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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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主上、と控えめな女御の声に男は振り返る。
二十代前半の年頃に見える端正な容姿の青年は迷うことなく綺麗に着こなした黒衣の裾を翻した。
つるりと磨き上げられた碧玉の玉佩が光を浴びて柔らかな光彩を反射する。
「どうした?」
声は清廉な響きさえ含んだ通りの良さである。亜麻色の髪と若干それよりは濃い褐色の瞳は日に透ければ柔らかな印象を纏う。回廊に差し込む陽光が癖のない亜麻色の髪を飴色に融かした。
「…はい。あの、台輔が…」
頭を深く垂れて言いにくそうに女御が口にしたその言葉で、青年は大体の事情を察したようだ。柳眉を少し顰めて、しかし女御には悟られないよう直ぐに薄く笑みを佩く。
「分かった。直ぐに向かう。…ご苦労様」
「はい」
労いの言葉に更に深く頭を下げた女御を横目に青年の足取りは迷うことなく或る一室を目指した。
磨き上げられた床にコツコツと硬質な足音だけが響き、行き着いた先は細やかな装飾がさり気なく施された扉であった。
「…僕だ。入るぞ」
一応、室の主に気を遣い声を掛けてから扉を開ける。
房室に誂えられた寝台から身を起こす気配。寝台は薄い紗の布が遮っており朧気に影が映り込むのみで、休んでいたのだろう主の様子は窺い知れない。
「竜崎?」
寝台の人影が動く。
青年が呼んだ名はその人のものであるらしい。するりと紗の布を捲るように腕が伸ばされた。
酷く血色の悪い細い腕だ。
「……何を、考えました」
穏やかと言うよりは凪いだ水面のような感情を表さぬ声が問う。上体を起こし支えていた手の位置をずらして首を傾げたのは真っ黒な髪を持つ若い風貌でありながら年齢を悟らせぬような男だった。
「何を…っていうのは?」
「その侭、言葉の通りです」
寝台の近くにあった椅子を引き寄せて座った青年がゆったりを腕を組む。
「竜崎」
青年が名前を呼ぶ。それに程なく「はい」と短い返事が返った。
寝台に身を起こしたのは王を選定する神獣であるこの国の麒麟である。そしてそれを字だけで呼ぶ事が出来るのは例外を除いて麒麟が王と認めた者唯一人。
「失道したとでも言う気か?」
「…頭の良い貴方の事です。もう分かって居るんじゃありませんか?」
「………ちっ」
「…………今盛大に舌打ちしましたね」
「気のせいだ」
その言葉に溜息で応酬した竜崎と呼ばれた麒麟は緩慢な動きで姿勢を変える。
「月君」
「何だ?」
自身の王を麒麟が名で呼ぶ行為は酷く珍しい。
漆黒の闇を称えた瞳がじっと見据えてくるのに王である青年は応える為決して視線を逸らさない。
「そろそろ諦めません?」
「何を」
「私、本当このままじゃ身が保ちません」
「だろうね。失道したんじゃ…」
「冗談じゃないんですよ」
「分かってるよ。…仕方ない。今回のは諦めよう」
「今回のって…」
横柄な主の言葉で文句の一つも失った麒麟に同性も異性も引きつける流麗な笑顔を向けて、王は寝台を覆っていた紗の布を引いた。
上質な衣が立てるあえかな衣擦れの音で紗の布が床に落ちる。
休んでいる姿を暴かれる事となった麒麟は隠す事もなく不機嫌を露にした。
「…まだ、それほどでもないね」
「貴方がとんでも無い事ばかり考えるから、あっという間ですよ」
「大丈夫。諦めた、と言っただろう。二日もすればお前の体調は元通りだ」
悪びれもせずいう言葉は国の未来さえ左右する大事である。
王が天命によって定められた道に背く行為をすれば、王を選定し王と共に生きる麒麟が病に斃れる。道を失った王と麒麟が辿る道は言わずもがな。麒麟が死ねば王も死ぬ。失道に掛かった麒麟が持ち直すには王が正しき道に戻るか、王が在位を降りるかの二つ。
しかし人の性として過ちを認め、それを正し、正道に戻る事は難しい。
麒麟が失道すれば国が傾く。その王の天命は尽きたと考えるのが常識であった。
「そうでしょうね。でもね、月君…。これ結構辛いんですよ」
失道に陥った麒麟が王の禅譲無しに持ち直すことが困難な事は当の麒麟本人が一番知っているはずだ。
であるのに飄々と竜崎は自分の王が正しき道に戻ると言ってのける。
「だろうな。血の穢れにあてられない限り体調も崩さない麒麟の唯一と言っていい病だ。…それも死に至る…、辛いわけがないだろうね」
「分かってるんなら、大人しく王として正しい道を歩んで下さい」
「へぇ?」
「もうこれで何回目だと思ってるんですか…! 数えるのが嫌になりましたよ、私」
珍しく声を荒げた竜崎に意地悪気に目を細めて彼の王は笑う。
麒麟が失道に掛かれば天命が尽きたと同義。その王の在位は長くない。世の中で暗黙の常識となっているそれを悉く裏切ってきた王の治世は凡そ七百年に及ぶ。
「正しい道…ね、これだけ豊かにしてやったのにまだ慎ましくしろと僕に言う訳か。お前」
「当たり前です。王は国の、民の為だけに存在する。それ以上を望む事は出来ません」
「そんなの、誰が決めた? 天帝か?」
「…月く、」
「僕は最初に言ったはずだ。僕を選ぶのは良い。けれど、僕はこの世界の仕組みを良しと思っていない、と」
涼やかな声で告げられた内容に知らず麒麟は身を強張らせる。ずきりと身体の内側から痛みが走った。
一番の禁忌を事も無げに言って見せて王は優しく微笑むのだ。
「分かっていて、選んだんだろう? 竜崎」
「卑怯です。麒麟が天命に逆らえぬ生き物と知っていて」
「ああ、そうだね。でもそれでも選んだのはお前だ」
形の良い指が労るように竜崎の肉付きの悪い頬を撫でた。
「大丈夫。死んでしまったら元も子もないからね…。お前はまだ死なせないよ」
彼を選んでしまった時点で既にこの道を選んだも同様なのかも知れない。その時に告げられた言葉を思い出して麒麟は瞳を伏せる。思いの外長い睫が震えた。
「はい、信じています。月君」
そう言う以外に竜崎に言葉はなかった。

 

 

―僕を王に選ぶ?
―それが天命ですから。
―……そう、天命…か。
―はい。そうです。
―ならば……。

ゆっくりと現れた麒麟に動じる事もなく己の運命を享受して、王足る存在だと言われた青年は笑う。
声は清廉。美麗とも賞されるだろう整った容姿の青年が浮かべる笑みは似付かず酷薄だった。

―其れなりの覚悟はしておくと良い。僕はただ歴史に名を連ねる名君になるつもりは毛頭無い。
―大した自信ですね。
―王を選ぶのが天命であるというのなら、天命とした事を後悔させてやる。

その言葉に麒麟は息を呑んだ。
王を選ぶのは麒麟。麒麟が従うは天命。世界が在り続けてきた長い時間、全く揺るがなかった秩序全てを覆すとでも言うつもりか。

―で?
―…え?
―どうする? 今言った通り。君は頭が良いみたいだから僕の言葉の真意くらい量っただろう?
―私は…。
―僕は選ばれるのなら王としての責務は果たす。勿論、僕の目指すのはその先にある。

事を成すには大変な心力を使うことをさらりと言って麒麟の決断に身を任せた様子に、王を迎えに参じた麒麟は一度瞳を伏せた。
目を閉じても分かる。
溢れる、光。王の器量。
須らく其れは天からの采配なのだ。逆らう事など神獣である麒麟に出来ようも無い。
自分の王以外に頭を垂れる事の出来ない麒麟が流れるような動作で青年の前に額づいた。

 

―天命をもって主上にお迎えする
  御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約申しあげる―

淀みなく言い終えた麒麟が窺うように視線を上げた先、一瞬哀しみにも似た色を浮かべた褐色の瞳が瞬き強い意志を孕んだ光を宿す。


―許す

其れは長い歴史の中でも、劇的な運命の瞬間であった。




>>十二国記ダブルパロ。
   ワイミーズが麒麟たち。マットの王様が誰なのかを考えて今、候補が居なくて悲しくなっているなんてそんな馬鹿な(笑

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そんなところです。

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