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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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実は低速で飛ぶというのは案外疲れるもので、最大の空気抵抗を受ける現状では仕方の無いことだと分かりつつ凡そ鳥とは思えない鈍さで飛ぶそれは白かった。真白の、触ればふかふかの羽を何とか動かして飛んでいる。
誰かが羽毛を蓄え丸々とした様子を毬藻のようだと言ったが正にそんな様相だ。
ふらふらと庭園の樹木の合間を飛んで、その鳥は一瞬羽ばたくのを止めてしまう。
急に落ちた高度にもう一度翼を動かして元の高さまで戻ったが、その姿は酷く滑稽だった。
庭園の端、清か絶えぬ水音が聞こえる水場は都の下に存在する地底湖から水を引いている。一定の冷たさを保ったままの水は自然澄み、この国が水の恵みをつけているのを端的に現していた。
そこに人影がある。
「ユーリ」
鳥は低速のまま近寄り、小さな音で言葉を発した。毬藻のような白い鳥は世界で奇跡の紛物と呼ばれる【漂う物】である。
人語を話すことは出来るが元々音に頼らずとも互いの意思疎通が出来るため、声は小さい。
「……ジャック?」
微かな声を拾って名を呼ばれた女性が振り向いた。癖が無い漆黒の髪を背中まで伸ばした彼女は水に触れていた手を払って、ふわふわと飛んできた鳥を受け止める。
その姿に一度苦笑すると腕の中に収まってしまった鳥を見下ろした。
「どうしたんだ?」
「いや……。何だか結構今日は長い時間、飛んだのだけど疲れてしまってね」
その遅さでは距離にすれば大したことはないのではないか、とは言わずユーリは頷く。
毛繕いをすれば綺麗な鳥であるし、何より飛んで速いのは知っている。毛繕いが嫌いだと知っているが、必要になったらするのだから今は必要に迫られてはいないのだ。
はぁと大きく羽を振るわせた鳥が器用に丸まった。
「悪いけれど部屋まで連れて行ってくれないかい?」
「……まぁ、構わないけど」
「助かるよ」
そして眠るように動かなくなってしまった鳥を抱えたユーリが肩を竦めた。
庭園に面した回廊から城内に入り、鳥のために宛がわれた部屋に向かう途中、ふと腕の中で小さく声が上がった。
「そういえば」
「うん?」
「ユーリはどことなく容姿がグレンに似ているね」
自身を飼う女王の名を口にしてふるふると震える鳥の言葉にユーリは首を傾げる。
艶のある漆黒の髪に白い肌、すっきりとした印象の容貌はこの国の典型的な美人を表す言葉だ。
グレンは正にそんな容姿であったし、ユーリもまた美人と賞されることがあるから、たぶんそういうことなのだろう。
「髪の色が似てるだけだろ?」
「そうかなぁ。……まぁ、性格は似てはいないだろうね」
「最初に容姿って言わなかったか?」
「言ったねぇ」
のんびりと返す鳥がぱたりと羽を動かす。
大人しくユーリの腕に収まっている鳥はしかし基本的に人に触れられるのを好まない。
無条件に触れるのは女王だけだし、自ら触れる対象は限られている。その限られた中にユーリは入っていた。
「ところで蛇神殿の調子はどうだろう?」
問うた言葉にユーリは苦笑する。
この国は、国の機能の殆どが王都に収まっている。小さな国だ。寧ろ主だった都市は王都しかないことを考えれば、この街一つで国家がほぼ成り立っていると言って良い。
その王都の下。地上にある都と同規模の地底湖が存在している。
地底湖から王都の至る所に水は引かれ、降雨量も程好く、雪解けの水が大地に染み込み湖を潤すこともあって水は不足することが無い。
昔から豊かな水を持つ都市だ。
世界に降る錆という名の毒は、世界を構成する全てを蝕み疫病を呼ぶが、この国の水だけは決して侵される事が無い。
地底湖に古くから住まう神に近い存在の水蛇が水を清めている為だった。
それでも空気や、降る雨、渡ってきた人、それらから渡る錆の脅威から逃げることは出来ない。
錆は世界にとって、存在する全てにとって、決して取り払えぬ災厄だ。それでも他国は言う。水蛇の王国は井戸水が侵されることが無い、それだけで幸福だと。
尤もユーリに言わせて見れば利害関係の一致でしかない。
水蛇は古くからの巣を守りたい。その盾に成り得る王国を容認する。代わりに王国は水蛇の巣から清められた水を引く。
彼の巣を守る代わりに安全な水を貰っている。単純な利害関係なのだ。
精霊の中でも上位にある水蛇と意志疎通出来るものが国と蛇との間に立つ。
身分は関係なく、国の中でその時蛇の声を遠くでも聞こえるものが立つのだ。男性ならば御子、女性ならば巫女と呼ばれ王に従事することになる。
現役の巫女であるユーリは王都の端、下町の生まれだった。
役職が代替わりの際に貴族の家に引き取られたが、下層の生活を心得ている。未だ貴族の姓を名乗りながら気軽に街に出て行くのも生まれに起因していた。
「隣で降った雨に錆が混ざってた。川を渡って入り込んだらしい。……ちょっと苦しいみたいだな」
さらりと鳥の質問に返して、行き着いた部屋の扉を開ける。
腕の中からぱたぱたと動いて大き目のソファに沈み込んだ鳥がユーリを見上げた。
「うん。いくら地図で線を引いても、空気も水も世界を回るものだ」
「そんなのあいつは分かってるさ。……だから何も言ってはこない」
「心配かい?」
「どうだろうなぁ」
ころころとソファの上で動く鳥が止まる。
「私が行こうか?」
錆を防ぐために世界にある七つの王国の全てが心血を注いでいる。錆に対して弛まぬ対応策を練ってこそ国は繁栄するのだ。
言い換えれば錆に対して政策を怠れば国は衰退するか滅んでしまう。
その忌むべき錆を【漂う物】は喰らい生きる。唯一錆に対して絶対的な対応策を持っている存在が彼らなのだ。
ソファの中でじっと様子を窺う鳥にユーリは手を伸ばす。
白い体に触れて笑った。
「ありがとう。大丈夫だ。……あれは強いから、何度だってそうやって生きてる」
「そう」
伸ばされ手に自ら擦り寄って二度三度羽を振るわせた鳥はもう何も言わない。
部屋を出る際に微かな声で「部屋までありがとう」とだけ言う鳥は、錆を食べ真白の羽を時に黒に染める奇跡だった。


>>もふもふ設定(?)の。冬さんのリクエスト。
   なんかどうだっていきあたりばったりで、サーセン^q^

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サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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