げる。
化粧がついてしまうではないかと考えた所で、さっきなぞられた唇の、その口紅の付いた指先を思い出した。
何故。
「信じられない」
普通、あそこで泣きそうな顔をするだろうか。
そんなものは一瞬ですぐに分からなくなってしまったけれど、近距離で見間違う筈もない。
華やかな夜の街で口説かれることなんて幾らでもある。同じような言葉を言われたのに重さが違いすぎた。
(――ただ会いたかったから)
低く落とされた言葉はたぶん、こうだった。
飾りも何も無く幾度も同じ言葉を、似た言葉を、聴いてきた筈なのに受け流せない。
ゆっくりと一回寝返りを打って天井を見上げた。何も映さない慣れた光景に一つ息を付いて目を閉じる。
何事も無かったと忘れてしまうのが一番だと分かっているのに、それでいいのかと自問されているようで気持ちが悪いと思う。
「そういえば」
ふと思い出したように呟く。
初めて会ったのが夜の街ではないから、彼が自分を認識したのは本名からだと分かっているが呼ぶのを許容したのは経緯を考えても酷く珍しかった。
何度かその名で呼ばないで欲しいと言ってはみたけれど、どこかでは惜しいと思っていた自分がどうかしてるのだ。
上半身を起こしてもう一度大きく息を吐き出して首を振る。
考えるのはやめてしまおう。どうしたってこれ以上も以下も無いと結論付けて小さく笑みを零した。

夜の街に生きる女を蝶と喩えるのなら、自分は触れてきたあの指先を止まる先としたかったのかもしれない。



>>夜の街設定の二人。
   この設定の眼鏡がどうしても黒いんだがどうしたらいいんだろうな^q^
   女設定の帽子屋さんはエノアでほぼ固定だよ!_|\○_ ヒャッ ε= \_○ノ ホーウ!!!
   ああ、あたまわるい(笑)

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此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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