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謂わばネタ掃き溜め保管場所
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気味が悪い。全てが読まれているようだ。軍議が終わり決められた持ち場に戻っていく騎士達の声を聞きながら、その合間を擦り抜けた人影は華奢で戦場には似付かわしくない。
脱色と言うよりは最初から色を持たぬ、真白な印象の人影に軍議から戻る騎士達がつられたように振り返る。
不躾とも取れる視線をものともせず、先程軍議の終わった部屋の扉を開ければ神妙な面持ちで未だ盤上を見詰める一騎士の姿があった。
「…余り芳しくはないようですね」
音もなく扉を閉めて話し掛ける声に騎士が顔を上げる。
少しだけ苦笑を零した騎士はまた盤上へと視線を戻した。
「流石、ロマーナ法王直属の部隊だ。守りが堅い。攻めやすいと踏んだ地形だったのだが、逆手に取られた」
「軍議から戻っていく騎士達の会話を聞きました。悉く躱されていますか」
「ぎりぎり皮一枚のところでな」
「レスター」
すっと盤上に点を落としたレスターの手の甲に、華奢な白い指が触れる。
普段王都の屋敷にいる時であるならば長いヴェールを被り裾の長い服を着るレスターの人形であるニアも、戦場に身を置く今は騎士とは違うが極力動きやすい服装をしている。
隣国ロマーナとの境目。一つ谷間に阻まれ崖に守られる形の古城を拠点に置いたフランドル軍と、山間の僅かに開けた砦に軍を進めたロマーナ軍。地形から見れば進軍は容易く、落とすのに時間が掛からないと此度遠征をしたフランドルの騎士の大半が高を括った。
嘗て人形大戦の折、殺戮の女王である”白の女王”という最強の人形使いを破った英雄であるレスターが同じく遠征に赴くことで士気も上がり、不安要素など何もなかったはずである。
だが実際は戦況は思わしくなかった。
「こちら側の士気が下がり始めている。寸前で思い通りに行かない不安もあって、軍議の内容は消極的な意見と好戦的な意見に別れてしまったし…。さて、」
「レスター…、前線に人形がいます」
「それはいるだろう。私達は、それが無ければ戦えない」
空いた椅子に座ったレスターの人形であるニアが緩く首を振った。そうではないという意思表示にレスターが思い当たる。
「結晶人形か」
「はい。…比べるべくもありません。質は良いとは言え量産が可能な人形では相手にならない」
結晶人形の希少さは全てに於いて評価される。人間のような滑らかな動きも、人間に準じた感情も最上質の結晶人形ならではである。戦闘における能力も他の人形と一線を画していた。
現にレスターの目の前できっぱりと事実を告げたニアを人間と紹介しても殆どの人間は疑いはしないだろう。
「前線に対応する人形と言うことだな。……レイのようか」
殆どの結晶人形の戦闘方法は魔術師のそれと似ている。人形自身の動力となる宝石の持つ性質と主人から影響する魔力で術式を行使するのが普通である。
量産される人形であっても前線で戦うものの多くよりは、希少価値が高いものにつれて後方援護に回る。それは魔力を扱えるだけの技量を持たせた人形であるが故。
「レイ…とは戦闘スタイルが違いますね。剣を用いてました。まるで騎士です」
フランドル所属の騎士の一人が保有する結晶人形の中にも近距離戦闘を得意とする結晶人形がいる。
その名をレイと言うのだが核に使われている宝石が電気を帯びているせいか、極光を閃かせるように戦うのである。
幾ら姿を人と似せても極光を放ちながら軽やかに戦う様は、人ではないのは一目瞭然だった。しかし、相手側の人形はそうではないという。
騎士と同じように剣を用いて戦っている。
「それは人形か」
「人形ですよ。分かります。……近距離でも戦闘スタイルはレイと異なる、と私はそう言いたいだけです」
「勝算は?」
「それは…私が前線に出て勝てるかどうか、の勝算ですか?」
「……ああ」
「最初の一手なら、相手に速さで負けません。…それは自信を持って言えます。けれど気がかりなのは……」
ただ事実を告げるように言ったニアが言葉を切った。
盤上に落とされた視線を追うようにレスターもまた盤上の地図を見遣る。
「マスターが、前線にいないと言うことです」
「………何?」
「それとたぶん、属性の相性は良くありません。同じなようですから」
ニアの言葉にレスターが唸る。それは自分たちにとって不利であると遠回しに言われたようなものだ。
元々ニアの戦闘スタイルが近距離型ではない。属性の相性に関しては、同じであるならば両方に対して不利となるので問題にはならないだろうが、色々な要素を考えれば矢張り此方の不利は確実だ。
「ですので」
レスターが考えを弾き出す時間を十分に与えた上でニアが言う。
「初撃で相手をやれない場合には、レスターを危険に晒します」
「それなら」
「貴方の力量が素晴らしいのは分かっています。けれど必ず守れると保証出来ません」
幾度となく戦場を駆け抜けてきて、主人も人形も互いの力量を知っている。
重ねた手に力を込めてニアは言葉を続けた。
「ですから、貴方も…、此処を離れてはいけません」

 

血の臭いが充満する。
それでも戦況は五分五分、そして被害は最小限。
腕を切り落とされ呻きながら地面を這う騎士を見下ろしながら、ニアはすっと前を見据えた。
薄闇の向こう、朝焼けに変わる空の一部分を切り取ったような紫の髪が短く揺れる。軽く空を切る音は剣を払った音だった。
動きは滑らか。
つと視線を上げた表情も人間に似て、それが一見人形であるなど凡人が見切れようか。
「……、随分華奢な子だね」
癖のない声は抑揚を十分に含んで、制作された経過と時間を考えればニアよりはずっと年下と言うことになるのだろうが、人間味に関しては上のようだった。
外套を着込んだままのニアの表情は相手には見えず、戦う為に騎士服に似た格好であるロマーナの人形は不敵に笑って見せた。
動く、と思った瞬間にニアの細い腕が上がる。
存外早いと内心感嘆しながら相手の属性が矢張り自らの結晶が持つものと同じであることを瞬時に見切って、ニアは一気に間合いを詰めた。
相手は剣を持っているがニアは空手である。飛び込めば斬られる可能性が高いが、剣が振るえないほどの至近距離ならば話は別だ。生憎速さは此方が上。
「…………っ」
小さく息を飲む音と剣の柄を弾いたニアの空手がするりとそのまま人形の首へ伸びる寸前、
「やってくれる。普通の人形じゃないとは、」
ロマーナの人形の剣を持っていなかった手に小さな短剣があり、逆に首筋に剣を宛がわれる。それで壊れるものではないと知ってはいるが、魔力を込められてしまえば厄介だ。結論を弾き出した瞬間に軸にしていた足で姿勢を反転させる。
着込んだままの裾の長い外套は動きには邪魔になったが、相手の視界を逸らす良い道具にもなった。
「このっ…!」
伸びる腕をかいくぐり逆にその腕を掴み取り、逆上がりと同じ要領で反動を付けて地面を蹴り上げる。ふわりと宙に浮いた瞬間にニアは着ていた外套の留め金を外した。一瞬でも相手の視界を奪う為に。
しかし相手の背後に着地する前に、意図に気付いた人形が乱暴に外套は振り払っている。
かつん、と呼吸一つ分の動きでロマーナの人形は地面に転がった自身の剣を蹴り上げて手中に収めた。
振り向きざまに横を薙ぎ払う斬撃は既に動きを読んでいたニアの術式で防がれる。
甲高い音を立てて宙で止まった刃を、一瞬驚いた表情はしたものの、返す刃一つで打ち破った人形がニアの方に間合いを詰めた。
「……」
白く細い腕が本能的に振り下ろされる剣に向かって伸び、湿った音ではなく触れ合う乾いた綺麗な音を立てた。
「形勢逆転、ってね」
ロマーナの人形がニアを見下ろしたまま、未だ手の中にある剣を確認しにやりと笑う。
ニアはそれに対し無表情に不自然な方向に折れた自分の手を見遣った。距離が離せれば若しくは何とかなるが、この体勢では何も出来ない。
事実上、人形”のみ”の戦いで敗北したと言って良かった。しかし。
「いいえ、これで良い。私の役目は、この戦線から私以外の人形及び騎士を撤退させること。事実上、強いのは貴方だけでしたからね」
「……何?」
「貴方は最初から前線に出てきているし、……此方が敵うべくもない。私は貴方の注意を引きつければ良かっただけです」
おかげで得意ではない接近戦を持ち込む羽目となり、左腕は損壊してしまったが。
「どういう、」
「貴方はロマーナ軍を率いる枢機卿の保有結晶人形とお見受けしました。枢機卿殿に帰ってお伝え下さい。…我々はこの戦線を退きます」
「そんな世迷い言を信じろと?」
戦力では勝るフランドル軍が撤退するという言葉を容易く信じられないと人形はニアの顔面に切っ先を突きつける。
ニアの言葉が虚言で撤退を始めた振りをして戦を仕掛けられる可能性は捨てきれない。
しかし、怯むことなくニアは容姿の中で唯一深い色を持つ双眸をロマーナの人形に向けた。
「信じる、信じないは貴方ではなく、貴方のマスターの裁量にお任せしたい」
「……お前の処遇は? 今、俺は勝ったも同然だ。壊して結晶を抜き取っても構わない」
「それも」
不穏な言葉に、ニアはここに来て婉然と笑んだ。
「貴方のマスターの裁量に委ねましょう」
「何、」
「剣を下ろせ、メル」
何を、と人形は最後まで言えなかった。通りの良い声が、他でもなく唯一の主の命じた声が耳に入ったからだ。
「マスター?!」
前線には出ず始終守りに徹していたはずの主を前にしてロマーナの人形の声は裏返った。癖のある、しかし見事な赤毛を結い上げた青年が迷うことのない足取りで歩いてくる。
「フランドル側は透の騎士が戦場に来たと言っていたが、お前がその人形か」
そして凛とした声で問うのに、ニアは剣を突きつけられているのなどものともせず会釈した。
「はい。……我が主の意向を伝えに来ました」
「それでは指揮は透の騎士が?」
「……総指揮は違いますが、言いくるめることなど幾らでも」
「へぇ?」
面白いことを言う、とくつくつとロマーナの枢機卿は笑う。深い色合いである紅の僧衣に身を包み、さながら全て鮮やかな色で統一された青年の瞳は相反して南国の海の色だった。
剣を収めろ、と短く命じられ人形が主とニアを交互に見遣ってから妥協とばかりにニアから切っ先を逸らして下ろす。
何をされるか分からないと人形の態度は言っている。
「それで、其方の意向を聞こう」
「先程言った通りです。……フランドル側はこの戦線から引きます。このまま続けても互いに成果は上げられず消耗戦となり、結局は引き分けのまま終わることになる」
「数で勝るフランドルがそのようなことを言っても良いのかい?」
「数で勝っていても、流れを読まれてしまうのならば意味がない。結果として同じならばお互い長引かせたくはないでしょう? これは提案です」
「……頭が良いらしいな、透の騎士」
腕組みをしてぞんざいな物言いをしたロマーナの枢機卿はすっと目を細める。
未だ剣を鞘に収めぬ自身の人形に呆れた視線を向けて、
「こら、メル。淑やかなお嬢さんにずっと剣を突きつけておくもんじゃない。仕舞え」
そう宣った。
渋々と鞘に収められた剣を見届けてから枢機卿は一歩ニアへと距離を詰める。
「帰って主に伝えろ。……ロマーナの枢機卿ゼロスは確かに意向を聞き届けた。撤退をするというのならば追わぬし、其方側が全軍戦線を離脱したところで、此方も休戦布告を出す」
「感謝いたします」
「正し、条件が」
「何でしょうか」
「フランドル側も休戦布告を出すこと。その旨がロマーナ軍に伝わるような方法で、だ」
両軍が略同時期に休戦を提示したとなれば、その後の内部政治にも余り影響がない。
「分かりました。ロマーナから入り込んでいる方を見逃しましょう。それでいいですね」
「話が分かるようで助かる。あと、一つ」
「………、何か?」
もう一歩踏み出した枢機卿とニアの距離は存外近い。
危惧して少しでもニアが行動を起こせば対処出来るように、枢機卿を主とする人形は剣の柄に手を置いた。
人形の危惧など素知らぬふりで優雅な仕草で枢機卿は膝を折る。
その行動にニアの反応も一瞬遅れた。
先程剣を突きつけられた眼前には、白の手袋をした手が差し伸べられていた。
「……はい?」
「全く俺の人形は気が利かない。こんな綺麗なお嬢さんをそのままにしておくなんて、な」
先程の固い口調は何処へやら軽い口調でニアを引き起こした枢機卿は笑う。
呆気にとられたのはニアと、枢機卿の人形で一瞬言葉を失ったニアが困ったように首を傾げた。
「変わってますね、貴方。もし私が此処で貴方の首を取りに行ったらどうするんです?」
「その時はその時だ」
「人の心は読めても、人形の心は読めないでしょうに」
「……お前、良く知ってるなぁ。でも、弱いながら流れも読めるんでね」
遺伝と言えるかどうかは知らないが人間の中に、人の心や特別な流れを読むことが先天的に出来る能力者がある。
敵だというのにロマーナ枢機卿ゼロスは、ニアに隠すことなく自身がそうであると暗に言った。
そこに迷いの欠片は一つも見えない。
「確かに条件の方は主に伝えます。……今日の夜には布告は出せるかと」
「それは此方も助かる。……メル、安全なところまで送って行ってやれ」
「ゼロス様」
「申し出はお言葉だけ有り難く。……メル殿が手を出さなければ私は安全に戻れますから」
もう一度会釈をして、にこりとニアは笑んだ。
敵側の人形に躊躇いもなく背中を見せるという、ある種信頼の一端を枢機卿はくるりと踵を返したことで示す。
少しの距離をおき、ついていく人形と枢機卿、二つの影を暫く眺めてからニアも踵を返した。

 


休戦布告を出すのに時間はかからなかった。
ニアがフランドル軍の拠点に戻って、数時間後には出た結論である。
英雄である透の騎士の人形は破損し万全の状態でないこと、いつまでも硬直状態が続き、最低限の犠牲で済んではいるがこのままでは消耗戦ともつれ込んだ挙げ句、成果は上げられる終わる可能性が高いこと。
透の騎士であるレスターが軍議で切り出せば、総指揮を負かされていた騎士侯から歯切れの悪い答えが返ったが、それ以外は満場一致で休戦布告の結論に達した。
付け根部分から破損した左腕を器用に外しながら、ニアが傍らに立つ主を見遣る。
「何、怒ってるんです」
「いや」
「これくらいで要らぬ犠牲が出ずに済むのなら越したことはないでしょう? それに貴方だって了承したじゃないですか」
「それはそうだが、怪我をして帰ってこいとは」
「私は接近型じゃないんです。これくらいのリスクは覚悟の上でした」
ごとんと床に壊れてしまった左腕を落としてニアが平然と言い放つのに、レスターが眉を顰める。
「それはそうだが、もしかしたら壊されたかもと思えば私が怒るのは当然だろう?」
「……そうですね」
換えの部品は生憎持ち合わせていない。
帰るまでは片腕の状態になり少し不便を感じるか、と思いながらもニアは床に落とされた部品に目を留める主に言った。
「そういえば、変わった方でしたよ。あちらの指揮官」
「ほう?」
「矢張りロマーナの枢機卿の一人でしたが、あれはある意味変わり種ですね」
思い出す鮮やかな色彩の青年。
見目の麗しさで言えば種類は違えど、主の弟にも通じるものがあった。人目を引く。
「だから無事に帰ってこられたようなものです。…その方に感謝しましょう」
とりあえず、今は。
そう付け足してニアは無事に残った右腕を伸ばし、主にそっと触れた。
枢機卿が示唆した彼自身の能力については触れずに、差し伸べられた手の、手袋越しの僅かな体温を思い出していた。




>>間借りジャンルごちゃ混ぜパラレル設定の。
   思いの外長くなったけど、戦場だというのにお嬢さんお手をどうぞをゼロスにやらせたかっただけ(笑
   メルの口調が分かんね…!難しい!

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プロフィール
HN:
くまがい
HP:
性別:
女性
自己紹介:
此処は思うがままにつらつらとその時書きたいものを書く掃き溜め。
サイトにあげる文章の草稿や、ただのメモ等もあがります。大体が修正されてサイトにin(笑
そんなところです。

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